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第30章『魔王と夜紅の決着-新たな絶望の幕開け-』
第222話
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その日の夜、バイト先でその人と会った。
「あの男について知りたいってことは、何かあったの?」
「一応そんな感じです。というか、八尋さんはあの男に見つかってないのか?」
「今のところは瑠璃が上手くやってくれてるから大丈夫だよ」
翡翠八尋…彼があの男の力を断ち切ったはずという話は聞いたが、詳しい経緯を知らない。
相棒の瑠璃は鳥の精霊で、中庭の一件で少し話をした程度だ。
「力を断ち切ったはずってどういうことなのかもっと詳しく知りたくて…」
「俺の友人に、カミキリさんがいるんだ。その子の鋏は神さえも断ち切れるといわれるもので、普通サイズのものをもらったんだ」
八尋さんはそう話して鋏を見せてくれた。
「これであの男の噂を変える力ごと視える部分を切ったはずなんだ。
でも、あの男は今でも噂を変えて愉しんでる…切りきれてなかったんだと思う」
「そういえば、音で判断してるみたいだった」
わざとかと思ったが、姿は視えていないのかもしれない。
…だから何かしらの方法で視える力を取り戻し、その代償があの状態に繋がるなら納得がいく。
「詩乃さん?」
「ありがとう。八尋さんのおかげでなんとかできそうだ」
私という存在を賭けて、全身全霊あの男を否定しよう。
それ以外にあの男をただの人間にする方法はない。
「もし俺にも手伝えることがあったら言って。学校に顔を出すから」
「ありがとう」
古書店を出た足で家には戻らず、旧校舎へ音を立てずに入る。
資料に埋もれた陽向が熟睡する隣で記事を読んだ。
スクラップしたものの中に次の相手に関する情報があるかもしれない。
それに、下弦の月…偃月が近づいてきている。
その日に相手できれば確実にあの男まで攻撃を届かせられるだろう。
「ふあ…せんぱい?」
「ごめん。起こしたか」
「いやいや、そろそろ起きようと思っていたところで──」
瞬間、いきなり陽向が吐血する。
陽向は血まみれになった手をかたかた震わせながら、やっぱりかと呟いた。
「変なクッキー、靴箱、先輩の……」
「それを食べたのか?」
「見た目から、変……返ぞうど…」
瞳からどんどん光が消えていく。
苦しげな表情を少しでも軽くするため、開いたままの目を閉じさせる。
傍らには、見たことがあるクッキー。
「…先生、起きてるか?」
『どうした』
「ちょっと調べてほしいものがあるんだ。監査室まで来てほしい」
陽向を横にならせると、少しずつ回復している音がした。
インカムで通信を区切って話しかけたので、桜良はこのことを知らない。
「これはまた派手に死んだな」
「そのクッキーに毒物が入ってると思うんだ。…前も食べたときもそうだったから」
「例のしびれる毒か?」
「うん。けど、陽向は突然吐血して死んだ。何か別のものが入っているのかもしれない」
「分かった。調べておく」
あの毒は痺れる程度で、クッキーに混ぜた程度で致死量に達するとは思えない。
「私の靴箱に入ってたらしいから、死んでないことがばれたか私に確実にとどめをさしたかったかの2択だな」
「まだどっちとも確定するのは難しいな」
『…詩乃先輩、聞こえますか?』
「どうした?」
ラジオから聞こえてきたのはあまりいいニュースではなかった。
『屋上から繰り返し飛び降りる少女がいるらしいという噂が広まっています。
多分死んだことに気づいていないか、未練があって毎日同じ行動をとっているんだと思うのですが…』
「分かった。ありがとう、調べてみるよ」
このタイミングで噂が広まるなんて、やはりあの男が関わっているとしか思えない。
「先生、陽向を頼む」
「分かった。解毒に時間がかかっているんだろうから、あと5分は起きないとみていい。ところで…」
「どうかしたのか?」
「…いや、なんでもない。気をつけて行ってこい」
「ありがとう」
先生が言葉を濁したのが気になるが、先に何度も飛び降りている少女から話を聞く必要がありそうだ。
