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伝えたかった想い
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最近毎日のように何かしら事件がおこつているような気がするのだが、思い過ごしだろうか。
今までこんなに頻度が多かったことはない。
町で何か変化がおきているのか、それとも別の理由があるのか…皆目見当もつかなかった。
『しかし、この菓子はいつ食べても美味ですね』
「ありがとう。そう言ってもらえると作り甲斐があるよ」
瑠璃が気に入っているのはどこにでもあるクッキーで、夢中になって食べている姿が可愛らしい。
『八尋のお菓子は世界一です』
「それは流石に大袈裟だよ…」
そんな話を気兼ねなくできる相手なんて、もう瑠璃以外にはいない。
今の状況をあの人が知ったら、一体どう思うだろう。
…当然、そんなもしもはやってこないのだが。
バイト先でいつものように過ごす夜、遠慮がちに肩をたたかれた。
「八尋君、あの、一緒に夜食…」
「…今のところは予定がないので大丈夫です。ただ、急用が入るかもしれないんですけど、大丈夫ですか?」
中津先輩はしばらくぽかんとしていたが、やがてぱっと表情が明るくなる。
「やった!それじゃあコンビニ行こう?」
「は、はい」
しばらく歩いていると、山岸先輩に声をかけられる。
「…ごめん。木葉はああなると人の話を聞かないんだ」
「あ、いえ。大丈夫です。俺の方こそすみません。毎回断ってしまって…」
先輩たちはいつも誘ってくれるのに、俺はいつも怖くて断ることしかできなかった。
今日だって本当は震えそうなのを抑えている。
「…食べる?」
「ありがとうございます。いただきます」
半分に割られたバームクーヘンを一口囓ると、口の中にふわっと甘さがひろがった。
「どう?」
「…美味しいです」
「そう。木葉はいつもああだけど、悪い人じゃないんだ。友人としてお願いするよ」
「山岸先輩って、中津先輩とどんな話をするんですか?」
「それは、」
「お互い恋人についてのろけたりするんだ!」
いつの間にか背後まで近づいていた中津先輩の口からそんな言葉が漏れ出す。
「ふたりとも恋人がいるんですか?」
「そうだよ。柊はそういう話をあんまりしたがらないけど、照れてるだけなんだ」
「…余計なことは言わなくていい」
それは、珍しく人付き合いが楽しいと思える瞬間だった。
だが、ここに長居するわけにはいかない。
ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を確認する…ふりをする。
「…すみません、急用ができました」
「そっか…それじゃあまた明日、仕事でね」
「お疲れ様でした」
ふたりに一礼してその場を離れる。
中津先輩はともかく、まさか山岸先輩まで話しかけてくれるとは思っていなかった。
いい人に嘘を吐くのは心苦しかったが、そうも言っていられない。
せめてふたりに感謝の言葉だけでも伝えてくればよかったと少し後悔した。
『よかったんですか?』
「視えているのに放っておくわけには行かないだろ?」
瑠璃の言葉を聞きながら、俺はただひたすら走る。
すすり泣く声が聞こえてあの場を離れたわけだが、やはり聞き間違いではなかったらしい。
「…こんばんは。どうして泣いているのか教えてもらえませんか?」
その少年は驚いたような表情をしていたが、やがて顔をあげはっきり告げた。
『お兄さんには、俺が視えるんですか?」
「ああ、まあ…一応」
そう答えると、彼は勢いよく頭を下げる。
『お願いします。俺の気持ちを七葉に…大切な人に届けたいんです。どうか力を貸してください」
今までこんなに頻度が多かったことはない。
町で何か変化がおきているのか、それとも別の理由があるのか…皆目見当もつかなかった。
『しかし、この菓子はいつ食べても美味ですね』
「ありがとう。そう言ってもらえると作り甲斐があるよ」
瑠璃が気に入っているのはどこにでもあるクッキーで、夢中になって食べている姿が可愛らしい。
『八尋のお菓子は世界一です』
「それは流石に大袈裟だよ…」
そんな話を気兼ねなくできる相手なんて、もう瑠璃以外にはいない。
今の状況をあの人が知ったら、一体どう思うだろう。
…当然、そんなもしもはやってこないのだが。
バイト先でいつものように過ごす夜、遠慮がちに肩をたたかれた。
「八尋君、あの、一緒に夜食…」
「…今のところは予定がないので大丈夫です。ただ、急用が入るかもしれないんですけど、大丈夫ですか?」
中津先輩はしばらくぽかんとしていたが、やがてぱっと表情が明るくなる。
「やった!それじゃあコンビニ行こう?」
「は、はい」
しばらく歩いていると、山岸先輩に声をかけられる。
「…ごめん。木葉はああなると人の話を聞かないんだ」
「あ、いえ。大丈夫です。俺の方こそすみません。毎回断ってしまって…」
先輩たちはいつも誘ってくれるのに、俺はいつも怖くて断ることしかできなかった。
今日だって本当は震えそうなのを抑えている。
「…食べる?」
「ありがとうございます。いただきます」
半分に割られたバームクーヘンを一口囓ると、口の中にふわっと甘さがひろがった。
「どう?」
「…美味しいです」
「そう。木葉はいつもああだけど、悪い人じゃないんだ。友人としてお願いするよ」
「山岸先輩って、中津先輩とどんな話をするんですか?」
「それは、」
「お互い恋人についてのろけたりするんだ!」
いつの間にか背後まで近づいていた中津先輩の口からそんな言葉が漏れ出す。
「ふたりとも恋人がいるんですか?」
「そうだよ。柊はそういう話をあんまりしたがらないけど、照れてるだけなんだ」
「…余計なことは言わなくていい」
それは、珍しく人付き合いが楽しいと思える瞬間だった。
だが、ここに長居するわけにはいかない。
ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を確認する…ふりをする。
「…すみません、急用ができました」
「そっか…それじゃあまた明日、仕事でね」
「お疲れ様でした」
ふたりに一礼してその場を離れる。
中津先輩はともかく、まさか山岸先輩まで話しかけてくれるとは思っていなかった。
いい人に嘘を吐くのは心苦しかったが、そうも言っていられない。
せめてふたりに感謝の言葉だけでも伝えてくればよかったと少し後悔した。
『よかったんですか?』
「視えているのに放っておくわけには行かないだろ?」
瑠璃の言葉を聞きながら、俺はただひたすら走る。
すすり泣く声が聞こえてあの場を離れたわけだが、やはり聞き間違いではなかったらしい。
「…こんばんは。どうして泣いているのか教えてもらえませんか?」
その少年は驚いたような表情をしていたが、やがて顔をあげはっきり告げた。
『お兄さんには、俺が視えるんですか?」
「ああ、まあ…一応」
そう答えると、彼は勢いよく頭を下げる。
『お願いします。俺の気持ちを七葉に…大切な人に届けたいんです。どうか力を貸してください」
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