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第29章『決戦前夜』
第220話
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「詩乃ちゃん!」
体が冷たい。もしかして、適合できずに死んだのか?
「折原、しっかりしろ」
…違う。私は今この場でしっかり生きている。
土の感触にみんなの不安そうな声、徐々に体温があがっていく感覚…そして、腹部にはしる鈍痛。
《私、ハ…》
先生たちに避けてもらい、勢いをつけて体を起こす。
今の私はみんなにどう写っているだろうか。
「もういいんだ、怪盗。お前はただ、大切な人の笑顔を護りたかったんだろ?」
《笑顔…そう、僕はあの子に笑ってほしくて…》
「桜良、怪盗紳士の噂を作れるか?」
『…やってみます』
痛む腹を押さえたまま話を続ける。
「おまえは恋人の宝物を取り返してきただけだったのに、何十人もに囲まれて死ぬまで暴力を受けたんだよな?
恋人は止めようとしていたのに、途中で相手に捕まって抵抗したら殺すと脅された」
《あの子は、どうなったのかな》
「助かったよ。けど、警官たちが集まってきたときおまえはもう…」
桜良の心地いい声が響いた直後、怪盗紳士は涙を流す。
《そうか。僕はちゃんとあの子を護れたんだね》
「心配しなくていい。…あの男は逃げたんだろ?」
「俺たちが来たときにはもういなかった。だが、危ない真似はするな」
「できるだけ気をつける」
ずきずき痛む腹部を押さえながら、怪盗紳士に向かって手を伸ばす。
よく見ると少しやつれていて、暴走しないようにどれだけ頑張っていたのか分かる。
「これからどうしたい?成仏したいか、それとも…」
《僕は噂になったんでしょ?それならこのまま生きていきたい。
人間は大嫌いだけど、あの子の側で幸せになる姿を見守りたいんだ》
「そうか。桜良、校舎の縛りは解けたか?」
『解けました』
「そうか。…気をつけて行ってこい」
《ありがとう。最後に、皆様に奇跡をお見せするとしましょう》
怪盗紳士が指を鳴らすと、桜吹雪が舞いはじめる。
まだ2月であるにも関わらず、だ。
《すごい…》
「綺麗だな」
「今回の件も一件落着っぽいですし、このまま打ち上げしちゃいましょう!」
《打ち上げ、楽しみだな…》
少し死霊の状態が強くなった瞬にいつもどおり話しかける陽向…なんだか微笑ましく感じた。
そんなふたりの後をついていこうとすると、後ろから肩を掴まれる。
「折原、ちょっと来い」
旧校舎の玄関で引き止められる。
先生の表情を確認すると、不安げに瞳を揺らした。
「おまえは折原詩乃なんだよな?」
「何言ってるんだ?」
「それじゃあ、なんでそんな人間であって人間ではない状態なんだ」
治療をしたのが先生ならバレてしまうとは思っていたが、まさかここまで早いとは。
「答えろ折原」
「それは、牧師にもらってた人間じゃなくなる薬を飲んだからだよ」
「赤と青のやつか…両方飲んだのか?」
「いや、赤だけだよ。人間より傷が早く治る程度ですむが、見た目が変わらなくなるとは聞いた」
「なんで飲んだ?」
どうして先生はこんなに苦しげな顔をしているのだろう。
「人間が嫌になったから。それに、さっきのタイミングで薬を飲まなかったら失血死してただろ?
…見た目が変わらなくなって嫌われてもいいから、もう人間でいたくないと思ったんだ」
少数派を消そうとしたり、身勝手な理由で暴力をふるわれたり、死まで追いつめられたり…もううんざりだ。
「おまえが望んだなら文句は言えないな」
「ごめん。けど、これ以上苦しくなる前に人間である部分を少しでも削りたかった」
人間は脆弱で愚かだ。
勿論そうじゃない人たちもいるが、私が安心して過ごせる世界じゃない。
「…他の奴等には黙っておくから着替えてこい」
「ありがとう」
先生には頭が上がらない。
「私は先生たちに出会って救われた。だから、そんな絶望した顔をしないでほしい。
私がやりたくて選んだ道なんだ、穂乃かいるからまだ死霊になるわけにはいかないから」
「やっぱりそれなら文句は言えないな。困ったことがあれば…いや、なくてもいいから声をかけてくれ」
「ありがとう」
今のところ、腹部の傷が通常よりふさがったこと以外違いを感じない。
月が寂しげに背中を照らした。
体が冷たい。もしかして、適合できずに死んだのか?
