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伝えられた想い
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「…あの、すみません」
「どうされました?」
病院というものはやっぱり苦手ではあるものの、今回はそんなことを言ってはいられない。
「この手紙を、707室の七葉さんという方に届けてほしいんです」
「…あなたはお知り合いですか?」
「俺はある人から代筆を頼まれていた者です。漸く仕上げられたので容体の確認もしておきたくて来ました」
「本来なら話してはいけないのですが…彼女はもうすぐ手術を受けます。励ましの内容なら歓迎です」
「…元気になるものです。相手はもう二度とここには来られない人で、書いてほしいと言われていた内容だけはなんとか盛りこみました」
本人に会いたいわけじゃない。
ただ、どうしてもこの手紙だけは届いてくれないと困る。
「お願いします。これは彼の想いが詰まった、大切な手紙なんです」
その場で頭を下げると、相手は少しだけ焦っていた。
そんなことをさせるつもりではなかったという思いがひしひしと伝わってくる。
「…分かりました。今回は届けましょう」
「ありがとうございます…!」
後ろをふりかえると、何も言葉を発さなかった蒼汰は泣いていた。
これで彼の想いを伝えることはできたはずだ。
その状況に少し安堵した。
『八尋、本当にありがとう…!」
「届けられてよかった。そうだ、中庭に行ってみて」
『なんで中庭?」
「君の大切な人がそこにいるはずだから。手術前ということは、簡単に外へは出られないはず。
それでも気分転換くらいなら許されるはずだから、もしかしたら中庭なんじゃないかって思って…。君の願いを叶えられたなら、俺はそれで充分だから。
だから、次は蒼汰が好きな場所に行ってみるといい」
『ありがとうございます…!」
蒼汰は一礼して、そのまま中庭へと進んでいく。
ここで話している間に、きっと今頃看護師さんから手紙を受け取っただろう。
『なかなか楽しい依頼でしたね』
「これから蒼汰はどうするんだろう…」
彼の姿が彼女の目に映ることは一生ないかもしれない。
声さえ届かず、まるで壁と話しているような気分になるはずだ。
…それでも蒼汰は、愛を貫いてずっと側にいるのだろうか。
『成仏か守護霊かは、あの少年が決めることです』
「…そうだね」
いつもどおり家に帰ろうとしたが、折角自転車に乗ってきたのだから別の道を回ろうと思う。
俺にはもう恋しい相手なんていない。…いや、いるが会えないというべきだろうか。
それならせめて、会えそうな人たちには会いに行こう。
死んでも尚想い続けた少年に見せてもらった勇気を胸に、そのまま自転車を漕いだ。
『どこに行くんですか?』
「まずは祠かな。きっと掃除されてないだろうし…。それから、栞奈のところには顔を出しておかないと寂しいと思うから」
『本当に真面目ですね。いいですよ、付き合います』
「ありがとう」
寒空の下、時々温かい飲み物を口にしながらゆっくり進む。
ただ彼らの幸せを願って、少し離れた場所から左眼で病院をじっと見つめた。
「どうされました?」
病院というものはやっぱり苦手ではあるものの、今回はそんなことを言ってはいられない。
「この手紙を、707室の七葉さんという方に届けてほしいんです」
「…あなたはお知り合いですか?」
「俺はある人から代筆を頼まれていた者です。漸く仕上げられたので容体の確認もしておきたくて来ました」
「本来なら話してはいけないのですが…彼女はもうすぐ手術を受けます。励ましの内容なら歓迎です」
「…元気になるものです。相手はもう二度とここには来られない人で、書いてほしいと言われていた内容だけはなんとか盛りこみました」
本人に会いたいわけじゃない。
ただ、どうしてもこの手紙だけは届いてくれないと困る。
「お願いします。これは彼の想いが詰まった、大切な手紙なんです」
その場で頭を下げると、相手は少しだけ焦っていた。
そんなことをさせるつもりではなかったという思いがひしひしと伝わってくる。
「…分かりました。今回は届けましょう」
「ありがとうございます…!」
後ろをふりかえると、何も言葉を発さなかった蒼汰は泣いていた。
これで彼の想いを伝えることはできたはずだ。
その状況に少し安堵した。
『八尋、本当にありがとう…!」
「届けられてよかった。そうだ、中庭に行ってみて」
『なんで中庭?」
「君の大切な人がそこにいるはずだから。手術前ということは、簡単に外へは出られないはず。
それでも気分転換くらいなら許されるはずだから、もしかしたら中庭なんじゃないかって思って…。君の願いを叶えられたなら、俺はそれで充分だから。
だから、次は蒼汰が好きな場所に行ってみるといい」
『ありがとうございます…!」
蒼汰は一礼して、そのまま中庭へと進んでいく。
ここで話している間に、きっと今頃看護師さんから手紙を受け取っただろう。
『なかなか楽しい依頼でしたね』
「これから蒼汰はどうするんだろう…」
彼の姿が彼女の目に映ることは一生ないかもしれない。
声さえ届かず、まるで壁と話しているような気分になるはずだ。
…それでも蒼汰は、愛を貫いてずっと側にいるのだろうか。
『成仏か守護霊かは、あの少年が決めることです』
「…そうだね」
いつもどおり家に帰ろうとしたが、折角自転車に乗ってきたのだから別の道を回ろうと思う。
俺にはもう恋しい相手なんていない。…いや、いるが会えないというべきだろうか。
それならせめて、会えそうな人たちには会いに行こう。
死んでも尚想い続けた少年に見せてもらった勇気を胸に、そのまま自転車を漕いだ。
『どこに行くんですか?』
「まずは祠かな。きっと掃除されてないだろうし…。それから、栞奈のところには顔を出しておかないと寂しいと思うから」
『本当に真面目ですね。いいですよ、付き合います』
「ありがとう」
寒空の下、時々温かい飲み物を口にしながらゆっくり進む。
ただ彼らの幸せを願って、少し離れた場所から左眼で病院をじっと見つめた。
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