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第32章『魔王と夜紅の決着-絶望の終わりへ-』
第237話
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我ながらかなり甘いと思う。
だが、この男が絶対に答えない自信があった。
「おまえは自分がどれだけの人たちを巻きこんだか数えたか?」
男は素直に首を横にふる。
「相手の痛みが分からないのか?」
この質問には、ふてくされた態度で何も言おうとしなかった。
…次の質問をぶつけても、この男はそのままの態度を貫けるだろうか。
「義政さんを殺して愛されたのか?」
あの日直接見たわけじゃない。
それでも、この男が義政さんを殺そうと画策していたことをよく知っている。
「私があの家におまえがしたことを伝えたらどうなると思う?」
男は明らかに焦っていた。
神宮寺義政を殺せば自分に愛情が向くはずが、殺しても褒められもしていない。
それなら、自分がしたことはなんだったのか。
この男でも考えるのではと思っていたが、まさかここまで混乱させることになるとは思わなかった。
「むぐ!」
まだ槍を動かそうとしてきたので、今度は火炎刃で周りを囲む。
「諦めろ。あんたが何をしてもあの家の人間たちに愛されることはない」
「うぐう…!」
こんな残酷な現実を突きつけることになるとは思っていなかった。
誰も言わないなら私が言う。それでも分からないなら、この男を──
「いた!先輩、何してるんで……」
「来るな!」
そう叫んだが遅かった。陽向には無数の細い針と太い槍が真っ直ぐ突き刺さる。
…一瞬でも神宮寺義仁から目を離してはいけなかったのに。
陽向から真っ赤な血しぶきが飛び散る。
倒れこんだ体から針を抜かなければ、息を吹き返しては死ぬを繰り返すことになってしまうのだ。
「おマエのせいデ、まタヒトり…」
「黙れ」
火炎刃の火力を強め、その場から動けないようにする。
へたに陽向を動かせば傷口が塞がるのが遅れるかもしれない。
それに、まだトラップがあるなら対処しきれずとどめを刺される。
「俺が相手するよ。おまえは覚えてないかもしれないけど」
はっと顔を上げると、そこには八尋さんが立っていた。
「どうして…」
「先生が教えてくれたんだ。困っているようだから力になってほしいって。…これでも俺、結構強くなったんだよ」
色々なものを鞄から取り出して、彼は優しく微笑んだ。
「大丈夫だから、今は陽向君を連れて逃げて」
「オマエ、あの時ノ…!」
「やっと気づいたみたいだな。今度こそおまえの全てを斬ってやる」
手に握られた鋏には覚悟がこもっている。
陽向を抱えてそのまま旧校舎の保健室まで走った。
「先生、抜くのを手伝ってくれ」
「…詳しいことは後で話してもらう」
陽向の体から細かい針を抜き、それ以上毒が体に入りこまないようにした。
「どのくらい当たった?」
「分からない」
「取り敢えずこれを飲んでおけ。いいな?」
先生に促され、苦い汁を啜る。
解毒剤だと分かっていても、体が強張ってしまう。
「急ぎで作ったから、甘味料を加えてない。飲みづらくて悪い」
「いや。用意してもらえただけありがたいよ。けど、どうして私があそこにいるって分かったんだ?」
先生は苦い顔で予知日記を開き、今日の頁を見せてくれた。
【折原詩乃が体育館で毒に侵され死ぬ】
「随分物騒だな」
「また何も言わずに行ったのは何故だ?」
「私の問題だから」
「…それだけじゃないんだろ」
本当に先生には敵わない。
どう表現したらいいのかいまひとつ分からないまま、曖昧な言葉だらけになりながら答えた。
「人に頼るっていうのを自分がやるとなると、よく分からなくなるんだ。
今回の一件でいえば、また誰か大切な人を失うんじゃないかって…それならひとりで決着をつけてやるって思った」
気持ちがぐちゃぐちゃでまとまらない言葉を、先生は黙って受け止めてくれる。
「でも、結局今回も陽向を傷つけて、今は八尋さんのおかげでここにいられて…自分でも、どうすればいいか分からないんだ」
