カルム

黒蝶

文字の大きさ
上 下
28 / 163

様々な愛

しおりを挟む
──これは、彼女の記憶?
「やっと見つけた」
「正樹!」
「実は隠れるのが本当に上手いな」
「か、隠れてるわけじゃないもん…」
「本当に照れ屋だな」
ふたりは笑い合っていて、本当に幸せそうだ。
ただ、そんなふたりを気に入らなさそうに見えいる人間がひとりいた。
「正樹君…!」
「…行こう」
正樹さんが藤沢さんの手をひこうとすると、女性は猛ダッシュでその前に立ち塞がる。
「ちょっと待って!私とデートしよう?その人とよりずっと楽しいよ」
「俺は実がいいんだ。ごめんね」
やんわりと断りその場を離れるふたりは少し震えていて、よく観察すると震えている正樹さんを藤沢さんが宥めているようだった。
「最近疲れてるみたいだけど大丈夫?」
「…ごめん、大丈夫じゃないかも」
それから視えたのは、大量の怨念だった。
何か髪のようなものが束になっているものが封筒から出されるのは見えたが、それ以上のことは分からない。
『──ろ、八尋…!』
「瑠璃…?」
心配そうにこちらを覗きこむ小鳥を見て、慌てて飛び起きる。
「あのふたりは?」
『…あそこです』
それは、かなり悲惨な状況だった。
『正樹君の心に私を埋めるの!」
『…あれだけのことをして苦しめておいて、まだ足りないっていうの?」
藤沢さんが少女を押さえこんではいるが、悪霊化を抑えこめなくなってきている。
体中の傷が裂け、そこから赤黒いものが飛び出す。
それを不快そうに見つめる少女の目に、先程までの偽りの無垢さはなかった。
このままではふたりとも祓われてしまう。
「こんばんは。…中川正樹さんですよね?」
「そうですけど…」
「俺、こんなものを拾ったんです。あなたにとって大切なものなんじゃないかなって…」
そこには、愛しのF.M.へと彫られたブレスレットが落ちていた。
『それ、私の…」
藤沢さんの悪霊化が止まるのを確認して、そのまま正樹さんに視線を向ける。
「ありがとうございます。俺、注文するときに間違えて名前の名字の順番を反対にしたんだ。懐かしいな…あいつ、まだ持っててくれたんだ」
「あなたのことを大切に想う気持ちは変わらないって言ってます」
「何言って、」
「お願いします。滅茶苦茶なことを言っているのは自分でも分かってるけど…彼女に呼びかけてください。
もうあまり時間は残されていません」
正樹さんは少し考えるように俯いていたものの、やがて何かを決意したように叫ぶ。
「実、本当にごめん。俺が護らないといけなかったのに、山田を近づけてしまった。
いつも嫌がらせで震えてる俺を支えてくれたのに、肝心なときに側にいなくて…」
彼の肩は震えている。
溜めこんでいた思いの全てを吐き出すように、更にはっきり告げた。
「俺、もっと頑張るから…だから、心配しないで見ててほしい。…愛してる」
『正樹…」
藤沢さんは泣きながら少女を抑えこむ。
『…このまま塵になって反省しなさい」
断末魔の叫びとともに少女の姿は消えていた。
『ありがとう。あなたのおかげで彼を護ることができた」
「俺は何もしてないですよ。…突然声をかけてすみませんでした」
「あ、いや…」
「失礼します」
一礼してその場を離れると、瑠璃が俺の腕に目を向ける。
『怪我を悪化させられたのに、何も請求しなくてよかったんですか?』
「いいんだ。…あんなに幸せそうにしているのに、それを邪魔することなんてしたくない」
正樹さんには藤沢さんの姿は視えていないはずなのに、ふたりはまるでお互いを支えあうようにして座っている。
相手を想うがあまりねじ曲がってしまった愛は消え、真実の愛だけがその場に残った。
そんなふたりを背に、俺はただいつもどおり家路を急ぐ。
…早く帰って炬燵に入りたい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ひきこもり瑞祥妃は黒龍帝の寵愛を受ける

緋村燐
キャラ文芸
天に御座す黄龍帝が創りし中つ国には、白、黒、赤、青の四龍が治める国がある。 中でも特に広く豊かな大地を持つ龍湖国は、白黒対の龍が治める国だ。 龍帝と婚姻し地上に恵みをもたらす瑞祥の娘として生まれた李紅玉は、その力を抑えるためまじないを掛けた状態で入宮する。 だが事情を知らぬ白龍帝は呪われていると言い紅玉を下級妃とした。 それから二年が経ちまじないが消えたが、すっかり白龍帝の皇后になる気を無くしてしまった紅玉は他の方法で使命を果たそうと行動を起こす。 そう、この国には白龍帝の対となる黒龍帝もいるのだ。 黒龍帝の皇后となるため、位を上げるよう奮闘する中で紅玉は自身にまじないを掛けた道士の名を聞く。 道士と龍帝、瑞祥の娘の因果が絡み合う!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ノーヴォイス・ライフ

黒蝶
恋愛
ある事件をきっかけに声が出せなくなった少女・八坂 桜雪(やさか さゆき)。 大好きだった歌も歌えなくなり、なんとか続けられた猫カフェや新しく始めた古書店のバイトを楽しむ日々。 そんなある日。見知らぬ男性に絡まれ困っていたところにやってきたのは、偶然通りかかった少年・夏霧 穂(なつきり みのる)だった。 声が出ないと知っても普通に接してくれる穂に、ただ一緒にいてほしいと伝え…。 今まで抱えてきた愛が恋に変わるとき、ふたりの世界は廻りはじめる。

ピンクローズ - Pink Rose -

瑞原唯子
恋愛
家庭教師と教え子として再会した二人は、急速にその距離を縮めていく。だが、彼女には生まれながらに定められた婚約者がいた。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

処理中です...