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第28章『再び訪れる悪夢』
第212話
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『やめて、やめてください…』
『若いのが必要なんだよ。おまえたちを迎え入れてやった恩を返してもらうぞ』
『助けて、誰か…お姉ちゃん……』
妙薬を飲まされ、目が虚ろになった穂乃。
無我夢中で手を伸ばし、なんとか抱きかかえて走った。
後ろを振り返らないまま、ただ前だけを見て…そのとき、また助けられたんだ。
『本家に拐われたとは聞いていたけど、まさかここまで酷い状況とは』
ろくに寝ていない頭で考えられるのは逃げ切りたいということだけ。
その人物はにっこり笑って大きな鳥を使役していた。
『心配しなくていいよ。ここはこの子となんとかするから』
そのままどこまでも走り続けて、大切なものがつまった場所へ戻れた。
お母さんの蔵は焼かれずに残っていたので、そこに住み続けることにしたのだ。
『もう大丈夫。今はゆっくり休んでて、穂乃』
『おね、ちゃ…』
私のせいだ。私が油断していたから、大切な人たちがみんな──
「……ちゃん、詩乃ちゃん」
誰かの呼ぶ声で目を開けると、瞬が心配そうにこちらを覗きこんでいた。
「瞬?…もう起きて大丈夫なのか?」
「詩乃ちゃんのおかげだよ。あと少し処置が遅かったらどうなってたか分からないって」
苦笑いする瞬の頭をこつんとしたのは先生だ。
「無茶しやがって」
「折角兄妹が再会しようとしているところにあんなものが襲ってきたら台無しになると思って…ごめん」
とにかくみんな無事なようでよかった。
ほっとひと息ついていると、瞬に声をかけられる。
「嫌な夢でも見た?すごくうなされてるみたいだったけど…」
「少し悪い夢は見たけど、そんなに心配するほどのものじゃない。…それより、今夜どう片をつけるか考えないと」
今夜ならまだ上弦の月の力を借りてどうにかできるだろう。
瞬には休んでいてほしいし、桜良にも負担をかけたくない。
なにより、あの男が絡んでいる以上私が引っこんでいるわけにはいかないのだ。
「作戦でもあるのか?」
「昨日瞬を襲った奴は多分生粋の怪異だ」
「生粋の怪異?」
「怪異っていうのは、本来死霊や妖、その他諸々が噂と融合して完成する存在だ。
けど、時々噂から生まれた純血種みたいな事例がある。それがあいつだ。…あんなのこぎり、どこにも売ってないだろ?」
あんなに鋭いのこぎりが存在しているはずがない。
それならきっと、あのでかぶつとのこぎりが噂の根源だろう。
「僕も戦いたい」
「駄目だ。先生の許可が出るまで戦わせたくない。まだ回復しきってないだろ?」
「詩乃ちゃんは、」
「回復してるんだ。…半月の間だけは傷の治りや体力が化け物になるからな」
下弦の月ならもっと戦いやすかったが欲張ってはいられない。
「俺たちは何をすればいい?」
「あの男に見つからないようにだけ気をつけておいてほしい。それから、興味本位で噂に関わろうとしている人間がいたら止めてくれ」
「分かった」
お昼休み、ラジオへ向かって話しかけるとすぐに返事が返ってきた。
『先輩、起きたんですね!よかった…』
「まだ戦えそうか?」
『いけます。俺、死なないので』
「それなら、死なない程度に頑張ってほしい。私は今夜あののこぎり野郎と決着をつける。
…もしあの男が邪魔をしてくるようなら、相手を変わってもらわないといけなくなるかもしれないけど」
『責任重大ですね。頑張ります』
「悪いがよろしく頼む。陽向がいてくれると心強いよ」
『俺、頑張っちゃいます!』
陽向の元気な声を聞いていると、瞬が何か言いたげな顔をしていたのでラジオを突き出した。
「あ、あの…ちょっとだけこっちに来てほしいんだ。ひな君と桜良ちゃんにも渡しておきたいから」
『渡すって何を?』
「来たら分かるよ」
穂乃に連絡する用事があった私はひと足先に瞬から受け取った。
「これ、ミサンガか?何か術がこめられているみたいだけど…」
「僕が作ったんだ。みんな色が違ってお揃いなんだよ。本当はもっと別の機会に渡そうと思ってたんだけど、今の僕にはこれくらいしかできないから」
苦しげに話す瞬の頭をそっと撫でる。
「ありがとう。早速つけていくよ」
サイズ調整できるように作られていて、これならなくさずに戦えそうだと感じた。
みんな色違いのお揃いということは一体感もありそうだ。
「詩乃ちゃん、その…」
「ありがとう。心配しなくても私は本当に平気だから」
廊下に出て穂乃に帰れそうにないと連絡する。