俯く私に先生ははっきり言った。
「そういうときは、助けてって言えばいい」
だが、この男が絶対に答えない自信があった。
「おまえは自分がどれだけの人たちを巻きこんだか数えたか?」
男は素直に首を横にふる。
「相手の痛みが分からないのか?」
この質問には、ふてくされた態度で何も言おうとしなかった。
…次の質問をぶつけても、この男はそのままの態度を貫けるだろうか。
「義政さんを殺して愛されたのか?」
あの日直接見たわけじゃない。
それでも、この男が義政さんを殺そうと画策していたことをよく知っている。
「私があの家におまえがしたことを伝えたらどうなると思う?」
男は明らかに焦っていた。
神宮寺義政を殺せば自分に愛情が向くはずが、殺しても褒められもしていない。
それなら、自分がしたことはなんだったのか。
この男でも考えるのではと思っていたが、まさかここまで混乱させることになるとは思わなかった。
「むぐ!」
まだ槍を動かそうとしてきたので、今度は火炎刃で周りを囲む。
「諦めろ。あんたが何をしてもあの家の人間たちに愛されることはない」
「うぐう…!」
こんな残酷な現実を突きつけることになるとは思っていなかった。
誰も言わないなら私が言う。それでも分からないなら、この男を──
「いた!先輩、何してるんで……」
「来るな!」
そう叫んだが遅かった。陽向には無数の細い針と太い槍が真っ直ぐ突き刺さる。
…一瞬でも神宮寺義仁から目を離してはいけなかったのに。
陽向から真っ赤な血しぶきが飛び散る。
倒れこんだ体から針を抜かなければ、息を吹き返しては死ぬを繰り返すことになってしまうのだ。
「おマエのせいデ、まタヒトり…」
「黙れ」
火炎刃の火力を強め、その場から動けないようにする。
へたに陽向を動かせば傷口が塞がるのが遅れるかもしれない。
それに、まだトラップがあるなら対処しきれずとどめを刺される。
「俺が相手するよ。おまえは覚えてないかもしれないけど」
はっと顔を上げると、そこには八尋さんが立っていた。
「どうして…」
「先生が教えてくれたんだ。困っているようだから力になってほしいって。…これでも俺、結構強くなったんだよ」
色々なものを鞄から取り出して、彼は優しく微笑んだ。
「大丈夫だから、今は陽向君を連れて逃げて」
「オマエ、あの時ノ…!」
「やっと気づいたみたいだな。今度こそおまえの全てを斬ってやる」
手に握られた鋏には覚悟がこもっている。
陽向を抱えてそのまま旧校舎の保健室まで走った。
「先生、抜くのを手伝ってくれ」
「…詳しいことは後で話してもらう」
陽向の体から細かい針を抜き、それ以上毒が体に入りこまないようにした。
「どのくらい当たった?」
「分からない」
「取り敢えずこれを飲んでおけ。いいな?」
先生に促され、苦い汁を啜る。
解毒剤だと分かっていても、体が強張ってしまう。
「急ぎで作ったから、甘味料を加えてない。飲みづらくて悪い」
「いや。用意してもらえただけありがたいよ。けど、どうして私があそこにいるって分かったんだ?」
先生は苦い顔で予知日記を開き、今日の頁を見せてくれた。
【折原詩乃が体育館で毒に侵され死ぬ】
「随分物騒だな」
「また何も言わずに行ったのは何故だ?」
「私の問題だから」
「…それだけじゃないんだろ」
本当に先生には敵わない。
どう表現したらいいのかいまひとつ分からないまま、曖昧な言葉だらけになりながら答えた。
「人に頼るっていうのを自分がやるとなると、よく分からなくなるんだ。
今回の一件でいえば、また誰か大切な人を失うんじゃないかって…それならひとりで決着をつけてやるって思った」
気持ちがぐちゃぐちゃでまとまらない言葉を、先生は黙って受け止めてくれる。
「でも、結局今回も陽向を傷つけて、今は八尋さんのおかげでここにいられて…自分でも、どうすればいいか分からないんだ」
俯く私に先生ははっきり言った。
「そういうときは、助けてって言えばいい」
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