夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第28章『再び訪れる悪夢』

第214話

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高笑いする男の槍を火炎刃で半分ほど燃やす。
人間はいつだって身勝手だ。
あの日私たちを逃してくれた義政さんは笑っていたけど、その後は……。
こんな世界、全部燃えてしまえばいい。
「先輩!」
体がぐらっと揺れ、そのままどこかへ引きずりこまれる。
男の高嘲笑いが頭上でこだましていた。
「先輩は大丈夫なのか?」
《君を招き入れたつもりはなかったんだけどな…まあ、いっか。助けてもらった恩は返さないと》
ぼんやりしている耳に届いたのは、聞き覚えのある声。
「御蔭さん、なのか」
《ちゃんと俺のこと認識できててよかった。流石の俺でも今の詩乃ちゃんに力じゃ勝てないけどね》
「先輩、さっき力を上手く制御できてなかったんです。立てますか?」
差し伸べられた手を取る資格がない。
その手を取らずに自力で立ちあがる。
「先輩の話、聞かせてもらえませんか?俺には平然と人間を殺すようには見えません」
「案外平然と殺してるかもしれないぞ」
「絶対ありえません。先輩が周りの人たちと深く関わらなかった理由に繋がってるんでしょ?
手をとってもらえなかったの、これで3回目だな…」
《大丈夫。詩乃ちゃんの口からゆっくり説明すればちゃんと伝わるよ》
そんなふうに言われてしまっては、なんでもないと隠し通すわけにもいかない。
もう1度座りなおして、渋々説明することにした。
「…義政さんに助けられてから数ヶ月は普通に過ごせていたんだ。時々蔵にある書物の整理や手合わせもしてもらってた」


──あの日はまだ暑い夏の終わりで、放課後教員に引き止められていた私は穂乃を学童へ迎えに行くのが遅くなってしまった。
ようやく辿り着いたところで、学童の職員は顔を真っ青にして何度も頭を下げる。
【ご家族の方に引き渡したのだけれど、穂乃ちゃんが引きずられるように連れて行かれていて…あの人達はご家族じゃないの?】
いつもの職員さんではなく、夏休みの間だけヘルプで入っていた人で、私たちがふたりで暮らしていることを知らなかった。
どこにいるか目星はついていたので、すぐに神宮寺本家へと足を踏み入れたのだ。
【さあ、おまえはあの子の為に死になさい】
【助けて、お姉ちゃん……】
裏口から侵入して目の当たりにしたのは、何かの陣の真ん中で磔にされている穂乃の姿だった。
体中傷だらけで肌着しか身に着けていなかった、こちらに向けられる虚ろな目を今でも思い出す。
その日は今日みたいな上弦の月で、怒りで力が爆発した。
【妹には手を出すなと言ったはずだ】
【おまえは強いから本家に迎えてやってもいいですが、この子は無駄に力が強いだけです】
【私たちのことを放っておいてくれないか?安打たちの家とは関係ない。私は折原詩乃だからな】
まだ使い慣れていなかった火炎刃をひとふりして、捕らえられていた穂乃を背負って駆け抜ける。
そこにやってきたのが義政さんだ。
【俺は大丈夫だから早く行って】
【ありがとう】
逃げ切れると思っていたが、しばらく走ったところで追手にひとつくくりにしていた髪を掴まれてしまった。
【捕まえたぞ…いいなあ、女学生ってそそられるな…】
なんとか穂乃の体には触られないように横抱きにしたが、いやらしい手つきで太ももを触られたのが気持ち悪かった。
【君は可愛がるように言われてるから、ちょっとだけ…ね?】
スカートを切りつけられ、下着が露わになる。
それを見てにたにたしているそいつらが気持ち悪くて吐き気を覚える。
穂乃だけは無事に帰したい。
その一心で男を蹴り飛ばし、持っていた札を地面に並べる。
【──爆ぜろ!】
思った以上に火力が強かった。
神宮寺本家の建物の方に向かって真っ直ぐ燃えはじめ、私が蹴飛ばした相手は悲鳴をあげてその場から逃げていく。
穂乃を抱えたまま蔵まで辿り着いたものの、いつまで経っても義政さんはやってこなかった。


「あんなによくしてもらったのに、助けるどころか助けられたまま終わった。
あれからいくら連絡しても繋がらない。神宮寺本家がやろうとしていたのが穂乃を殺して神宮寺義仁に力を渡すためのものだったことだけは知ってる」
ふたりは黙ったままだ。それもそうだろう。
だって、私は──
「私は、恩人を殺したんだ。ただの人殺しなんだよ」
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