夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第29章『決戦前夜』

第217話

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「先輩、おかえりなさい」
「ごめん。資料を探すのに手間取ってた」
「結構量多いですね…半分貸してください」
「ありがとう」
あの男が流したなら、きっとこの町でおこった事件を元に噂を流しているはずだ。
スクラップしている記事にも目を通しながら図書室の記事も見ていく。
「もしかしてこれじゃないですか?」
陽向が見せてくれた記事には、怪盗が怪盗になった経緯と悲しい末路が書かれていた。
「やっぱり人間って身勝手ですね」
「これほど酷い死に方は何度見ても慣れないな」
相手のことを調べていく過程で過去を知ってしまうことが多い。
それはあまりにも悲惨で目を逸したくなるものばかりだ。
「…桜良、聞こえるか?」
『はい。あの…突然で申し訳ないのですが、噂の広まり具合を調べてもらえませんか?』
「知っておいた方がいいことがあるってこと?」
『多分今日あたりからなら祈歌を使っても寝こんだりしない』
「そっか、満月近くだから…先輩、俺のことがんがんこき使ってください」
ふたりには世話になりっぱなしだ。
弓の手入れを念入りにして、いつもより多めに用意したナイフを服のいたる所に仕込む。
「それ、重くないですか?」
「今日はこれでいいんだ。身軽さより攻撃重視でいきたいから」
「ならいいですけど…」
今夜もあの男は出てくるだろうか。
なんとなく嫌な予感がしたものの、そのまま真っ直ぐ噂が集中している新校舎に足を踏み入れた。
「部活動で広まったわけじゃないんだよな?」
「バスケ部と卓球部、吹奏楽部にテニス部…話してたのはばらばらの場所で活動している部活ばかりです」
『私が見たのはコーラス部の生徒たちが話しているところです』
「それならなんで敢えてここにしたんだろうな…」
出没地点は不明であるものの、誰から聞いたか分からないと話されていた噂は体育館倉庫に集中していた。
体育祭などの行事の道具しか置かれていないため、どの部活もここには立ち寄らないだろう。
そんな人が集まらない場所で誰かから聞いたなんて不思議な話だ。
《すみません、少しお話よろしいですか?》
背後をとられた私は片手にナイフを隠し持ったまま振り返る。
相手は仮面越しに困った様子で話しかけてきた。
《実は、この場所から出ようにも出られなくなってしまったんだ。事情を知っているようなら教えてほしい》
「先輩から離れてくれたら話すよ」
《これは失礼。麗しいレディに見惚れてしまった》
お茶目な一面をのぞかせるこの男が人間の心を壊しているようには見えない。
…あんな目に遭っているなら尚更だ。
「そっちの事情も教えてくれないか?出られないって言ってたけど…」
《この校舎から出ようとしたら、電流のようなものがはしってね…何故か離れられない》
「それは多分、今この学園で流行ってる噂が関係してる」
《ほう…噂とは?》
「怪盗に心を盗まれたらその人間は虚無を彷徨うことになるって話。あんた怪盗だろ?」
《一応そうだけど、ここにはもう用はないんだ》
陽向との会話を聞く限り、そこまで噂に毒されていないようにも見える。
怪盗は困ったように顎に手をあてた。
《別にこの場所に留まりたいわけではないし、寧ろ離れられないと仕事に支障が出るんだけど…さて、どうしたものか》
「噂が蔓延ったら今よりずっと大変なことになる。話が通じなくなったり、意思とは関係なく体が動いたり…とにかく大変なんだ」
《しかし、この場所から離れられないのにどうやって逃れればいいんだ?》
「それは私たちも一緒に考えるよ。噂を広めたのは身勝手な人間だし」
怪盗はふっと微笑み、どこからか一輪花を出してきて私に渡してくれた。
《お近づきの印に》
「え、すご!今のどうやったんだ?」
《君にもやり方を教えてあげよう。大切な人に渡すといい》
「ありがとう。マジック得意じゃないけど頑張る」
戦いに来たはずが、手品教室がはじまってしまった。
今夜は穏やかに…と思っていたが、そういうわけにもいかないらしい。
「構えろ。来るぞ」
「え?」
札を数枚飛ばし、羽虫の大群のような妖たちを炎で通せんぼする。
相手は言葉にならない何かを叫んでいるが、全く意味が分からない。
混乱している怪盗の前に立ち、臨戦態勢で相手の出方をみることにした。
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