夜紅の憲兵姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
260 / 302
第28章『再び訪れる悪夢』

第209話

しおりを挟む
抱きかかえたその子は軽くて、そのまま先生の側におろす。
周りの妖たちを斬った私より先生の方が怖くないだろう。
《助けてくれてありがとう》
「どういたしまして。…何があったか教えてくれないか?」
視線を合わせて問いかけると、子どもは少しずつ話してくれた。
集落に戻ってきた若者の様子がおかしかったこと、何かに引きずられるようにその場にいたみんなが動きはじめたこと、自分には糸がついていなくて別の団体に紛れたこと…。
「つまり、他にも糸をくくりつけられた人たちがいるんだな」
《お兄ちゃんは鍬で糸を切っていたんだけど、はぐれちゃった…》
私のことを怖がらないのは、周りの妖たちを怖い人たちと認識しているからなのかもしれない。
《お願い、お兄ちゃんを探して!私のせいで怪我をして…》
それと同時に中庭の方から爆発音のようなものが聞こえてくる。
「あっちも臨戦状態みたいだな。…桜良、今の爆発音はどのあたりからだ?」
『新校舎の1階からだと思います。陽向が行くと話していたので…』
「分かった、ありがとう。こっちは片づいたから行ってみる。…先生、ちょっと頼んだ」
「あ、おい…」
女の子を先生に預け、両手に武器を抱えて走る。
集団が複数いてあの子の集落の妖を斬らなければならない状況になったら…そう思うと現場を見せたくない。
《デバア…!》
「はいはい、待たないって…」
頭から血を流して走り続けている陽向に声をかけた。
「さっきの爆音は何だったんだ?」
「あれ、先輩…?さっきのは、あいつが投げつけてきた爆弾ですよ」
相手は真っ赤な帽子を目深に被っていて表情が確認できない。
その両手には威力不明の爆弾が握られていた。
「さっきは砕けたけど、あとふたつが限界ですかね…」
どうやら拳で砕いたらしく、建物にはほとんど被害がないようだ。
「頭以外で怪我してるところはあるか?」
「大丈夫です。…多分」
「どういうことだ」
陽向は満面の笑みを向けてくるものの、いつもより元気がないのは明白だった。
「疲れているなら隠れて休んでいてくれ。あの帽子の怪獣は私がなんとかする」
「流石に先輩でも無茶です…!」
「ふたりで逃げ切れると思うか?」
迫りくる足音はとんでもなく大きい。
そして恐らく、あれもさっきのでかぶつと構造は同じだ。
「…来い。狙いは私だろう」
相手に声をかけると、遊び相手を見つけた子どものように向かってくる。
《遊ボ遊ボ!》
きゃはきゃはと笑い声をあげて迫ってきたそれの攻撃をかわし、体を宙で反転させたところで矢を放つ。
相手は悲鳴をあげ、その場に崩れ落ちた。
《あア、絡まッチャっタ…》
背中と両足、そして帽子に突き刺さるように糸が取り付けられているようだ。
急いで火炎刃を構えてそのまま突進する。
思ったより糸が固く、5本しか斬れていなかった。
「…斬りどころがまずかったか」
きゃはきゃはと声をあげる体は立ちあがろうとしていたが、中から別の力が働いているようだった。
《殺シたい…!》
《そレは遊びジャなイデす》
《俺はただ外に出たいんだ。どいてくれ》
集合体になるうえで必要なのは、同じ目的を果たそうという意思だ。
噂に呑まれている者、正気を取り戻しつつある者、全く影響を受けていない者…見た目だけで判断するのは難しい。
どこを攻撃するべきか考えこんでいると、勢いよく爆弾が投げつけられる。
「先輩!」
素早く壁走りして火炎刃で燃やし尽くす。
どこまでやれるか不透明だったが、なんとか地面に落とさずすんだようだ。
「すご…」
「陽向、逃げろ!」
矢を放とうとしたが間に合わない。
陽向の首を鋭い爪が貫通した直後に相手の腕を落とす。
喉に刺さっていた長い爪を抜くと、目を見開いたまま息絶えていた。
「…ごめん。私の考えが甘かった」
どうにかできると思っていた。
だが、相手は手を抜いていいような存在ではなかったのだ。
ばらばらの意思では動かせないと思っていた体が滑らかに動き出す。
陽向を安全そうなところまで運んですぐ現場に舞い戻った。
「…次は本気で当てる」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...