カルム

黒蝶

文字の大きさ
上 下
30 / 163

強い想い

しおりを挟む
「いきなりそんなことを言われても、」
『俺にはもう何もできないんです。あいつはもうすぐ手術で、その日だけは側にいていいって言われてて…。
でも俺、この場所で転んで死んだんです。ほんと運ないですよね…」
相手が視えなければ、自分の言葉ひとつ届けることさえできない。
念の為スクラップ帳を開くと、そこにはかなり物騒な事件の記事が残っていた。
「君の名前は?」
『吉岡です。吉岡蒼汰」
「…嘘を吐くようなら協力はできない」
『どういう意味ですか?」
「君が死んだ理由は転倒じゃない。…喧嘩の仲裁に入った瞬間ナイフで刺されたことによる殺人同然の事件だ」
この場所でおこった事件についての記事を持っているとは思っていなかったらしい。
『な、んで…」
「君は時々、無意識のうちに服の上から脇腹あたりを触っている。転んで死んだというなら、頭を押さえるんじゃないかと思ったんだ。
痛まない場所を気にしたりはしないだろう?」
『…降参です。だけど、そんなの人に言うほどのことじゃないって思ったんです」
「嘘を吐かれるのが嫌なんだ。それなら君が伝えたい想いだって嘘で、俺は今からかわれているのかもしれないって考えてしまう」
そう話すと、どこからか突風が吹き荒れた。
『俺は、俺が…嘘なんて、そんなこと、絶対にない!」
「…ごめん、俺が言い過ぎた。俺にもそういう相手がいたから、その気持ちが嘘じゃないことは分かった」
『俺の方こそすみません。そもそも俺が嘘を吐いたのがいけなかったのに…」
あれだけ怒りを表現できるほど想いが強いなら、相手も知りたいと思っているかもしれない。
「…たとえ届く保証がないとしても、君はやってみたいんだね?」
『お願いします。俺にはもう頼れる人がいないんです…」
「分かった。君のその気持ちに免じて、やれるだけのことはやってみるよ」
『ありがとうございます…!」
相手に想いを届けるが難しいのは、これだけもどかしいことなのか。
それだけ想いあえていたであろう相手からの言葉なら、やっぱりなんとかして届けたい。
『あの、」
「ごめん、まだ名乗ってなかったね。俺は八尋。君はどんな方法で想いを届けようと思ってる?」
『八尋さん、字が綺麗ですよね?さっきのノート、ちらっと見えたんですけど…」
「そうかな?あんまり言われたことないけど…」
『それで、その…代筆してもらえませんか?」
まさかそんな方法になると思っていなかった俺の思考はしばらく停止した。
人の想いをのせた手紙なんて書ける気がしない。
「俺にはそんな高等テクニックはないよ?人づきあいでさえ苦手なのに…」
『いいんです。前々から七葉とは手紙を交換してたし、きっといつもの暗号を入れておけば本当に俺からだって分かってもらえるはずです。
なんとか目に残る形で残しておきたいんです。…お願いします」
これだけ頭を下げられてしまえば、できることはすると言った手前断ることもできない。
病院に入院しているであろう相手に全く知らない…ましてやこんな俺に会ってもらえるとも思えず、覚悟を決めた。
「…分かった、やれるだけやってみるよ。便箋と封筒を用意してくるから、明日またここで会おう」
『ありがとうございます…!」
嬉しそうにしている彼に手をふり、そのまま帰路につく。
瑠璃が肩の上でため息を吐くのを感じて、指で頭を撫でた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

出張 もふもふ病院〜そんなあなたにはモフモフを処方します!〜

君影 ルナ
キャラ文芸
辛い、悲しい、消えてしまいたい、エトセトラエトセトラ。 そんな大変な時はもふもふ病院のお医者さんである僕、テディーがモフモフを処方するよ! さあ、存分に癒されるが良い! ※この話はフィクションです。 ※いつも通りの気まぐれ更新です。 ※「ぎゅー」の章は1話完結型のオムニバス形式なので読みたい話だけを読む、もありです。「僕はテディー」の章は続き物です。 ※主人公は『あなた』です。 ※なろう、ノベプラ、カクヨムにも重複投稿しています。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

【完結】限界離婚

仲 奈華 (nakanaka)
大衆娯楽
もう限界だ。 「離婚してください」 丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。 丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。 丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。 広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。 出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。 平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。 信じていた家族の形が崩れていく。 倒されたのは誰のせい? 倒れた達磨は再び起き上がる。 丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。 丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。 丸田 京香…66歳。半年前に退職した。 丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。 丸田 鈴奈…33歳。 丸田 勇太…3歳。 丸田 文…82歳。専業主婦。 麗奈…広一が定期的に会っている女。 ※7月13日初回完結 ※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。 ※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。 ※7月22日第2章完結。 ※カクヨムにも投稿しています。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...