カルム

黒蝶

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積もった恨み

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『与一様、支度が整いました』
『それでは行こうか』
『はい』
…誰かの声がする。
ひとりは与一様だろう。それなら、もうひとりは一体…。
『紅織』
『なんでしょう、旦那様』
『…か、髪紐が解けている』
『申し訳ありません。全く気づいておりませんでした。…ありがとうございます』
紅織と呼ばれたその人は、真っ直ぐに笑顔を向けていた。
その光景は幸せそのものなのに、なぜあんなことになってしまったのか。
…俺はただ、与一様の事情を知りたい。
『あれは、村人たちか…?』
『ここのところずっと雪ばかりでしょう?どうやら風邪で弱ってしまう子どもが増えているようなのです』
『…それはまずいな。だが、私に天候を変える力はない。
残念だが、この程度の施しが限界だ』
体が丈夫になる力、だろうか。
仕組みはよく分からないものの、祈りにやってきた人たちは病気にならなかったらしい。
「ありがとうございます…!」
その頃は視える人が多かったのか、みんな与一様たちに向かって頭を下げている。
『栄養を摂らせるように』
「は、はい!」
そのままいけば幸せそうなのに、ここで人間の悪知恵が働いてしまったらしい。
体調が悪そうな人間がやってきて、また彼らに祈っている。
…力というものは、時として心まで狂わせてしまう。
『この者は病ではない』
「そんなはずありません!」
『病が見当たらぬ。…養生するように』
「いつもみたいに神の加護をかければいいだろ?なんでそんなこともしてくれないんだよ…」
『…なんだと?』
「本当は神様なんかじゃないんじゃないか?だからできないんだろう?」
そうだそうだと村人たちから声があがる。
『違います。与一様は、旦那様は…』
「加護をかけないならいらねえ!」
『待ってください、話を聞いて…!』
それからはあっという間だった。
先導された村人たちは、すぐ神社に火を放った。
『与一様、お逃げになってください』
『紅織、何を、』
『焼けるのは私だけで充分です。あなた様なら、ここでなければ平穏に暮らしていけるでしょう?』
紅織と呼ばれたその女性は水に関する力を持っていたらしい。
彼女の命と引き換えに、神社を包む炎は消えた。
『…何故だ。願われるまま病を治してきたのに、何故こんなことをする…』
紅織さんの羽織を抱えたまま、与一様は慟哭した。
『この地に呪いあれ!作物は枯れ、流行病に苦しめばいい…』
そうして彼は村人たちにかけた加護の倍になる呪いをかけた。
そこから流れてくるのは、悲しいと怒り、そして、紅織さんに対する愛しさと慈しみ……。
『…八尋、起きられますか?』
「瑠璃、ごめん…」
目を開けると、神社でそのまま倒れていたらしかった。
御神木の幹に目をやると、だんだん視界がぼやけていく。
『八尋?』
「ごめん。…本当にごめん」
『また視えたんですか?』
「人を消すのはいけないことだけど、彼はその倍傷つけられてる。…与一様があんなことをしたのも当然だ。
だって、先に裏切ったのは人間なんだから」
彼はただ人間を護っていただけだったのに、どうしてあんなことまでされないといけないのか。
何より、大切な人を失っては前を向いて生きてはいけない。
『…まさか小僧ごときに記憶を覗かれるとは』
「…与一様」
目の前に現れたのは、先程いなくなったはずの与一様だった。
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