夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第32章『魔王と夜紅の決着-絶望の終わりへ-』

第235話

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「先生、来たよ」
「やっとか。…それで、楽しめたのか?」
「ああ。穂乃が着たいものを選べたからよかった」
「あ、あの、詩乃ちゃん」
先生が注射針を持っていないことを疑問に思っていたが、瞬の登場で解決した。
「どうかしたのか?」
「穂乃ちゃん、簪って使う?」
「あれば助かるとは思ってたけど…」
「これ、作ってみたんだ。ちりめんなんて時代遅れだって言われちゃうかもしれないけど、僕にできるのはこれくらいだから…」
「これくらいなんて言うな。穂乃もきっと喜ぶし、こんな形で祝ってもらえるのは私も嬉しい」
なんとか言葉にして感謝の気持ちを伝えたかった。
瞬は自信なさげだが、アレンジするのにかなり時間がかかっただろう。
「喜んでもらえたならよかった」
簪をすぐ箱にしまい、鞄に入れる。
先生に促される形で陽向のところへ行ってしまった。
「本当に体に変化はないんだな?」
「傷の治りが早くなったこと以外特にないよ」
「…そうか」
血液検査の結果を待ちながら、ブレザーの胸ポケットにさしっぱなしだったカードを取り出す。
あの男はまだ私を狙っているだろう。
「何してる?」
「八尋さんに連絡してる。読んでもらえたらいいけど…」
念の為、狙われる可能性があることを知らせようとメッセージを送る。
すぐに既読がついて丁寧な返信がきた。
【丁度今分かったことがあったから知らせようと思っていたんだ。あの男の目的は詩乃さんの力を手に入れたうえで、君を殺すことだ。
瑠璃が調べてきてくれたんだけど、複数人から夜紅殺しになると話すフードの男の情報が集まった】
文面を見ただけでぞっとした。
あの男の私に対する執着は異常だ。
何故そこまでして私を殺したいのだろうか。
そもそも、力を手に入れるとはどういうことだ。
「どうした?」
「先生、ひとつ教えてくれ。もし私が殺されたら、殺した相手に私の霊力がうつることはあるのか?」
「それはないな。力をうつす方法はあるが、相手が死んでいては意味がない。
おまえの紅に関してもそれは同じだ。使えるとしたら持ち主が心を許している相手だけ…何かあったのか?」
八尋さんからの報せを話すと、先生は怪訝そうな表情を浮かべていた。
「そこまで狂っていると、もう手の施しようがないな」
「そうだな。どうにかしたいけど、へたにこっちから仕掛けて穂乃を巻きこみたくない」
それに、あと少しで完璧な偃月になる。
できれば万全な状態で戦いたい。
「監査室に行っててもいいか?」
「構わない。検査結果が出たら行く」
「…他のみんなに隠してくれてありがとう」
「俺なら知られたくないからそうしただけど」
先生なりに色々考えてくれたのだろう。
その気遣いがとてもありがたかった。
「先輩、お疲れ様です!」
「お疲れ。監査部の仕事はまわせそうか?」
「頑張ります」
「大学部へ行っても手伝いに来るよ。…というか手伝わせてくれ」
「俺は助かりますけど、先輩の負担にならない程度にしてくださいね」
ここにも優しさが転がっている。
瞬もにこにこしていて、やっぱり今のまま時間が止まってほしいとさえ思ってしまう。
「僕とも友だちでいてね」
「勿論だ」
「俺も友だちでいたいです」
「ありがとう」
高校生活を楽しく送れたのは、間違いなくみんなのおかげだ。
これからも一緒にいたい。この時間を壊されたくない。
「折原、少しいいか?」
「すぐ行く。陽向、これの確認を頼む」
「了解です」
先生の表情はとても険しいもので、何かおかしなことがあったのは間違いない。
「…どうだった?」
旧校舎の保健室、思いきって尋ねると答えが返ってきた。
「血液の中に鑑定不能な物質がある。…半月が近づいている影響かもしれないが、このままだと人間離れが加速するだろう」
「そうか」
あの液体を飲んだ時点でそうなる覚悟はしていた。
今でも飲んだことを後悔していない。
せめて穂乃が成人するまでは死ねない、ただそれだけだ。
「些細な変化でも報告するように。いいな?」
「分かった。迷惑かけてごめん」
「迷惑とは思わない。ただ、なんでもひとりでどうにかしようとするな」
先生の言葉にゆっくり頷く。…私はまた嘘をついた。
こんなに優しい人たちに、あの男の悪意を向けさせるわけにはいかない。
【3日後、体育館倉庫にひとりで来い。そこで決着をつけよう】
「…みんな、ごめん」
どうにもならないと分かっていても、今度こそ決着をつけるしかないのだ。
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