「折原、しっかりしろ」
…違う。私は今この場でしっかり生きている。
土の感触にみんなの不安そうな声、徐々に体温があがっていく感覚…そして、腹部にはしる鈍痛。
《私、ハ…》
先生たちに避けてもらい、勢いをつけて体を起こす。
今の私はみんなにどう写っているだろうか。
「もういいんだ、怪盗。お前はただ、大切な人の笑顔を護りたかったんだろ?」
《笑顔…そう、僕はあの子に笑ってほしくて…》
「桜良、怪盗紳士の噂を作れるか?」
『…やってみます』
痛む腹を押さえたまま話を続ける。
「おまえは恋人の宝物を取り返してきただけだったのに、何十人もに囲まれて死ぬまで暴力を受けたんだよな?
恋人は止めようとしていたのに、途中で相手に捕まって抵抗したら殺すと脅された」
《あの子は、どうなったのかな》
「助かったよ。けど、警官たちが集まってきたときおまえはもう…」
桜良の心地いい声が響いた直後、怪盗紳士は涙を流す。
《そうか。僕はちゃんとあの子を護れたんだね》
「心配しなくていい。…あの男は逃げたんだろ?」
「俺たちが来たときにはもういなかった。だが、危ない真似はするな」
「できるだけ気をつける」
ずきずき痛む腹部を押さえながら、怪盗紳士に向かって手を伸ばす。
よく見ると少しやつれていて、暴走しないようにどれだけ頑張っていたのか分かる。
「これからどうしたい?成仏したいか、それとも…」
《僕は噂になったんでしょ?それならこのまま生きていきたい。
人間は大嫌いだけど、あの子の側で幸せになる姿を見守りたいんだ》
「そうか。桜良、校舎の縛りは解けたか?」
『解けました』
「そうか。…気をつけて行ってこい」
《ありがとう。最後に、皆様に奇跡をお見せするとしましょう》
怪盗紳士が指を鳴らすと、桜吹雪が舞いはじめる。
まだ2月であるにも関わらず、だ。
《すごい…》
「綺麗だな」
「今回の件も一件落着っぽいですし、このまま打ち上げしちゃいましょう!」
《打ち上げ、楽しみだな…》
少し死霊の状態が強くなった瞬にいつもどおり話しかける陽向…なんだか微笑ましく感じた。
そんなふたりの後をついていこうとすると、後ろから肩を掴まれる。
「折原、ちょっと来い」
旧校舎の玄関で引き止められる。
先生の表情を確認すると、不安げに瞳を揺らした。
「おまえは折原詩乃なんだよな?」
「何言ってるんだ?」
「それじゃあ、なんでそんな人間であって人間ではない状態なんだ」
治療をしたのが先生ならバレてしまうとは思っていたが、まさかここまで早いとは。
「答えろ折原」
「それは、牧師にもらってた人間じゃなくなる薬を飲んだからだよ」
「赤と青のやつか…両方飲んだのか?」
「いや、赤だけだよ。人間より傷が早く治る程度ですむが、見た目が変わらなくなるとは聞いた」
「なんで飲んだ?」
どうして先生はこんなに苦しげな顔をしているのだろう。
「人間が嫌になったから。それに、さっきのタイミングで薬を飲まなかったら失血死してただろ?
…見た目が変わらなくなって嫌われてもいいから、もう人間でいたくないと思ったんだ」
少数派を消そうとしたり、身勝手な理由で暴力をふるわれたり、死まで追いつめられたり…もううんざりだ。
「おまえが望んだなら文句は言えないな」
「ごめん。けど、これ以上苦しくなる前に人間である部分を少しでも削りたかった」
人間は脆弱で愚かだ。
勿論そうじゃない人たちもいるが、私が安心して過ごせる世界じゃない。
「…他の奴等には黙っておくから着替えてこい」
「ありがとう」
先生には頭が上がらない。
「私は先生たちに出会って救われた。だから、そんな絶望した顔をしないでほしい。
私がやりたくて選んだ道なんだ、穂乃かいるからまだ死霊になるわけにはいかないから」
「やっぱりそれなら文句は言えないな。困ったことがあれば…いや、なくてもいいから声をかけてくれ」
「ありがとう」
今のところ、腹部の傷が通常よりふさがったこと以外違いを感じない。
月が寂しげに背中を照らした。
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