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第32章『魔王と夜紅の決着-絶望の終わりへ-』
第240話
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男が糸から抜け出せない間に、先生は簡単な処置を施してくれた。
「全部終わったら本格的に診察させてもらう」
「ありがとう。正直もう駄目かと思った」
「…炎、出せるか?」
「──燃えろ」
先生の言葉の意図を汲み取り、そのまま男に絡まった糸を燃やす。
右腕だった場所を押さえて苦しんでいて、今の状態ならすぐには動けないだろう。
「八尋さんは?」
「もうすぐくる。翡翠も自分なりにけじめを付けたいそうだ」
「そうか」
それにしても、おかげさんたちの怒りはすさまじかった。
瞬はできるだけ感情を抑えているように見えたが、いつも冷静なおかげさんからあんなに冷たい言葉が発せられたのは意外だ。
…それだけ怒っていたんだろうし、赦せという方が無理なことも分かっているつもりだが。
「あの男の瘴気は猛毒だ。へたに当たると今のおまえでも助からないかもしれない」
「先生もまずいってことか?」
「最悪体が溶ける」
真顔で言われるとかなり怖い。
それでも、あの男から逃げるわけにはいかないのだ。
「く、くソ……」
「先生にはどう見える?」
「だいぶやられてるな。噂と関わりすぎたせいか、色々な人々の道を破壊した報いか…。
どのみち、倒さずに邪気祓いをするならあの男の能力ごと焼き払うしかない」
その言葉に反応したのか、男は糸が巻きついたままこちらに突進してきた。
右腕にだけは触れないように気をつけつつ、体を回転させながら弓を構える。
「ウガア!」
矢は獣のような咆哮をあげる男の腹に命中した。
それでも男は止まらない。…それほどまでにあの家に認められたいのか。
「もういい加減止まれ。おまえに勝ち目はない。それに、早く腕をなんとかしないと、」
「おカアさン、ほめデ」
突然飛んできた右腕の一部が体に当たり、そのまま勢いよく落下する。
「折原!」
「来るな。先生は瞬を……」
男の近くで動けなくなっている瞬が目に入り、そちらへ行くよう視線を送る。
本当は先生の近くにいたんだろう。
巻きこまれないように気をつけながら、周りに集まってきている妖たちの相手をしていたに違いない。
「詩乃ちゃん…ごめん。間に合わなかった」
「いいんだ。気にするな」
流石に痛みは感じたが、やはり私の体は限りなく人間ではない何かに近づいているらしい。
すぐに異形から距離をとり、体勢を立て直す。
このまま決着をつけたいところだが、私の力だけでは糸を切れないだろう。
「誰かに認めてほしいって気持ちは理解できる。けど、それが誰かの未来を奪っていい理由にはならないんだ」
ナイフを数本投げ、異形はそれを目で追っている。
だんだん赤黒くなってきている瞳はやはり人間離れしたものだった。
「詩乃ちゃん、何を──」
「これが私の奥の手だ」
満面の笑みを浮かべ、折りたたみナイフで自分の腕を思いきり切る。
滴り落ちた血液を札に染みこませると、みるみるうちに刀へと姿を変えた。
「…血液媒介能力か」
「うん。半月以外の日に使ったら倒れるし、制御できなくなるからって禁止されてる」
だが、今日は偃月だ。陰陽が半々になり、私が最も力を発揮できる日。
「ウラア!」
異形が投げてきた自分の腕の破片を瞬時に斬り落とす。
この力を使うとなったとき困らないように、毎日練習を欠かさなかったおかげだ。
【詩乃は刀も使えるけど、霊力の制御が難しいだろう。
力をこめやすいのは多分弓だ。慣れるまでその力は隠しておくこと。いいね?】
義政さんは、私自身を護るためにもそうしてほしいと言ってくれていたんだろうと今なら分かる。
普段は使わない刀を構え、相手に宣言した。
「今度こそ終わりにしよう。私はもう逃げない。あんたの力を全部切り刻むまでは」
「俺ガ、1バンダ!」
体育館の出入り口からひとつの影が入ってきたのを確認して、そのまま刀で切りこむ。
やはり異形の腕は硬く、体を少し傷つけられる程度にしかならない。
