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第28章『再び訪れる悪夢』
番外篇『至福のひととき』
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「気をつけていってこい」
「ありがとう、お姉ちゃん。私、頑張るね!」
見送りしてから旧校舎に入ると、大量の食物と飲物が用意されていた。
今日は受験があるので授業そのものは休みだ。
「お疲れ様です。穂乃ちゃん、会場に入っていきましたね」
「そうだな」
あの一件以降、あの男に遭遇していない。
ささやかなものではあるけどパーティーをしませんかという陽向からのメッセージを受け取り、みんなで旧校舎に集まることになったのだ。
「それじゃあ全員揃ったし…ひとまず乾杯!」
紙コップをあわせて紅茶を少しずつ口にする。
いつもと違うフレーバーらしいことには気づいたが、それ以外のことは分からなかった。
「桜良、この紅茶は新しいやつか?」
「白桃の紅茶にしてみました。こっちが白桃のお茶で、こっちがオレンジティーです」
「そうか」
ゆっくり色々なお茶を楽しんでいると、先生と瞬が早歩きでやってきた。
「先生、お疲れ様です。先に始めちゃってますよ」
「ああ。構わない」
「僕も乾杯していい?」
「そうだな。乾杯しようか」
お茶を飲んでいる瞬は楽しそうに笑っていて、先生もほっとした顔をしていた。
「そういえば先輩、もらったチョコってどうしてるんですか?」
「毎日少しずつ食べてる」
「え、あの量をですか!?」
「まあ、そういうことになるな。顔が分かる生徒には今のうちから少しずつおかえしを渡してる」
「捨てたりしないんですね」
「食べられないものが入っていたりしなければな」
あんなことがあったというのに、みんな普通に接してくれる。
どう感謝を伝えればいいのか分からない。
「…みんな、ありがとう」
そう言葉にするのがせいいっぱいだったが、先生たちはふっと笑ってお菓子をつまむ。
「俺たちはただどんちゃん騒ぎしたかっただけなんです」
「私は楽しく過ごしたかっただけで…できることがこれくらいしか思いつかなかったんです」
「僕もお菓子持ってきたんだ。今が1番幸せだから」
「俺はあくまで保護者程度のことしかしていないが、ここ数年で1番悪くない時間を過ごせた」
みんなのおかげで楽しく過ごせたのは私も同じだ。
偏見を持つ大人たちと、蔑み楽しむ生徒たち…それ以外の世界があるなんて知らなかった。
「あんたたち、私のこと忘れてない?」
ふと見てみると、猫耳少女が扉の前に立っていた。
「結月、どうしたんだ?」
「あんたに渡してくれって色んな人達から頼まれたのよ。私は配達人じゃないのに…」
結月が持ってきてくれたのは、沢山の手紙だった。
中庭の精霊たちに盗賊団、まどろみさん…今まで関わってきた人たちからのメッセージが綴られている。
「届けてくれてありがとう。最近顔を出せてない場所も多いから、全部片づいたら会いに行こうかな」
なんだかほっこりしてしまって、お茶を一気にすする。
「ねえ、猫さんも一緒にお茶会しようよ」
「…まあ、今日は時間があるからいいわ」
それからはわいわい過ごした。
この平穏な時間を護る為に私は戦う。
身勝手な理由かもしれないけど、私には大きな何かを護れるほどの力はない。
だったらせめて、周りにある小さな幸せを少しずつ護っていきたいと願う。
「…ごめん、もう行かないと」
「穂乃ちゃん、試験終わりでしたっけ?」
「うん。迎えに行って、今日は一緒に過ごすことにするよ。すごく楽しめたよ。ありがとう」
各々に挨拶してすぐに穂乃を迎えに行く。
本当はここまで急がなくても大丈夫なはずだが、なんとなく早めに行っておきたかった。
久しぶりに穂乃と過ごせるから、らしくなくはしゃいでいるのかもしれない。
「あ、お姉ちゃん」
「お疲れ様。迎えに来た。今日はバイトも休みだから一緒にいられる」
「本当!?」
「うん。夕飯は穂乃が食べたいものにしよう」
穂乃はもうあの小さな穂乃じゃない。
それでも、私にとってたったひとりの大切な家族であることは一生変わらないだろう。