屋上までの階段を駆け上がり、すぐに扉を開く。
そこには、震える手で飛び降りそうになる体を支えている少女の姿があった。
「あの男について知りたいってことは、何かあったの?」
「一応そんな感じです。というか、八尋さんはあの男に見つかってないのか?」
「今のところは瑠璃が上手くやってくれてるから大丈夫だよ」
翡翠八尋…彼があの男の力を断ち切ったはずという話は聞いたが、詳しい経緯を知らない。
相棒の瑠璃は鳥の精霊で、中庭の一件で少し話をした程度だ。
「力を断ち切ったはずってどういうことなのかもっと詳しく知りたくて…」
「俺の友人に、カミキリさんがいるんだ。その子の鋏は神さえも断ち切れるといわれるもので、普通サイズのものをもらったんだ」
八尋さんはそう話して鋏を見せてくれた。
「これであの男の噂を変える力ごと視える部分を切ったはずなんだ。
でも、あの男は今でも噂を変えて愉しんでる…切りきれてなかったんだと思う」
「そういえば、音で判断してるみたいだった」
わざとかと思ったが、姿は視えていないのかもしれない。
…だから何かしらの方法で視える力を取り戻し、その代償があの状態に繋がるなら納得がいく。
「詩乃さん?」
「ありがとう。八尋さんのおかげでなんとかできそうだ」
私という存在を賭けて、全身全霊あの男を否定しよう。
それ以外にあの男をただの人間にする方法はない。
「もし俺にも手伝えることがあったら言って。学校に顔を出すから」
「ありがとう」
古書店を出た足で家には戻らず、旧校舎へ音を立てずに入る。
資料に埋もれた陽向が熟睡する隣で記事を読んだ。
スクラップしたものの中に次の相手に関する情報があるかもしれない。
それに、下弦の月…偃月が近づいてきている。
その日に相手できれば確実にあの男まで攻撃を届かせられるだろう。
「ふあ…せんぱい?」
「ごめん。起こしたか」
「いやいや、そろそろ起きようと思っていたところで──」
瞬間、いきなり陽向が吐血する。
陽向は血まみれになった手をかたかた震わせながら、やっぱりかと呟いた。
「変なクッキー、靴箱、先輩の……」
「それを食べたのか?」
「見た目から、変……返ぞうど…」
瞳からどんどん光が消えていく。
苦しげな表情を少しでも軽くするため、開いたままの目を閉じさせる。
傍らには、見たことがあるクッキー。
「…先生、起きてるか?」
『どうした』
「ちょっと調べてほしいものがあるんだ。監査室まで来てほしい」
陽向を横にならせると、少しずつ回復している音がした。
インカムで通信を区切って話しかけたので、桜良はこのことを知らない。
「これはまた派手に死んだな」
「そのクッキーに毒物が入ってると思うんだ。…前も食べたときもそうだったから」
「例のしびれる毒か?」
「うん。けど、陽向は突然吐血して死んだ。何か別のものが入っているのかもしれない」
「分かった。調べておく」
あの毒は痺れる程度で、クッキーに混ぜた程度で致死量に達するとは思えない。
「私の靴箱に入ってたらしいから、死んでないことがばれたか私に確実にとどめをさしたかったかの2択だな」
「まだどっちとも確定するのは難しいな」
『…詩乃先輩、聞こえますか?』
「どうした?」
ラジオから聞こえてきたのはあまりいいニュースではなかった。
『屋上から繰り返し飛び降りる少女がいるらしいという噂が広まっています。
多分死んだことに気づいていないか、未練があって毎日同じ行動をとっているんだと思うのですが…』
「分かった。ありがとう、調べてみるよ」
このタイミングで噂が広まるなんて、やはりあの男が関わっているとしか思えない。
「先生、陽向を頼む」
「分かった。解毒に時間がかかっているんだろうから、あと5分は起きないとみていい。ところで…」
「どうかしたのか?」
「…いや、なんでもない。気をつけて行ってこい」
「ありがとう」
先生が言葉を濁したのが気になるが、先に何度も飛び降りている少女から話を聞く必要がありそうだ。
屋上までの階段を駆け上がり、すぐに扉を開く。
そこには、震える手で飛び降りそうになる体を支えている少女の姿があった。
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