それでもいいんだ。今私がやるべきはこの男を殺すことではないのだから。
「壊ス、潰ス、ケス!」
「やれるものならやってみろ。…私は負けない。あの頃とは違うってことをみせてやる」
「全部終わったら本格的に診察させてもらう」
「ありがとう。正直もう駄目かと思った」
「…炎、出せるか?」
「──燃えろ」
先生の言葉の意図を汲み取り、そのまま男に絡まった糸を燃やす。
右腕だった場所を押さえて苦しんでいて、今の状態ならすぐには動けないだろう。
「八尋さんは?」
「もうすぐくる。翡翠も自分なりにけじめを付けたいそうだ」
「そうか」
それにしても、おかげさんたちの怒りはすさまじかった。
瞬はできるだけ感情を抑えているように見えたが、いつも冷静なおかげさんからあんなに冷たい言葉が発せられたのは意外だ。
…それだけ怒っていたんだろうし、赦せという方が無理なことも分かっているつもりだが。
「あの男の瘴気は猛毒だ。へたに当たると今のおまえでも助からないかもしれない」
「先生もまずいってことか?」
「最悪体が溶ける」
真顔で言われるとかなり怖い。
それでも、あの男から逃げるわけにはいかないのだ。
「く、くソ……」
「先生にはどう見える?」
「だいぶやられてるな。噂と関わりすぎたせいか、色々な人々の道を破壊した報いか…。
どのみち、倒さずに邪気祓いをするならあの男の能力ごと焼き払うしかない」
その言葉に反応したのか、男は糸が巻きついたままこちらに突進してきた。
右腕にだけは触れないように気をつけつつ、体を回転させながら弓を構える。
「ウガア!」
矢は獣のような咆哮をあげる男の腹に命中した。
それでも男は止まらない。…それほどまでにあの家に認められたいのか。
「もういい加減止まれ。おまえに勝ち目はない。それに、早く腕をなんとかしないと、」
「おカアさン、ほめデ」
突然飛んできた右腕の一部が体に当たり、そのまま勢いよく落下する。
「折原!」
「来るな。先生は瞬を……」
男の近くで動けなくなっている瞬が目に入り、そちらへ行くよう視線を送る。
本当は先生の近くにいたんだろう。
巻きこまれないように気をつけながら、周りに集まってきている妖たちの相手をしていたに違いない。
「詩乃ちゃん…ごめん。間に合わなかった」
「いいんだ。気にするな」
流石に痛みは感じたが、やはり私の体は限りなく人間ではない何かに近づいているらしい。
すぐに異形から距離をとり、体勢を立て直す。
このまま決着をつけたいところだが、私の力だけでは糸を切れないだろう。
「誰かに認めてほしいって気持ちは理解できる。けど、それが誰かの未来を奪っていい理由にはならないんだ」
ナイフを数本投げ、異形はそれを目で追っている。
だんだん赤黒くなってきている瞳はやはり人間離れしたものだった。
「詩乃ちゃん、何を──」
「これが私の奥の手だ」
満面の笑みを浮かべ、折りたたみナイフで自分の腕を思いきり切る。
滴り落ちた血液を札に染みこませると、みるみるうちに刀へと姿を変えた。
「…血液媒介能力か」
「うん。半月以外の日に使ったら倒れるし、制御できなくなるからって禁止されてる」
だが、今日は偃月だ。陰陽が半々になり、私が最も力を発揮できる日。
「ウラア!」
異形が投げてきた自分の腕の破片を瞬時に斬り落とす。
この力を使うとなったとき困らないように、毎日練習を欠かさなかったおかげだ。
【詩乃は刀も使えるけど、霊力の制御が難しいだろう。
力をこめやすいのは多分弓だ。慣れるまでその力は隠しておくこと。いいね?】
義政さんは、私自身を護るためにもそうしてほしいと言ってくれていたんだろうと今なら分かる。
普段は使わない刀を構え、相手に宣言した。
「今度こそ終わりにしよう。私はもう逃げない。あんたの力を全部切り刻むまでは」
「俺ガ、1バンダ!」
体育館の出入り口からひとつの影が入ってきたのを確認して、そのまま刀で切りこむ。
やはり異形の腕は硬く、体を少し傷つけられる程度にしかならない。
それでもいいんだ。今私がやるべきはこの男を殺すことではないのだから。
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