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第28章『再び訪れる悪夢』
第215話
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いきなりこんな話をしても困らせるだけだっただろうか。
しばらく沈黙が流れて、陽向が声を震わせ尋ねてきた。
「先輩がスカートをはいたり髪を結んだりできなくなったのは、そのせいですか?」
「そういうことになるな。思い出して、吐き気がして…貧血状態になって動けなくなる」
それに、また誰かを失うきっかけを作ってしまいそうで怖い。
《俺が思ってる以上に壮絶な過去だった》
「そうか」
「でも、その義政さんって人が死んだとは限りませんよね?誰も遺体を見てないわけだし…」
「神宮寺本家を逃げ出した相手を、平然と儀式のために人を殺せる人でなしが逃がすと思うか?
直接手を渡したわけじゃなくても、私が殺したも同然なんだよ」
私たちは義政さんが命がけで逃してくれたからここにいる。
あの人がいなかったら、穂乃を助けることさえできなかっただろう。
《だけど、神宮寺義政っていう人は死んでないよ》
「…そんな嘘吐かなくていい」
《嘘じゃない。ここがどこだと思ってるの?俺を番人としてとどまらせたくせに、もう忘れちゃったの?》
「どこへでも行ける、異界の門…」
《そう。だから、詩乃ちゃんの過去を調べることだってできる》
大きな鏡にうつったのは、どこかの大きな滝。
腕に大きな切り傷の痕が残るその人の姿を、私はよく知っている。
「嘘だろ、なんで…」
《…詩乃ちゃんたちを助けたその日、あの人は逃げ切ったんだ。だけど、自分が関わったせいで詩乃ちゃんたちを危険にさらしたと考えた彼はひとりで山ごもりしてる。
そうすれば自分も殺されないし、詩乃ちゃんたちにちょっかいをかけることもなくなるだろうって思ったみたい》
正直、ずっと苦しかった。
義政さんを殺してしまったのは自分だと思っていたから罪悪感でほとんど眠れなかったし、だれといても騙している気がして嫌悪感をぬぐえなかったんだ。
思い出さない日はなかったし、ずっと後悔していた。
「そうか、生きていてくれたのか…」
長年の悩みが一瞬で解決してしまった。
義政さんは義政さんなりに考えて人生を進んでいる。
元気でいてくれるならそれでいい。
生きてさえいれば、いつかまた会えるはずだ。
「そういえば、穂乃ちゃんは儀式のこととかって…」
「目を覚ましたときには何も覚えていなかった。病院にいる理由も、どうして怪我をしているのかも。
今考えたら義政さんが何かしてくれたんだろうな。穂乃の頭を撫でてたから…」
あの人はとても強い人だ。大抵のことはそつなくこなすし、周りをよく見ているから尊敬されていた。
「先輩、どんだけひとりで背負ってきたんですか」
「ごめん。誰に話していいか分からなかったんだ」
「言いづらいのは分かります。けど、そんな重くて苦しいものをひとりで抱えるなんて無理です」
話し終えた今も後悔していると言ったら怒られてしまうだろうか。
『詩乃ちゃん』
「瞬…いつから聞いてたんだ」
『最初から全部。先生と桜良ちゃんと聞いてたんだ。
詩乃ちゃん、僕に言ったよね?何度だってやり直せるって。我儘言って困らせてもいいんだって…だったら詩乃ちゃんも困らせてよ』
たしかに言った。瞬が先生を大切に思っているのを感じたから。
『もっと人に頼ることを覚えろって言ったの、覚えてるか?頼られた方がおまえがひとりで抱えてる方よりよっぽどいい』
先生からは何度も言われていた。
だけど、怖くて踏み出せなかったんだ。
『私たちは仲間で友人でしょう?詩乃先輩と話すの、とても楽しいんです』
桜良との何気ない会話に救われていた。
お茶する時間も心から楽しめていたと思う。
「なんで、みんな優しいんだ」
いつの間にか独りではなくなっていたんだと、改めて気づかされる。
おかげさんが私の手を握ってくくっと笑った。
《君にだって、幸せになる権利があるんだよ。今まで沢山の人たちを救ってきたんだから》
知らずしらずのうちに、自分で自分を縛っていたのかもしれない。
ある程度距離を置いて傷つけないように、傷つかないように気をつけていた。
「…ありがとう」
視界が歪んだが、まだ早いとこみあげたものを拭って立ちあがる。
「今度こそあの男を止めたいんだ。手を貸してほしい」
みんなの答えは想像していた通りのもので、この出会いが今の私を形作っている。
みんなと一緒にいられる未来があるなら、今度こそ過去を断ち切ってみせよう。
いつかあの人に届いてくれることを祈りながら、静かに目を閉じた。
しばらく沈黙が流れて、陽向が声を震わせ尋ねてきた。
「先輩がスカートをはいたり髪を結んだりできなくなったのは、そのせいですか?」
「そういうことになるな。思い出して、吐き気がして…貧血状態になって動けなくなる」
それに、また誰かを失うきっかけを作ってしまいそうで怖い。
《俺が思ってる以上に壮絶な過去だった》
「そうか」
「でも、その義政さんって人が死んだとは限りませんよね?誰も遺体を見てないわけだし…」
「神宮寺本家を逃げ出した相手を、平然と儀式のために人を殺せる人でなしが逃がすと思うか?
