夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第32章『魔王と夜紅の決着-絶望の終わりへ-』

第243話

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「起きたか」
先生の不機嫌そうな声と、誰かがばたばた動き回る音。
いつの間にか朝日がさしこみ、体にはチューブが付いている。
「どれくらい寝てた?」
「ざっと5時間。…その怪我でよく走れたな」
「偃月だったおかげかな。あとはやっぱり…」
ずきずき全身が痛むのと、なんだか体が重いので言葉が止まる。
先生は全て察したように起きあがろうとした私を制止した。
「そうか。簡単に説明すると、足の骨は折れてる。全身打撲に頬の切り傷…相当無茶したな」
「…ごめん」
誰かに心配をかけたかったわけじゃない。
それでも、私がしたことは間違いなく無茶ぶり以外の何物でもなかった。
「しばらく安静にするように」
「走るなとかそういうこと?」
「ああ。気をつけないと、人間部分が完全に死ぬぞ」
「それは困る」
「それなら自分の体調面に目を向けろ。いいな?」
先生のの言葉に小さく頷く。
どのみち、ここで無理をすれば穂乃の卒業式に出られなくなる。
今度こそゆっくり体を起こすと、ぽんと頭を撫でられた。
「…頑張ったな」
「私ひとりじゃ勝てなかったよ」
先生がふっと微笑んだのを見て気になったことがある。
「先生、あの男は──」
「先輩!」
ぱたぱたと複数の足音が近づいてきて、ベッドはあっという間ににぎやかになった。
「よかった…。全然起きないから心配したんですよ」
「ごめん」
「【瞬が目が覚めたって呼びに来てくれたんです】」
「…そうか」
桜良はやはり声を失っていて、本当に申し訳なく思う。
陽向はいつもどおり元気そうだが、何度も死んで本当はダメージを負っているんじゃないだろうか。
瞬は顔を隠していて表情がよく見えない。
「あの男はどうなった?」
「自分の力が失われたことに気づいて発狂した。…おまえが残穢と戦っている間に切られたのがこれだ」
先生は瞬の頬を指さしてはっきり告げる。
そこにはガーゼが貼りつけられていて、とても痛々しかった。
「中途半端に力が残っていたってことか。ごめん。もう少し早く倒せれば…」
「ううん。僕って地縛霊みたいなものでしょ?だから、傷の治りも早いんだって。ひな君たちに当たるよりずっといい」
みんなほっとした顔をしているということは、他は怪我もなくすんだということだろうか。
混乱する私に先生が丁寧に説明してくれた。
まず、あの男は暴れだしたため警察に連行されていったこと。
これからどうなるか分からないが、異常なほどの愛して欲しい欲求を抑える治療を受けることになるらしい。
定期的にカウンセリングをおこなう旨を知らせてくれたと話していた。
それから、八尋さんがあの男の力を今度こそ全て断ち切れたとお礼を言っていたこと。
彼もあの男の呪縛から逃れられただろうか。
そして、倒れた私を運んでくれたのが結月であること。
恋愛電話の横にある糸電話を駆使して運び出してくれたらしい。
「…というわけだ。ひとまず全て終わったと思っていい」
「そうか。よかった…」
これからも神宮寺の人間に狙われる可能性はあるが、神宮寺義仁ほど執念深くはないだろう。
あの家だって、あの男が1番強いから送りこんできていたはずだ。
その事実を知って頭を下げた。
「ちょ、先輩!?」
「みんな、本当にごめん。それから…助けてくれてありがとう。
私といればまた迷惑をかけてしまうかもしれないけど、こんな私でよければ、」
「何言ってるの?詩乃ちゃんだからみんな手を貸したんだよ。それに、僕たちは仲間で友だちでしょ?」
その場にいる全員が同意するように頷く。
そうか。私はもう独りじゃないんだ。
「…妹には連絡してある。今日はかえってゆっくり休め。往診には行くけどな」
「ありがとう」
絶望的で幻想的な夜が明け、希望に満ちた光がさしこむ。
まだ気は抜けないけど、なんとか解決した。
──そして、もうすぐ高校生の私が終わる。
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