夜紅の憲兵姫

黒蝶

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終幕『絶望の先へ』

第245話

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「先輩、卒業おめでとうございます!」
「…ありがとう」
穂乃の卒業式が終わって3日、今度は私の卒業式がやってきた。
新校舎に入る機会が減ると思うと少し寂しい。
「詩乃ちゃん、嬉しくないの?」
「嬉しいかと聞かれたら微妙かもな。ここに来づらくなるのは嫌だ」
苦い思い出がつまった場所ではあるが、この場所があったから中入至上主義に負けたくないと思った。
それに、とても大切な仲間たちと出会うことができたのだ。
「実は俺も、先輩がいなくなるのは寂しいです。それに、ちゃんと部長できるかどうか…」
「それは前も言っただろ。できるよ。責任感が強くて人間相手に気さくに話しかけられる陽向なら」
寧ろ私よりいい部長になりそうだ。
「憲兵姫、第2ボタンをいただけませんか?」
「…私のでいいのか?」
「ぜひ!」
いつの間にか後輩生徒たちに囲まれ、ボタンやらネクタイやらがなくなっていく。
監査部の腕章を残して、カッターシャツのボタンさえもなくなってしまった。
「先輩だって、いろいろな人達に慕われてるんですよ。じゃないとあんなあだ名つきませんから」
「やっぱりおまえにもふたつ名をつければよかった」
「いやいや、それはちょっと…」
式が終わってすぐに教室を出たので、クラス写真にさえ残らないだろう。
だが、それでいい。今の私はできるだけ記録に残らない方がいいだろうから。
「監査部室、行きましょ?」
「そうだな。瞬も来るか?」
「行きたい。けど…先に着替えた方がいいんじゃない?」
「それもそうか」
いつも汚れたときに着替えられるよう、予備を持ち歩いていてよかった。
松葉杖を動かしながら、人目につかない場所で着替えをすませる。
陽向に促される形で監査部室に入ると、クラッカ)の雨が降ってきた。
「部長、お疲れ様でした!」
部員が全員揃っている。定時制や通信制のメンバーも何人か来てくれていて、目頭が熱くなった。
部活動や各々の事情で忙しいはずなのに、それでもテーブルに並べられたお菓子を用意してくれたのか。
「…みんな、無茶ぶりばかりする私についてきてくれてありがとう。今日集まってくれたことも嬉しいよ。
これからは新部長を中心に頑張ってほしい。大学部にいっても、人手不足のときは手伝いに来る」
腕章とバッジを片手で外し、陽向に力強く渡す。
わっと歓声があがるなか、やはり寂しさを覚えずにはいられなかった。
「ごめん、遅くなった」
「…いや。俺もさっき来たところだ」
先生は換えのガーゼを用意しながら、私の顔をじっと見る。
「複雑そうだな」
「人から好意を向けられることなんて滅多になかったから驚いただけだよ」
寄せ書きボードに花束、残ったお菓子の一部にノートやペンが入ったギフトボックス…。
「監査部のメンバーが用意してくれてたんだ」
「…おまえには沢山の味方がいる。そのことは忘れるな」
教室から出る直前、伴田からも声をかけられた。
桜良からは手紙とハンカチをもらったし、結月は素直じゃない口調で祝いの品を渡してくれた。
「今日1日で幸運を使い果たした気がする」
「まだ満足しなくていいんじゃないですか?」
陽向と瞬がにこにこしながらこちらへ駆け寄ってくる。
「そうだよ。詩乃ちゃんはちゃんと生きてるんだから…。これからもっと楽しいことだってあるよ」
「もし俺たちが別の仕事を始めても、夜仕事は不滅です」
ふたりの明るさにも助けられた。
先生の支えも、桜良や結月とのお茶会も…他の人たちとの繋がりがなければ、私は今ここに立っていない。
「それもそうか。…これから楽しいことを作っていけるかな」
「俺たちならきっとできます」
ある程度談笑したところで、治療の続きをするからと先生がふたりを追い出した。
足音が遠ざかっていくのを聞いてから、思いきって先生に尋ねる。
「先生、答えたくなかったら言わなくていい。ただ、よければひとつ教えてほしいことがあるんだ」
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