夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第30章『魔王と夜紅の決着-新たな絶望の幕開け-』

第223話

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「大丈夫…じゃないよな」
《た、助け…》
柵を掴んで踏ん張っている少女の顔は血まみれで、体もところどころ不自然に折れ曲がっている。
「何があったか話せる範囲でいいから教えてくれないか?」
《私はあの日、飛び降りて死んだはず…なのに、どうして、ここ、どこなの?》
「烏合学園旧校舎の屋上。もしかしたら新校舎からも飛び降りてるのかもな」
今まで見たことも聞いたこともないのはおかしい。
屋上にはしょっちゅう顔を出していたが、飛び降りている人を見たことなんてなかった。
「どこで飛び降りたか記憶はあるか?」
《ビルの屋上…》
「どういうビルだった?」
《乃木原ビルの、屋上…ちゃんと、遺書も……》
そこまで話したところで、少女の体は引き寄せられたように宙に浮く。
その数秒後、鈍い落下音がした。
やはり強制的に噂と融合させられてしまっているようだ。
そして、彼女が亡くなってだいぶ経っている。
「…先生、忙しいところごめん。乃木原ビルが閉鎖したのっていつだった?」
『随分前だな。少なくとも5年以上は経っているはずだ』
「さっきそこで飛び降りた少女がここにいた」
『噂に呑まれたってことか』
「本人は自分が死んでると自覚してるけど、なんでここにいるのか分からないって反応してたよ」
『なら、早く助け出さないとですね』
陽向の明るい声がして少し安心する。
起きないということはないと分かっていても、あれだけの攻撃を受けていれば心配にならないはずがない。
「私を護ろうとしなくていいから、もっと自分を労ってくれ」
『それはこっちのセリフです。…人間って簡単に死んじゃいますから』
「……気をつけるよ」
私だってもう純粋な人間じゃないと話したら、陽向はどんな反応を見せるだろうか。
いつかは知られてしまうのだろうが、できればこのまま隠し通したい。
『その子って遺書残したって言ってました?』
「ちゃんと遺したって話してた」
『ならこっちの子ですね。家庭事情で亡くなったみたいです。家で年が離れた弟と妹の面倒を見るために学校にもまともに行かせてもらえなかったらしく…』
「あの子は学校に行きたかったんだな。…だから今学校に現れている」
学校に行きたいという願いを有る意味叶えているのだから、噂と融合するのも簡単だったのだろう。
『噂と結びつけてるものを消せれば解放できますかね…』
「多分。本人に何か未練があるならそれを晴らさないといけないけど、何度も目の前で飛び降りられるのは精神的にきつい。
こっちに来る様子がないってことは、今度は新校舎にいるのかもしれない」
あの状態で、しかも死者になったのはかなり前…時間がない。
「また明日ってことになるのかな」
『急がなきゃいけないけど、焦ってもしかたありません。美味しいお菓子とお茶があるんです。
これから少し食べませんか?そんな物見せられた後じゃ食べづらいかもしれないけど…』
「ありがたくいただくことにするよ」
飛び降りた後の少女の姿は見ていない。
もし体を引きずりながらのぼっているなら、もうここまで辿り着いているはずだ。
屋上を後にして監査室へ入る。
「なんで私の靴箱に入っているクッキーを食べた?」
「先輩が食べちゃうんじゃないかと思ったんです。けど、明らか色がおかしかったし、食べてみたら味おかしいし…」
「そういうのはちゃんと見分けられるから、靴箱からはみ出ていても気にするな。
本来なら解毒するのが難しいから食べると確実に死に至る。死なないからといって無駄死にしなくていい」
「すみません」
「そこまでにして…ほら、食べるんだろ」
先生がお菓子とお茶を用意してくれる。
お礼を言って受け取ると、先生が複雑そうな表情をしていた。
…もしかすると、瞬のことを思い浮かべたのかもしれない。
どう声をかければいいのか分からず、そのままお茶を飲んでおひらきになる。
梅の花びらが散るなか、あの男のことばかり考えていた。
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