夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第29章『決戦前夜』

番外篇『大切な日常』

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「お姉ちゃん、あのね…」
「どうだ?」
「あった…あったよ!」
自分の合格発表より緊張することがあるなんて知らなかった。
穂乃は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。
「明日は説明会だな…あ」
「どうしたの?」
「ごめん、中途半端な参加になるかもしれない」
すっかり忘れていた。
穂乃には申し訳なかったが、翌日私は監査部としての仕事をこなしながら説明会の場にいる。
何度か不合格者が乱入して騒ぎになったことがあるからだ。
「中学棟って広いんだね」
「私も中高連携会以外ではあまり行ったことがないから、知らない場所が多いな…」
ふたりでこそこそ話しながら頭で必要経費の計算をしていると、インカムに連絡が入る。
『すみません先輩。乱入者です』
「ごめん穂乃。ちょっと行ってくる」
「お姉ちゃんのお仕事姿、見たかったな…」
「見てもいいことないぞ」
幸い後ろの端の席だったので、すぐに抜け出すことができそうだ。
そう思っていたのに、陽向の叫びに近い声が聞こえてきた。
『すみません、ひとり取り逃がしました!』
直後、勢いよく扉が開かれた。
目を血走らせた相手はちきちきと音をたて、こちらに近づいてくる。
「お姉ちゃん…」
「大丈夫だ」
他の人間たちが教師の説明に聞き入ってくれて助かった。
「ちょっとよろしいですか?」
「んだよ、離せよ」
「それは無理です。ご同行願えますか?」
「あいつらさえいなければ、」
「一緒に来てもらう」
相手の口を押さえ、静かに扉を開けて外に出る。
ここで長話をするのは得策ではないが、場所が分かるのは中学監査部室だけだ。
「旧校舎までは行けないから、このまま1名を中学監査部へ連行する」
『了解です。俺も行きます』
「離せ、離せよ!」
暴れる相手を制しながらそのまま真っすぐ歩いていく。
事情を話して部屋を借り、相手から視線を逸らさないようにしながら話しかけた。
「ここで暴れたら人生台無しになる。ここまで頑張ってきた自分を自分で否定してどうするんだ」
「…!」
「ここに不合格だったからといって、それで終わるわけじゃない。そうだろ?」
「り、両親に、愛してもらえなくなる…と、思って、気づいたらここに…」
「合格しても愛してもらえるとは限らない。それに、合否で態度が変わるのは愛じゃない」
「なら、愛ってなんですか?」
「難しいな。まあ…強いて言うなら、相手を大切に想う気持ちとまごころかな」
「まごころ…」
合格しようがしまいが、大切な子どもであることには変わりないと大半の家はなるだろう。
普段コミュニケーションをとれていないのか、虐待を受けているのか…どのみち問題だ。
「失礼します」
「…それじゃあ、私はこれで」
陽向が先生を連れてきてくれて、なんとか事件は解決した。
相手は私に深々と頭を下げていて、先生たちは少し驚きながらも話を聞くようだ。
会場に戻ったときには、もう説明会は終わっていた。
「お姉ちゃん、おかえりなさい」
「ごめん。全部終わっちゃったんだな…」
「ちゃんとメモしておいたから大丈夫だよ。ほら」
綺麗な字で書かれている内容がしっかり伝わってくる。
中等部も高等部とほとんど変わりないことに少し安心した。
「あの…さっきカッターを持ってた人はどうなるの?」
「事情が事情だから、何かしらの対応をとることにはなる。
詳しくは言えないけど、あの子は複雑な事情を抱えているんだ」
穂乃は目をぱちくりさせて、ぱっと明るく微笑んだ。
「さっきのお姉ちゎん、かっこよかった」
「ありがとう」
「私ももうちょっと護身術を身につけたいな」
「今度もう少し時間があるときに教える」
他愛のない会話、眩しい笑顔。
穂乃を見ているだけで元気が出る。
今日だけはこのまま穏やかに過ごせますようにと祈りながら、校舎を出ていつもより少しお高い店での食事を楽しんだ。
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