大切な妹の受験までに憂いを晴らしておきたい。
あんな不吉な過去の夢まで見てしまっては、余計に片づけなければならないと感じた。
『若いのが必要なんだよ。おまえたちを迎え入れてやった恩を返してもらうぞ』
『助けて、誰か…お姉ちゃん……』
妙薬を飲まされ、目が虚ろになった穂乃。
無我夢中で手を伸ばし、なんとか抱きかかえて走った。
後ろを振り返らないまま、ただ前だけを見て…そのとき、また助けられたんだ。
『本家に拐われたとは聞いていたけど、まさかここまで酷い状況とは』
ろくに寝ていない頭で考えられるのは逃げ切りたいということだけ。
その人物はにっこり笑って大きな鳥を使役していた。
『心配しなくていいよ。ここはこの子となんとかするから』
そのままどこまでも走り続けて、大切なものがつまった場所へ戻れた。
お母さんの蔵は焼かれずに残っていたので、そこに住み続けることにしたのだ。
『もう大丈夫。今はゆっくり休んでて、穂乃』
『おね、ちゃ…』
私のせいだ。私が油断していたから、大切な人たちがみんな──
「……ちゃん、詩乃ちゃん」
誰かの呼ぶ声で目を開けると、瞬が心配そうにこちらを覗きこんでいた。
「瞬?…もう起きて大丈夫なのか?」
「詩乃ちゃんのおかげだよ。あと少し処置が遅かったらどうなってたか分からないって」
苦笑いする瞬の頭をこつんとしたのは先生だ。
「無茶しやがって」
「折角兄妹が再会しようとしているところにあんなものが襲ってきたら台無しになると思って…ごめん」
とにかくみんな無事なようでよかった。
ほっとひと息ついていると、瞬に声をかけられる。
「嫌な夢でも見た?すごくうなされてるみたいだったけど…」
「少し悪い夢は見たけど、そんなに心配するほどのものじゃない。…それより、今夜どう片をつけるか考えないと」
今夜ならまだ上弦の月の力を借りてどうにかできるだろう。
瞬には休んでいてほしいし、桜良にも負担をかけたくない。
なにより、あの男が絡んでいる以上私が引っこんでいるわけにはいかないのだ。
「作戦でもあるのか?」
「昨日瞬を襲った奴は多分生粋の怪異だ」
「生粋の怪異?」
「怪異っていうのは、本来死霊や妖、その他諸々が噂と融合して完成する存在だ。
けど、時々噂から生まれた純血種みたいな事例がある。それがあいつだ。…あんなのこぎり、どこにも売ってないだろ?」
あんなに鋭いのこぎりが存在しているはずがない。
それならきっと、あのでかぶつとのこぎりが噂の根源だろう。
「僕も戦いたい」
「駄目だ。先生の許可が出るまで戦わせたくない。まだ回復しきってないだろ?」
「詩乃ちゃんは、」
「回復してるんだ。…半月の間だけは傷の治りや体力が化け物になるからな」
下弦の月ならもっと戦いやすかったが欲張ってはいられない。
「俺たちは何をすればいい?」
「あの男に見つからないようにだけ気をつけておいてほしい。それから、興味本位で噂に関わろうとしている人間がいたら止めてくれ」
「分かった」
お昼休み、ラジオへ向かって話しかけるとすぐに返事が返ってきた。
『先輩、起きたんですね!よかった…』
「まだ戦えそうか?」
『いけます。俺、死なないので』
「それなら、死なない程度に頑張ってほしい。私は今夜あののこぎり野郎と決着をつける。
…もしあの男が邪魔をしてくるようなら、相手を変わってもらわないといけなくなるかもしれないけど」
『責任重大ですね。頑張ります』
「悪いがよろしく頼む。陽向がいてくれると心強いよ」
『俺、頑張っちゃいます!』
陽向の元気な声を聞いていると、瞬が何か言いたげな顔をしていたのでラジオを突き出した。
「あ、あの…ちょっとだけこっちに来てほしいんだ。ひな君と桜良ちゃんにも渡しておきたいから」
『渡すって何を?』
「来たら分かるよ」
穂乃に連絡する用事があった私はひと足先に瞬から受け取った。
「これ、ミサンガか?何か術がこめられているみたいだけど…」
「僕が作ったんだ。みんな色が違ってお揃いなんだよ。本当はもっと別の機会に渡そうと思ってたんだけど、今の僕にはこれくらいしかできないから」
苦しげに話す瞬の頭をそっと撫でる。
「ありがとう。早速つけていくよ」
サイズ調整できるように作られていて、これならなくさずに戦えそうだと感じた。
みんな色違いのお揃いということは一体感もありそうだ。
「詩乃ちゃん、その…」
「ありがとう。心配しなくても私は本当に平気だから」
廊下に出て穂乃に帰れそうにないと連絡する。
大切な妹の受験までに憂いを晴らしておきたい。
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