王子と内緒の人魚姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
676 / 732
茶園 渚篇

第23話

しおりを挟む
黒羽はその質問に固まった。
「どうしてそれを...。だって知っているのは私があの日、海で助けた人だけのはずで...」
▼「それが俺だと言ったら驚くか?」
「ええ⁉そうだったの?」
▼「ああ。あの日俺は、仕事仲間を人質にとられて...なんとか他のやつらを船から逃がして自分も脱出したのはいいが、怪我で動けなくてな...。一番近い海岸に流され、倒れこんだ。その時にきたのが人魚だった...」
「だからあんなに怪我をしてたの?」
▼「あまりに悲しそうにするもんだし、足を見てつっこんではいけないと思った。ただあの日聞いた歌声と...これだけは忘れられなかった」
渚の手には勿忘草があった。
「それ...」
▼「ずっと礼が言いたかった。まさかお前だったとはな...。それならあれだけ世間を分かっていないのも理解できる」
「黙っててごめんなさい。知ればきっと、嫌われてしまうと思ったの...」
▼「ならこの事を知るのは、俺だけなのか?」
黒羽はこくりと頷く。
▼「...なら、二人だけの秘密だな」
(え...?)
渚と二人だけの秘密...。
その言葉が、黒羽にとっては救いの言葉だった。
渚は黒羽を抱きよせて...
▼「あの時も今も...感謝している」
キスを一つ落とした。
「...っ」
黒羽は照れて言葉が出てこない。
▼「顔が赤いぞ?」
「...むう」
▼「...⁉」
黒羽は勢いよくキスを仕返す。
▼「...おい、なんのつもりだ?」
渚の顔も赤くなっている。
「...し、仕返し!」
▼「...そういえばお前の足が痛むのは、人間になったせいなのか?」
「どうしてそう思うの?」
▼「あの男が何の代償もないものを創れるとは思えないからだ」
「あの男って...魔王⁉」
▼「俺は『便利屋』だからな。海の連中ともコネクションがある」
(そうなんだ...)
この数日で、黒羽は知らない渚をたくさん見られた。
黒羽は正直に話そうと思った。
「...そうだよ。一目でいいから会いたかった。でも...もうあの人の事なんて考えてなかった。私の頭のなかは、優しい渚でいっぱいになったから」
ふわり。
▼「...俺も、どうでもよくなってた。危なっかしすぎて、もっと目が離せねえやつができたからな」
「危なっかしすぎて、は余計だよ...」
▼「...俺のためにそこまでしてきてくれたんだろう?絶対に足を治してやる。そんでもって、おまえは俺のそばで笑っていろ」
「...うん、ありがとう」
ふわり。
▼「名残惜しいが帰るか」
「...うん」
眠ったままの白玉を抱きかかえ、黒羽は渚が用意していた車椅子に乗せられる。
▼「おまえはそのまま俺のそばにいろ」
「...うん!」
二人と一匹はそのまま帰路についた。
しおりを挟む

処理中です...