カルム

黒蝶

文字の大きさ
上 下
1 / 163

プロローグ

しおりを挟む
「先生、ヤヒロ君がまた嘘を言っています!」
「嘘じゃないよ、ちゃんとそこに、」
「嘘つきとは遊んでやらない」
「違うよ…!」
…どうして。やっぱり僕はここにいたらいけないんだ。
「またあの夢…」
それは昔の夢で、見るのが毎朝となるとすっかり慣れてしまった。
「…2時間か」
睡眠が浅くても活動はできる為、その点に関してはさほど問題視していない。
誰とも同じ景色が見えないと気づいた俺は、あの頃とは違って人と関わるのを諦めた。
通信制高校を卒業してすぐ深夜の書店員として正式採用してもらえた為、朝はゆっくり過ごすことができる。
「…おはよう」
誰もいない部屋にそう声をかけて、ベッドからゆっくり起きあがる。
カーテンを開けるとそこには鳥が止まっていて、思わず溜め息が零れた。
「こんな早い時間から何か用事?」
『先日はありがとうございました』
「大したことはしてないよ」
ちょっとしたことを解決しただけでお礼を言いに来るなんて、本当に律儀な子だと感じる。
だが、なんだか声が沈んでいるのは用件がそれだけではないからだろう。
『それで、その…申し訳ないのですが、少し頼み事をしたいのです』
鳥といっても、普通の人たちには視えないものだ。
…片翼が瑠璃色でもう片翼が真っ白な羽だなんて、うっかり見つかってしまったらそれこそ大変なことになるだろう。
「…いいよ。瑠璃の頼みなら無下にはできない」
名前を教えてほしいとお願いしても結局話を逸らされてしまうので、勝手に瑠璃と呼んでいる。
出会ったのは数年前、彼女が翼に怪我を負っていたところをたまたま通りかかった。
傷が治るまで置くという話になっていたはずだが、結局瑠璃が神出鬼没に現れるのでそのまま関係が続いている。
『実は最近、少し困りごとがあるのです。人の子である八尋なら何とかなるだろうと思いまして…』
歯磨きをする度考えることがある。
見た目も普通ではない俺はみんなから気味悪がられていた。
…鏡を見る度、自分の瞳がうつってしまう。
『八尋、まさかご自分に見惚れて、』
「違う。俺はそんなに自分に自信があるわけじゃないし、自分が好きじゃない」
今独りじゃないのは、みんなのことが視えるおかげだ。
この状況を恨んだりなんて絶対にしない。
『夜、この場所に来てください』
「今日は仕事があるから、それが終わってからでよければ」
『ありがとうございます。…私は八尋のその瞳、綺麗だと思います。それでは失礼いたします』
ぱたぱたと飛び去る瑠璃を見つめながら、また息を吐いた。
【翡翠色の瞳の者が様々な事柄を解決しているらしい】
…どうやら人たちからはそんなふうに言われてしまっているようだ。
「俺はそんな大したことをしたつもりはないんだけどな…」
左眼だけ翡翠色をしている自分の顔が窓ガラスにうつって、また溜め息が口から零れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

失恋少女と狐の見廻り

紺乃未色(こんのみいろ)
キャラ文芸
失恋中の高校生、彩羽(いろは)の前にあらわれたのは、神の遣いである「千影之狐(ちかげのきつね)」だった。「協力すれば恋の願いを神へ届ける」という約束のもと、彩羽はとある旅館にスタッフとして潜り込み、「魂を盗る、人ならざる者」の調査を手伝うことに。 人生初のアルバイトにあたふたしながらも、奮闘する彩羽。そんな彼女に対して「面白い」と興味を抱く千影之狐。 一人と一匹は無事に奇妙な事件を解決できるのか? 不可思議でどこか妖しい「失恋からはじまる和風ファンタジー」

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

未熟な蕾ですが

黒蝶
キャラ文芸
持ち主から不要だと捨てられてしまった式神は、世界を呪うほどの憎悪を抱えていた。 そんなところに現れたのは、とてつもない霊力を持った少女。 これは、拾われた式神と潜在能力に気づいていない少女の話。 …そして、ふたりを取り巻く人々の話。 ※この作品は『夜紅の憲兵姫』シリーズの一部になりますが、こちら単体でもお楽しみいただけると思います。

ノーヴォイス・ライフ

黒蝶
恋愛
ある事件をきっかけに声が出せなくなった少女・八坂 桜雪(やさか さゆき)。 大好きだった歌も歌えなくなり、なんとか続けられた猫カフェや新しく始めた古書店のバイトを楽しむ日々。 そんなある日。見知らぬ男性に絡まれ困っていたところにやってきたのは、偶然通りかかった少年・夏霧 穂(なつきり みのる)だった。 声が出ないと知っても普通に接してくれる穂に、ただ一緒にいてほしいと伝え…。 今まで抱えてきた愛が恋に変わるとき、ふたりの世界は廻りはじめる。

僕とお父さん

麻木香豆
キャラ文芸
剣道少年の小学一年生、ミモリ。お父さんに剣道を教えてもらおうと尋ねるが……。 お父さんはもう家族ではなかった。 来年の春には新しい父親と共に東京へ。 でも新しいお父さんが好きになれない。だからお母さんとお父さんによりを戻してもらいたいのだが……。 現代ドラマです。

鬼と私の約束~あやかしバーでバーメイド、はじめました~

さっぱろこ
キャラ文芸
本文の修正が終わりましたので、執筆を再開します。 第6回キャラ文芸大賞 奨励賞頂きました。 * * * 家族に疎まれ、友達もいない甘祢(あまね)は、明日から無職になる。 そんな夜に足を踏み入れた京都の路地で謎の男に襲われかけたところを不思議な少年、伊吹(いぶき)に助けられた。 人間とは少し違う不思議な匂いがすると言われ連れて行かれた先は、あやかしなどが住まう時空の京都租界を統べるアジトとなるバー「OROCHI」。伊吹は京都租界のボスだった。 OROCHIで女性バーテン、つまりバーメイドとして働くことになった甘祢は、人間界でモデルとしても働くバーテンの夜都賀(やつが)に仕事を教わることになる。 そうするうちになぜか徐々に敵対勢力との抗争に巻き込まれていき―― 初めての投稿です。色々と手探りですが楽しく書いていこうと思います。

処理中です...