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女性の涙
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早朝、いつもより少し早起きして自転車を走らせる。
信号待ちになったところで、いつもどおりの場所にいる瑠璃に訊いた。
「今回も死者絡みだと思う?」
『…噂だけで判別するのは難しいですね』
「そうだよね…特に今回みたいな場合は」
すすり泣くのは生きている人間も死者も…怪異や妖もするだろう。
そうなると、噂があまりに抽象的すぎて相手の人物像も絞れない。
『そういえば、八尋は免許を取る予定はないんですか?車の方が危なくなさそうなのに…』
「それが、実は結構危ないんだよ。特に俺の場合は、見ただけじゃ生きてる人間がそうじゃないかの見分けもつかないから…体力が削れる」
あれはいつのことだったか。
随分昔、誰かが運転する車に乗っただけで色々なものが視えて苦戦した。
それに、生きている人間の中には常に暗い感情が誰かに向けられている。
嫉妬ならまだ耐えられるものの、怒り、悲しみ、憎悪、裏切り、利用…そういった大量に流れこんでくるものに耐えられなかった。
電車も似たような理由で避けることが多い。
『…ここです』
「たしかにすすり泣いているのは聞こえるけど…」
恐る恐る前に進むと、トンネル内で血が滴り落ちていた。
一瞬事故かと身構えたが、そういうわけではないらしい。
「あの、こんにちは…」
『あなた、私が分かるの?」
泣き晴らした顔の女性は、真っ直ぐこちらを見つめて驚いた表情をしている。
「俺には、あなたの姿も言葉も分かります」
『お願い、私に協力して!」
「ちょっとだけ待ってくださいね…」
…いきなりそんなことを言われても困る。
だが、女性の顔には見覚えがあった。
たしか、数ヶ月前にこのあたりで女性が刺殺される事件があったはずだ。
スクラップ帳を開いていると、そのときのものと思われる写真を見つけた。
「…藤沢さん、ですか?」
『そうです。私はここで殺された。だけど、今はそんなことを言っている場合ではないの」
「どういうことですか?」
『…私を殺した相手がどうなったか知ってる?」
「記事に書いてあることだけですが…」
『お願い、正樹を助けたいの!」
「…もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
瑠璃は相変わらず普通の小鳥のような体勢でこちらを見ている。
こうなるとしばらくは話すつもりがないのだろう。
相手が人間のときだけ無言になるのは、何か事情があるのだろうか。
『…というわけなの。私は彼を護りたい。あの女が何をするつもりなのか、全然想像もつかないけど…私自身を見てくれたのは彼だけだった。
だからせめて、これから少しだけでも恩を返したい…!」
自分が殺されても尚、そんな気持ちでいられるのは本当にすごいことだと思う。
彼女がどれだけ相手を愛していたか、なんとなくではあるものの理解した。
「分かりました。俺でよければ、できることをやりたいと思います。具体的にどうすればいいですか?」
信号待ちになったところで、いつもどおりの場所にいる瑠璃に訊いた。
「今回も死者絡みだと思う?」
『…噂だけで判別するのは難しいですね』
「そうだよね…特に今回みたいな場合は」
すすり泣くのは生きている人間も死者も…怪異や妖もするだろう。
そうなると、噂があまりに抽象的すぎて相手の人物像も絞れない。
『そういえば、八尋は免許を取る予定はないんですか?車の方が危なくなさそうなのに…』
「それが、実は結構危ないんだよ。特に俺の場合は、見ただけじゃ生きてる人間がそうじゃないかの見分けもつかないから…体力が削れる」
あれはいつのことだったか。
随分昔、誰かが運転する車に乗っただけで色々なものが視えて苦戦した。
それに、生きている人間の中には常に暗い感情が誰かに向けられている。
嫉妬ならまだ耐えられるものの、怒り、悲しみ、憎悪、裏切り、利用…そういった大量に流れこんでくるものに耐えられなかった。
電車も似たような理由で避けることが多い。
『…ここです』
「たしかにすすり泣いているのは聞こえるけど…」
恐る恐る前に進むと、トンネル内で血が滴り落ちていた。
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「あの、こんにちは…」
『あなた、私が分かるの?」
泣き晴らした顔の女性は、真っ直ぐこちらを見つめて驚いた表情をしている。
「俺には、あなたの姿も言葉も分かります」
『お願い、私に協力して!」
「ちょっとだけ待ってくださいね…」
…いきなりそんなことを言われても困る。
だが、女性の顔には見覚えがあった。
たしか、数ヶ月前にこのあたりで女性が刺殺される事件があったはずだ。
スクラップ帳を開いていると、そのときのものと思われる写真を見つけた。
「…藤沢さん、ですか?」
『そうです。私はここで殺された。だけど、今はそんなことを言っている場合ではないの」
「どういうことですか?」
『…私を殺した相手がどうなったか知ってる?」
「記事に書いてあることだけですが…」
『お願い、正樹を助けたいの!」
「…もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
瑠璃は相変わらず普通の小鳥のような体勢でこちらを見ている。
こうなるとしばらくは話すつもりがないのだろう。
相手が人間のときだけ無言になるのは、何か事情があるのだろうか。
『…というわけなの。私は彼を護りたい。あの女が何をするつもりなのか、全然想像もつかないけど…私自身を見てくれたのは彼だけだった。
だからせめて、これから少しだけでも恩を返したい…!」
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