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唯一のもの
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次の夜、あの妖はまた同じ場所にいた。
『…また怪我をしますよ』
「そうかもしれない。だけど、放っておくことはできないんだ」
今日は朝病院を出てから、瑠璃がずっと側にいる。
心配してくれているのだろうか。
「こんばんは」
『昨日の…』
「御神木がなくなったのも、君が差別されてきたのも、全部人間のせいだ。恨まないでほしいなんて言えない。だけど、無関係な人たちを傷つけるのはやめてくれないかな?
君を虐げた人たちがいたのも事実。だけど、君を大切に思っている人がいたのも事実だ。…そうだろう?」
ゆっくり話してみると、相手は黙ってしまった。
何を考えているのかなんて全然分からない。
本当は怒らせてしまっているのかもしれない…不安に思っていると、相手が口を開いた。
『何故わしのことを知っている?』
「昔から分かりやすいんです。感覚的に、というか…。君の瞳が穢れるのを見たくないって、女の人が泣いていた。
それは、君のことを大切に思っているからだろう。…彼女の為に、もうやめよう、虹橋」
かっと目を見開いたかと思うと、その妖はすっかり大人しくなった。
恐る恐る隣に座ると、虹橋は今にも消えそうな声で話しはじめる。
『あの村人たちは、わしに名をくれた者を…七夜を殺した。わしにはあいつだけだったんだ。
近くに出た殺人鬼を止められればかえしてやると言われ、指示どおり相手を戦意喪失させた。
それなのに、あの娘は殺された。約束を守らなかった方が悪いのではないのか…』
そのやりきれない思いに答えるなんて器用なことはできないので、思ったことをそのまま口にする。
「あの人、七夜さんっていうんですね。…だから虹に憧れたのかもしれない。そんな人がくれた大切な名前を、このままでは君自身が穢してしまう。
君の力なら殺せたはずなのに、人間を殺しはしなかった。それは、悪い人間ばかりじゃないってことを君自身が知っているからじゃないんですか?」
『そうか。無意識のうちに、そう思っていたのかもしれないな…』
それから真っ黒な塊は少し泣いて、別の町に行くと立ち上がった。
『怪我をさせてすまなかった。だが、あの娘にまた呼んでもらえるような、ふさわしい生き方をしてみせよう』
「いつかきっと、そんな日がきます」
『さらばだ』
少し強めの風が吹いたかと思うと、彼はそのまま姿を消してしまった。
『…随分律儀な者でしたね』
「これで変な噂も止まるはずだし、多分どこかで人間に怪我をさせようとももう思わない。…寒いし、もう帰ろうか」
名前を呼ばれたときの虹橋の表情は、本当に嬉しそうなものだった。
彼ならいつかきっと、また愛しい人に会えるだろう。
水たまりにうつった翡翠色の左眼を隠し、そのまま思いきり息を吸う。
「瑠璃は、今の呼ばれ方気に入ってるの?」
『はい。いい響きだと思います。それに…自分で翡翠なんて名乗っている誰かさんにつけてもらった名前にしては、センスがいいですから』
「仕方ないだろ。こんなのしか浮かばなかったんだから…」
それに、あの人が好きだと言ってくれた左眼の色だから…なんて絶対に言えない。
痛む腕を軽く押さえながら、家までの道を小走りで進んだ。
『…また怪我をしますよ』
「そうかもしれない。だけど、放っておくことはできないんだ」
今日は朝病院を出てから、瑠璃がずっと側にいる。
心配してくれているのだろうか。
「こんばんは」
『昨日の…』
「御神木がなくなったのも、君が差別されてきたのも、全部人間のせいだ。恨まないでほしいなんて言えない。だけど、無関係な人たちを傷つけるのはやめてくれないかな?
君を虐げた人たちがいたのも事実。だけど、君を大切に思っている人がいたのも事実だ。…そうだろう?」
ゆっくり話してみると、相手は黙ってしまった。
何を考えているのかなんて全然分からない。
本当は怒らせてしまっているのかもしれない…不安に思っていると、相手が口を開いた。
『何故わしのことを知っている?』
「昔から分かりやすいんです。感覚的に、というか…。君の瞳が穢れるのを見たくないって、女の人が泣いていた。
それは、君のことを大切に思っているからだろう。…彼女の為に、もうやめよう、虹橋」
かっと目を見開いたかと思うと、その妖はすっかり大人しくなった。
恐る恐る隣に座ると、虹橋は今にも消えそうな声で話しはじめる。
『あの村人たちは、わしに名をくれた者を…七夜を殺した。わしにはあいつだけだったんだ。
近くに出た殺人鬼を止められればかえしてやると言われ、指示どおり相手を戦意喪失させた。
それなのに、あの娘は殺された。約束を守らなかった方が悪いのではないのか…』
そのやりきれない思いに答えるなんて器用なことはできないので、思ったことをそのまま口にする。
「あの人、七夜さんっていうんですね。…だから虹に憧れたのかもしれない。そんな人がくれた大切な名前を、このままでは君自身が穢してしまう。
君の力なら殺せたはずなのに、人間を殺しはしなかった。それは、悪い人間ばかりじゃないってことを君自身が知っているからじゃないんですか?」
『そうか。無意識のうちに、そう思っていたのかもしれないな…』
それから真っ黒な塊は少し泣いて、別の町に行くと立ち上がった。
『怪我をさせてすまなかった。だが、あの娘にまた呼んでもらえるような、ふさわしい生き方をしてみせよう』
「いつかきっと、そんな日がきます」
『さらばだ』
少し強めの風が吹いたかと思うと、彼はそのまま姿を消してしまった。
『…随分律儀な者でしたね』
「これで変な噂も止まるはずだし、多分どこかで人間に怪我をさせようとももう思わない。…寒いし、もう帰ろうか」
名前を呼ばれたときの虹橋の表情は、本当に嬉しそうなものだった。
彼ならいつかきっと、また愛しい人に会えるだろう。
水たまりにうつった翡翠色の左眼を隠し、そのまま思いきり息を吸う。
「瑠璃は、今の呼ばれ方気に入ってるの?」
『はい。いい響きだと思います。それに…自分で翡翠なんて名乗っている誰かさんにつけてもらった名前にしては、センスがいいですから』
「仕方ないだろ。こんなのしか浮かばなかったんだから…」
それに、あの人が好きだと言ってくれた左眼の色だから…なんて絶対に言えない。
痛む腕を軽く押さえながら、家までの道を小走りで進んだ。
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