ふたりで手をつないで帰る道は、どこまでも日差しが照らしつけていた。
「ありがとう、お姉ちゃん。私、頑張るね!」
見送りしてから旧校舎に入ると、大量の食物と飲物が用意されていた。
今日は受験があるので授業そのものは休みだ。
「お疲れ様です。穂乃ちゃん、会場に入っていきましたね」
「そうだな」
あの一件以降、あの男に遭遇していない。
ささやかなものではあるけどパーティーをしませんかという陽向からのメッセージを受け取り、みんなで旧校舎に集まることになったのだ。
「それじゃあ全員揃ったし…ひとまず乾杯!」
紙コップをあわせて紅茶を少しずつ口にする。
いつもと違うフレーバーらしいことには気づいたが、それ以外のことは分からなかった。
「桜良、この紅茶は新しいやつか?」
「白桃の紅茶にしてみました。こっちが白桃のお茶で、こっちがオレンジティーです」
「そうか」
ゆっくり色々なお茶を楽しんでいると、先生と瞬が早歩きでやってきた。
「先生、お疲れ様です。先に始めちゃってますよ」
「ああ。構わない」
「僕も乾杯していい?」
「そうだな。乾杯しようか」
お茶を飲んでいる瞬は楽しそうに笑っていて、先生もほっとした顔をしていた。
「そういえば先輩、もらったチョコってどうしてるんですか?」
「毎日少しずつ食べてる」
「え、あの量をですか!?」
「まあ、そういうことになるな。顔が分かる生徒には今のうちから少しずつおかえしを渡してる」
「捨てたりしないんですね」
「食べられないものが入っていたりしなければな」
あんなことがあったというのに、みんな普通に接してくれる。
どう感謝を伝えればいいのか分からない。
「…みんな、ありがとう」
そう言葉にするのがせいいっぱいだったが、先生たちはふっと笑ってお菓子をつまむ。
「俺たちはただどんちゃん騒ぎしたかっただけなんです」
「私は楽しく過ごしたかっただけで…できることがこれくらいしか思いつかなかったんです」
「僕もお菓子持ってきたんだ。今が1番幸せだから」
「俺はあくまで保護者程度のことしかしていないが、ここ数年で1番悪くない時間を過ごせた」
みんなのおかげで楽しく過ごせたのは私も同じだ。
偏見を持つ大人たちと、蔑み楽しむ生徒たち…それ以外の世界があるなんて知らなかった。
「あんたたち、私のこと忘れてない?」
ふと見てみると、猫耳少女が扉の前に立っていた。
「結月、どうしたんだ?」
「あんたに渡してくれって色んな人達から頼まれたのよ。私は配達人じゃないのに…」
結月が持ってきてくれたのは、沢山の手紙だった。
中庭の精霊たちに盗賊団、まどろみさん…今まで関わってきた人たちからのメッセージが綴られている。
「届けてくれてありがとう。最近顔を出せてない場所も多いから、全部片づいたら会いに行こうかな」
なんだかほっこりしてしまって、お茶を一気にすする。
「ねえ、猫さんも一緒にお茶会しようよ」
「…まあ、今日は時間があるからいいわ」
それからはわいわい過ごした。
この平穏な時間を護る為に私は戦う。
身勝手な理由かもしれないけど、私には大きな何かを護れるほどの力はない。
だったらせめて、周りにある小さな幸せを少しずつ護っていきたいと願う。
「…ごめん、もう行かないと」
「穂乃ちゃん、試験終わりでしたっけ?」
「うん。迎えに行って、今日は一緒に過ごすことにするよ。すごく楽しめたよ。ありがとう」
各々に挨拶してすぐに穂乃を迎えに行く。
本当はここまで急がなくても大丈夫なはずだが、なんとなく早めに行っておきたかった。
久しぶりに穂乃と過ごせるから、らしくなくはしゃいでいるのかもしれない。
「あ、お姉ちゃん」
「お疲れ様。迎えに来た。今日はバイトも休みだから一緒にいられる」
「本当!?」
「うん。夕飯は穂乃が食べたいものにしよう」
穂乃はもうあの小さな穂乃じゃない。
それでも、私にとってたったひとりの大切な家族であることは一生変わらないだろう。
ふたりで手をつないで帰る道は、どこまでも日差しが照らしつけていた。
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