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閑話『寒空の合宿』
料理勝負
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「【陽向、もう起きてたの?】」
「おはよう。目が覚めちゃって…」
朝、色々買い揃えておいた家庭科室に入るともうすでに陽向がいた。
その手に握られているものは間違いなく朝食作りに必要なもので、負けていられないと包丁を手に持つ。
「桜良も一緒に作ってくれる感じ?こういうの、新婚さんみたいでちょっと憧れ…」
陽向が話しているのをほぼスルーしながら具材を切っていく。
どんなものが食べたいか先に聞いておけばよかった。
「ちびはおにぎり、先生は毎日卵を欠かさない、先輩はなんでもいい、任せるって」
「え…」
「お、ちょっと声が戻ってきた?昨日のうちに先輩たちに聞いておいたんだ。
桜良は卵焼き作って。魚はもうすぐ焼けるし、俺はその間に汁物作るから」
「……これ」
コンソメスープにしようと思って切った具材を渡すと陽向は笑った。
「ありがとう」
そんなふうに笑いかけられると困る。
…なんだか恥ずかしくなって、手が進まなくなるから。
「…できた」
「相変わらず卵焼き上手いよね…。俺そんなに綺麗に巻けないもん」
「別に……普通」
陽向はゆっくりしか話せない私の言葉に耳を傾けてくれる優しさを持っている。
本当は迷惑だろうに、一切嫌な顔をしないでいてくれるのはありがたい。
「……食べる?」
「え、いいの?」
「違う」
足元にいた小さなうさぎに声をかけた。
額に小さな角みたいなものが生えているので絶対に妖だ。
「そんなファンタジー小説にいそうなものまでいるなんて…」
「こっちが、いい?」
林檎も見せてみたけれど、角うさぎは両方食べた。
美味しそうに頬張る姿を見ていると、少しだけ昔のことを思い出す。
【桜良のそれちょうだい】
【え……】
【何これ、美味っ!】
【まだいいって言ってないのに】
【ごめんごめん。だって俺、卵焼きこんなに上手く作れないからさ。桜良すごいなって…】
小学校高学年のとき、家を出て不安だった私に陽向は声をかけてくれた。
それ以降、何故か卵焼きを気に入っているのも知っている。
「なんか、朝ごはんにしては豪華になった…?」
できあがったプレートを見て陽向が呟く。
サラダにスープ、卵焼きにかりかりベーコン…焼き魚と白米。
たしかに朝ごはんにしてはボリューミーかもしれない。
「まあ、これでいっか。足りないよりいいだろうし、一応バランスはとれてる」
「なんだ、もう終わってたのか」
「あ…おは、よ、ござ…」
詩乃先輩が入ってきたのが見えて挨拶しようとしたけれど、上手く言葉が出てこない。
先輩は優しく微笑んで私の頭を撫でてくれた。
「おはよう。ふたりとも料理上手だな」
「すごい、豪華な朝食って経験ないから嬉しい…!」
「岡副も木嶋も料理上手だな」
呼びに行かなくてもその場に全員が揃う。
つのうさぎはいつの間にかいなくなっていて、代わりにまつぼっくりが置かれていた。
「それ、どうしたんだ?」
「お礼…みた、いです」
「そうか」
詩乃先輩はそれ以上深く聞かないでいてくれた。
陽向とふたりでご飯を食べることはあるけれど、これだけ沢山の人たちと食べるのは慣れていない。
「桜良ちゃんはいい奥さんになるね」
「ちょ、ちび、おまえ…!」
「……」
瞬に悪意がないのは分かっているけれど、突然言われるとやっぱり吃驚してしまう。
できるだけ顔を出さないように気をつけながら、思っていることをはっきり言った。
「…もっと、上手く、なりたい」
「いやいや、それは俺の方だし!もっと上手くなって、桜良に毎日作る」
なんだか恥ずかしくなってきて、無言で焼き魚をほぐす。
先生は苦笑いしていて、詩乃先輩は微笑ましそうに見ている。
…私は、戦闘ではあんまり役に立てない。
だったらせめて、みんなが安心できる場所に作ろう。
勿論、1番は陽向にくつろいでもらうためだけど…本人に伝えるには、まだ時間がかかりそうだ。
「おはよう。目が覚めちