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第32章『魔王と夜紅の決着-絶望の終わりへ-』
第242話
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古いうえすっかりダメージを負った旧校舎の体育館には、邪気と霊力が激しくぶつかりあう音だけが響いている。
「おまえには自我があるのか?」
《あの男に溜めこまれたエネルギー生命体だ》
「名乗ってくれて助かるよ。私は夜紅。…これからおまえを斬る相手だ」
《そうか。ならば俺はその前におまえの力も喰らう》
力が喰い合うのを眺めている間もなく、勢いよく繰り出される連撃にひたすら耐える。
《弱いな》
「私はただの人間だからな。誰かさんと違って、他人を意図的に不幸にしたりしていないから」
《もう人でなしだろう》
「そういえばそうだった。自分でも忘れかけてたよ」
左足の感覚が戻らないうちに決着をつけたい。
《血刀か…厄介なものを使ってくれる》
「いきなり現れたおまえに言われたくない。けど、あんたもあいつなんだな」
《まあ、あれが溜め続けたものだからな》
へらっと嘲笑う姿にぞっとしつつ、真っ黒な体を切ってみる。
しっかり刃は入ったはずだが、相手の体を一切傷つけることなく通り抜けた。
《この程度か》
思った以上に力が集まっている。
それだけの人々を狂わせてきたんだと思うと、あの男にも吐き気がした。
《次は俺の番だ》
猛毒の邪気が球体になって飛んでくる。
咄嗟に片手で火炎刃を構え、自分の周りに炎をばらまいた。
「──爆ぜろ」
爆音とともに多少の邪気が散っていったが、削りきれなかった分は刀で受け止める。
《いつまで持つだろうな》
「分からない。分からないけど…おまえが無に帰すまでかな」
一旦血刀を腰あたりの鞘におさめ、両手で火炎刃を持つ。
──鎮魂夜炎・弔
《くそ、まだこんな手があったとは……》
苦しそうにもがく姿に何も言えなくなる。
あの男そのものともいえるものを燃やしているのだから、妙な感覚になるのも仕方ないのかもしれない。
だが、邪気の化身はまだ諦めていなかった。
《おまえと融合すればいいだけの話だ》
「……!」
勢いよく伸びてきた触手のようなものが首に巻きつく。
流石に邪気が濃すぎる。
だんだん意識がとおのいて、火炎刃を握る手から力が抜けていく。
《あっけなかったな》
諦めかけたが、耳元で聞こえる声に賭けることにした。
「……それは、どうかな」
《悪あがきを。さっさと諦めた方が身のためだというのに》
耳からインカムを引き抜き、大音量で周りに流す。
美しい歌声が、どこまでも翔んでいけそうなほどのびやかに響く。
《クソ、が……》
「私の…私たちの勝ちだ」
咳きこみながら笑いかけると、邪気の塊がどんどん灰になっていく。
祈歌の効果なのか、ぼろぼろになったはずの体育館はすっかり原型を取り戻していた。
残った大きな塊に血刀を刺すと一瞬で崩れ去る。
それと同時にその場に崩れ落ちた。
「先輩!」
「うるさいぞ、陽向。おまえは、桜良のところに…」
上手く言葉が出てこない。
足音が複数聞こえるから、きっと先生たちもやってきたんだろう。
「これで、終わり……?」
──先生たちの声が遠くなって、目の前に現れたのは優しい笑顔。
「…お母さん」
【よく頑張りました】
目の前の母の笑顔は優しくて、夢だと分かっていても目頭が熱くなる。
【今回はちゃんと人を頼れたのね。頼れる相手ができたのね】
「すごく優しい人たちなんだ。あの男は倒せたし、これからもきっと大丈夫」
今なら死んでもいいなんて思ってしまうほど、この場所は温かい。
「お母さん、私…ちゃんとできたかな?」
【あなたはすごいわ。だけど、もう無理をしては駄目。あなたはあなたが生きたいと思う道を歩きなさい。
お母さんや義政さんのことを考えてくれるのも、穂乃のために動いてくれるのも嬉しいけど、やっぱり親としては自由に生きていってほしいもの】
ざあ、とどこからか風が吹いてくる。
久しぶりに見たお母さんの表情はもう暗くない。
