夜紅の憲兵姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
268 / 302
第29章『決戦前夜』

第216話

しおりを挟む
「先輩、おはようございます」
「おはよう。今日も早いな」
穂乃を小学校まで送ってすぐ来たのに、授業前なはずの陽向が目の前にいる。
「今日は行かなくていいのか?」
「もう出席日数は足りてますから。先輩はもう授業ないんでしたっけ」
「元々自由学習時間だし、卒業式さえ出れば文句ないだろう」
監査部長としての役目の終わりが、いよいよすぐそこまで近づいてきた。
旧校舎に入ることはできても、そう簡単に集まれなくなるのは寂しい。
「先輩」
「どうした?」
「俺、ちゃんと部長やれますかね?」
副部長の陽向を部長にと他のメンバーに話したとき、反対意見は出なかった。
それは誰もが頑張りを認めてくれているからだと私は思っている。
「できるよ。陽向にしかできない方法で、先生や生徒たち、メンバーのことを支えていってほしい。
私以外のメンバーも、陽向がどれだけ影から支えてきたか知ってるんだ。絶対大丈夫だよ」
「…不思議ですね。先輩に言われるとなんでもできちゃいそうです。ありがとうございます」
陽向が不安がるなんて珍しい。
恐らく、自分がなんでも器用にこなしているという自覚がないのだろう。
「もっと自信を持っていい。あれだけ周りから賛同を得られたのは、陽向が必死に監査部の仕事をこなしていたのをみんなが知っているからだ。
今はまだ、陽向以外に監査部を任せられないよ」
「先輩にそこまで褒めてもらえるなんて…光栄です!」
こんなささやかなひとときで高校生活を締めくくれればいいと思っていた。
だが、残念なことにそういうわけにもいかない。
「…今夜も夜仕事案件になりそうだな」
「なんかまた変な噂たってますよね。月下の怪盗に心を奪われたらどうのって…」
「今度は役に立てないかもしれない。足を引っ張らないように頑張る」
本来であれば、霊力も妖力も満月に強くなるが、私は半月に強くなり満月に1番弱くなってしまう。
そこを突かれると苦しい戦いを強いられる。
『今夜仕掛けてくるかもしれません』
「それは、祓い屋たちも動くかもしれないとみているからか?」
『噂の広がりが今日になって更に酷くなりました』
ラジオ越しに聞こえてくる声は不安げだった。
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。必ずなんとかするから」
「今夜くらいは動かないでほしいですね」
「そうだな」
たまには静かな夜を過ごしたいし、できるだけ穂乃の側にいたい。
だが、今家に帰ってあの男に見つかってしまっては危険だ。
『心を盗まれると、永遠に虚無のなかを生きていくことになる…らしいです』
「え、そんな深刻な噂になったの!?」
「盗まれた後どうなるか明記されたとなるとかなりまずいな。急いで調べよう」
怪盗がどんな人物なのか知りたくて図書室へ向かうと、教師たちが舌打ちしてこそこそ話しはじめる。
「高入だから贔屓されてるんじゃないか?」
「あの性格です、誰かを脅したのでは?」
「おっとそこまで。凶暴な熊に襲われちゃかなわんからな」
私が気に入らないならなんとでも言えばいい。
不正なんてしていないんだから堂々としていよう。
久しぶりに教室に入ると、今度は自分の席が見当たらない。
くすくす嘲笑う声が耳に響いてうんざりだった。
「…悪い。少し遅れる」
スマホで陽向にそう連絡して、物置にされていた机を雑巾ごと綺麗にした。
こんなことをして愉しむ人間が多いのは悲しいが、クラス以外でこういった事態に陥ったことがないのでそれだけはよかったといえる。
…なんとか先生たちにも隠し通せそうだ。
「今日もお疲れ。これ、よかったらもらってくれ。少し早いホワイトデーだ」
「ありがとうございます、憲兵姫!」
「大切に食べます」
中庭にいると、何人かの生徒に声をかけられてしまった。
流石に過去の事件の資料を読み漁るわけにもいかず、相手の背中を見送る。
静かに資料を読めるのは監査室しかない…そう感じた私はすぐに旧校舎へ足を進めた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

御手洗さんの言うことには…

daisysacky
ライト文芸
ちょっと風変わりな女子高校生のお話です。 オムニバスストーリーなので、淡々としていますが、気楽な気分で読んでいただけると ありがたいです。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

もう一度あなたに会うために

秋風 爽籟
ライト文芸
2024年。再婚したあの人と暮らす生活はすごく幸せだった…。それなのに突然過去に戻ってしまった私は、もう一度あの人に会うために、忠実に人生をやり直すと決めた… 他サイトにも掲載しています。

我が家の乗っ取りを企む婚約者とその幼馴染みに鉄槌を下します!

真理亜
恋愛
とある侯爵家で催された夜会、伯爵令嬢である私ことアンリエットは、婚約者である侯爵令息のギルバートと逸れてしまい、彼の姿を探して庭園の方に足を運んでいた。 そこで目撃してしまったのだ。 婚約者が幼馴染みの男爵令嬢キャロラインと愛し合っている場面を。しかもギルバートは私の家の乗っ取りを企んでいるらしい。 よろしい! おバカな二人に鉄槌を下しましょう!  長くなって来たので長編に変更しました。

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

格上の言うことには、従わなければならないのですか? でしたら、わたしの言うことに従っていただきましょう

柚木ゆず
恋愛
「アルマ・レンザ―、光栄に思え。次期侯爵様は、お前をいたく気に入っているんだ。大人しく僕のものになれ。いいな?」  最初は柔らかな物腰で交際を提案されていた、リエズン侯爵家の嫡男・バチスタ様。ですがご自身の思い通りにならないと分かるや、その態度は一変しました。  ……そうなのですね。格下は格上の命令に従わないといけない、そんなルールがあると仰るのですね。  分かりました。  ではそのルールに則り、わたしの命令に従っていただきましょう。

長編「地球の子」

るりさん
ライト文芸
高橋輝(たかはしあきら)、十七歳、森高町子(もりたかまちこ)、十七歳。同じ学校でも顔を合わせたことのなかった二人が出会うことで、変わっていく二人の生活。英国への留学、各国への訪問、シリンという不思議な人間たちとの出会い、そして、輝や町子の家族や友人たちのこと。英国で過ごすクリスマスやイースター。問題も多いけど楽しい毎日を過ごしています。

処理中です...