直接手を渡したわけじゃなくても、私が殺したも同然なんだよ」
私たちは義政さんが命がけで逃してくれたからここにいる。
あの人がいなかったら、穂乃を助けることさえできなかっただろう。
《だけど、神宮寺義政っていう人は死んでないよ》
「…そんな嘘吐かなくていい」
《嘘じゃない。ここがどこだと思ってるの?俺を番人としてとどまらせたくせに、もう忘れちゃったの?》
「どこへでも行ける、異界の門…」
《そう。だから、詩乃ちゃんの過去を調べることだってできる》
大きな鏡にうつったのは、どこかの大きな滝。
腕に大きな切り傷の痕が残るその人の姿を、私はよく知っている。
「嘘だろ、なんで…」
《…詩乃ちゃんたちを助けたその日、あの人は逃げ切ったんだ。だけど、自分が関わったせいで詩乃ちゃんたちを危険にさらしたと考えた彼はひとりで山ごもりしてる。
そうすれば自分も殺されないし、詩乃ちゃんたちにちょっかいをかけることもなくなるだろうって思ったみたい》
正直、ずっと苦しかった。
義政さんを殺してしまったのは自分だと思っていたから罪悪感でほとんど眠れなかったし、だれといても騙している気がして嫌悪感をぬぐえなかったんだ。
思い出さない日はなかったし、ずっと後悔していた。
「そうか、生きていてくれたのか…」
長年の悩みが一瞬で解決してしまった。
義政さんは義政さんなりに考えて人生を進んでいる。
元気でいてくれるならそれでいい。
生きてさえいれば、いつかまた会えるはずだ。
「そういえば、穂乃ちゃんは儀式のこととかって…」
「目を覚ましたときには何も覚えていなかった。病院にいる理由も、どうして怪我をしているのかも。
今考えたら義政さんが何かしてくれたんだろうな。穂乃の頭を撫でてたから…」
あの人はとても強い人だ。大抵のことはそつなくこなすし、周りをよく見ているから尊敬されていた。
「先輩、どんだけひとりで背負ってきたんですか」
「ごめん。誰に話していいか分からなかったんだ」
「言いづらいのは分かります。けど、そんな重くて苦しいものをひとりで抱えるなんて無理です」
話し終えた今も後悔していると言ったら怒られてしまうだろうか。
『詩乃ちゃん』
「瞬…いつから聞いてたんだ」
『最初から全部。先生と桜良ちゃんと聞いてたんだ。
詩乃ちゃん、僕に言ったよね?何度だってやり直せるって。我儘言って困らせてもいいんだって…だったら詩乃ちゃんも困らせてよ』
たしかに言った。瞬が先生を大切に思っているのを感じたから。
『もっと人に頼ることを覚えろって言ったの、覚えてるか?頼られた方がおまえがひとりで抱えてる方よりよっぽどいい』
先生からは何度も言われていた。
だけど、怖くて踏み出せなかったんだ。
『私たちは仲間で友人でしょう?詩乃先輩と話すの、とても楽しいんです』
桜良との何気ない会話に救われていた。
お茶する時間も心から楽しめていたと思う。
「なんで、みんな優しいんだ」
いつの間にか独りではなくなっていたんだと、改めて気づかされる。
おかげさんが私の手を握ってくくっと笑った。
《君にだって、幸せになる権利があるんだよ。今まで沢山の人たちを救ってきたんだから》
知らずしらずのうちに、自分で自分を縛っていたのかもしれない。
ある程度距離を置いて傷つけないように、傷つかないように気をつけていた。
「…ありがとう」
視界が歪んだが、まだ早いとこみあげたものを拭って立ちあがる。
「今度こそあの男を止めたいんだ。手を貸してほしい」
みんなの答えは想像していた通りのもので、この出会いが今の私を形作っている。
みんなと一緒にいられる未来があるなら、今度こそ過去を断ち切ってみせよう。
いつかあの人に届いてくれることを祈りながら、静かに目を閉じた。
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