【もう行かないといけないでしょう?また沢山話しましょうね。私はずっと見守っているから】
ずっと護りたかった相手からの言葉に背中を押され、風と共に消えていく。
──最後にまたねと聞こえたのは、きっと気の所為なんかじゃない。
「おまえには自我があるのか?」
《あの男に溜めこまれたエネルギー生命体だ》
「名乗ってくれて助かるよ。私は夜紅。…これからおまえを斬る相手だ」
《そうか。ならば俺はその前におまえの力も喰らう》
力が喰い合うのを眺めている間もなく、勢いよく繰り出される連撃にひたすら耐える。
《弱いな》
「私はただの人間だからな。誰かさんと違って、他人を意図的に不幸にしたりしていないから」
《もう人でなしだろう》
「そういえばそうだった。自分でも忘れかけてたよ」
左足の感覚が戻らないうちに決着をつけたい。
《血刀か…厄介なものを使ってくれる》
「いきなり現れたおまえに言われたくない。けど、あんたもあいつなんだな」
《まあ、あれが溜め続けたものだからな》
へらっと嘲笑う姿にぞっとしつつ、真っ黒な体を切ってみる。
しっかり刃は入ったはずだが、相手の体を一切傷つけることなく通り抜けた。
《この程度か》
思った以上に力が集まっている。
それだけの人々を狂わせてきたんだと思うと、あの男にも吐き気がした。
《次は俺の番だ》
猛毒の邪気が球体になって飛んでくる。
咄嗟に片手で火炎刃を構え、自分の周りに炎をばらまいた。
「──爆ぜろ」
爆音とともに多少の邪気が散っていったが、削りきれなかった分は刀で受け止める。
《いつまで持つだろうな》
「分からない。分からないけど…おまえが無に帰すまでかな」
一旦血刀を腰あたりの鞘におさめ、両手で火炎刃を持つ。
──鎮魂夜炎・弔
《くそ、まだこんな手があったとは……》
苦しそうにもがく姿に何も言えなくなる。
あの男そのものともいえるものを燃やしているのだから、妙な感覚になるのも仕方ないのかもしれない。
だが、邪気の化身はまだ諦めていなかった。
《おまえと融合すればいいだけの話だ》
「……!」
勢いよく伸びてきた触手のようなものが首に巻きつく。
流石に邪気が濃すぎる。
だんだん意識がとおのいて、火炎刃を握る手から力が抜けていく。
《あっけなかったな》
諦めかけたが、耳元で聞こえる声に賭けることにした。
「……それは、どうかな」
《悪あがきを。さっさと諦めた方が身のためだというのに》
耳からインカムを引き抜き、大音量で周りに流す。
美しい歌声が、どこまでも翔んでいけそうなほどのびやかに響く。
《クソ、が……》
「私の…私たちの勝ちだ」
咳きこみながら笑いかけると、邪気の塊がどんどん灰になっていく。
祈歌の効果なのか、ぼろぼろになったはずの体育館はすっかり原型を取り戻していた。
残った大きな塊に血刀を刺すと一瞬で崩れ去る。
それと同時にその場に崩れ落ちた。
「先輩!」
「うるさいぞ、陽向。おまえは、桜良のところに…」
上手く言葉が出てこない。
足音が複数聞こえるから、きっと先生たちもやってきたんだろう。
「これで、終わり……?」
──先生たちの声が遠くなって、目の前に現れたのは優しい笑顔。
「…お母さん」
【よく頑張りました】
目の前の母の笑顔は優しくて、夢だと分かっていても目頭が熱くなる。
【今回はちゃんと人を頼れたのね。頼れる相手ができたのね】
「すごく優しい人たちなんだ。あの男は倒せたし、これからもきっと大丈夫」
今なら死んでもいいなんて思ってしまうほど、この場所は温かい。
「お母さん、私…ちゃんとできたかな?」
【あなたはすごいわ。だけど、もう無理をしては駄目。あなたはあなたが生きたいと思う道を歩きなさい。
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ざあ、とどこからか風が吹いてくる。
久しぶりに見たお母さんの表情はもう暗くない。
【もう行かないといけないでしょう?また沢山話しましょうね。私はずっと見守っているから】
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