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花の刺繍
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「…瑠璃?」
『あなたは本当に誰にでも優しいんですね』
突然そんなことを言われて戸惑わないわけがない。
「急にどうしたの?もしかして、君の知り合いだった?」
『そういうわけではありませんが、単純に…』
「何となくいつもと様子が違うような気がしたんだけど、大丈夫?」
『…私はあなたの方が心配なのですが』
瑠璃はそう言ってそのままどこかへ飛び立っていってしまう。
一先ず洗ってみようと桶にぬるま湯をはり手で軽くこすってみる。
「アイリス…?」
綺麗な花の刺繍が入ったそれの汚れはなんとか落とすことができた。
それから少しの間眠って、夜はいつもどおり仕事に向かう。
「お疲れ様です」
今日は特に知り合いもいない日だったので、特に先輩に呼び止められることもなくそのまま公園に向かう。
『怪我人とは思えない速さで動きますね』
「そうかな?」
少し遠いから自転車できたものの、若干腕が痛んでハンドルがぐらつく。
瑠璃を籠のリュックサックに留まらせ、そのまま一直線に走らせた。
「こんばんは」
『こんばん…それ、本当に綺麗になったんですね!よかった…」
和歌さんの嬉しそうな声に、俺もつられて頬が緩む。
『本当にありがとうございます。これで来福に会いに行けます」
「あの、もしかしてそのハンカチは来福に渡す予定だったんですか?」
『はい。私、歌を詠むのと刺繍くらいしかできないから、友だちが全然いなくて…。
でも、来福は私のことを褒めてくれたんです。きっと将来素敵な女性になるって…嘘でもお世辞でも嬉しかったんです」
その気持ちはよく分かる。
俺はいつも瑠璃に励まされているから、その言葉があればこのままここにいてもいいような気がするのだ。
『来福に会ったら、あの虹みたいな道を渡ります。ハンカチを探してくれて、本当にありがとうございました」
てっきり彼女はここから動けないのだと思っていたが、そういうわけではなかったらしい。
だが、この暗い道をひとりで行かせてはいけないような気がした。
「自転車、後ろに乗ってください」
『神社まで連れて行ってくれるんですか?」
「俺でよければ」
『ありがとうございます…!」
死霊の重さなんて特に感じない。
瑠璃はリュックの上に留まったままだし、このまま神社に向かってしまおう。
『来福!」
『和歌…?何故ここに、』
『お別れの挨拶、できてなかったし…それに、これを渡したかったの」
『私が頼んだからですか?』
『うん。遅くなっちゃってごめんね」
久しぶりの再会を喜び、ふたりは話に花を咲かせているようだった。
邪魔になってはいけないと一礼してその場を離れる。
たとえ彼女がこっちの世界から消えてしまったとしても、来福は前を向いて生きていけるだろう。
頭を下げる来福と手をふる和歌に頭を下げ、俺たちはその場を後にした。
『相変わらずあなたの周りにはちょっとした問題が転がってきますね、八尋』
「それでもいいんだ。俺みたいに、解決できないことをずっと抱えてるよりいい」
『…そういうところが優しいですね』
「瑠璃だって優しいよ」
文句ひとつ言わず、左眼のことも綺麗だと言ってくれるのは瑠璃が優しいからだ。
かなり気温が下がっているはずなのに、帰り道はなんだか温かいもので溢れているような気がした。
『あなたは本当に誰にでも優しいんですね』
突然そんなことを言われて戸惑わないわけがない。
「急にどうしたの?もしかして、君の知り合いだった?」
『そういうわけではありませんが、単純に…』
「何となくいつもと様子が違うような気がしたんだけど、大丈夫?」
『…私はあなたの方が心配なのですが』
瑠璃はそう言ってそのままどこかへ飛び立っていってしまう。
一先ず洗ってみようと桶にぬるま湯をはり手で軽くこすってみる。
「アイリス…?」
綺麗な花の刺繍が入ったそれの汚れはなんとか落とすことができた。
それから少しの間眠って、夜はいつもどおり仕事に向かう。
「お疲れ様です」
今日は特に知り合いもいない日だったので、特に先輩に呼び止められることもなくそのまま公園に向かう。
『怪我人とは思えない速さで動きますね』
「そうかな?」
少し遠いから自転車できたものの、若干腕が痛んでハンドルがぐらつく。
瑠璃を籠のリュックサックに留まらせ、そのまま一直線に走らせた。
「こんばんは」
『こんばん…それ、本当に綺麗になったんですね!よかった…」
和歌さんの嬉しそうな声に、俺もつられて頬が緩む。
『本当にありがとうございます。これで来福に会いに行けます」
「あの、もしかしてそのハンカチは来福に渡す予定だったんですか?」
『はい。私、歌を詠むのと刺繍くらいしかできないから、友だちが全然いなくて…。
でも、来福は私のことを褒めてくれたんです。きっと将来素敵な女性になるって…嘘でもお世辞でも嬉しかったんです」
その気持ちはよく分かる。
俺はいつも瑠璃に励まされているから、その言葉があればこのままここにいてもいいような気がするのだ。
『来福に会ったら、あの虹みたいな道を渡ります。ハンカチを探してくれて、本当にありがとうございました」
てっきり彼女はここから動けないのだと思っていたが、そういうわけではなかったらしい。
だが、この暗い道をひとりで行かせてはいけないような気がした。
「自転車、後ろに乗ってください」
『神社まで連れて行ってくれるんですか?」
「俺でよければ」
『ありがとうございます…!」
死霊の重さなんて特に感じない。
瑠璃はリュックの上に留まったままだし、このまま神社に向かってしまおう。
『来福!」
『和歌…?何故ここに、』
『お別れの挨拶、できてなかったし…それに、これを渡したかったの」
『私が頼んだからですか?』
『うん。遅くなっちゃってごめんね」
久しぶりの再会を喜び、ふたりは話に花を咲かせているようだった。
邪魔になってはいけないと一礼してその場を離れる。
たとえ彼女がこっちの世界から消えてしまったとしても、来福は前を向いて生きていけるだろう。
頭を下げる来福と手をふる和歌に頭を下げ、俺たちはその場を後にした。
『相変わらずあなたの周りにはちょっとした問題が転がってきますね、八尋』
「それでもいいんだ。俺みたいに、解決できないことをずっと抱えてるよりいい」
『…そういうところが優しいですね』
「瑠璃だって優しいよ」
文句ひとつ言わず、左眼のことも綺麗だと言ってくれるのは瑠璃が優しいからだ。
かなり気温が下がっているはずなのに、帰り道はなんだか温かいもので溢れているような気がした。
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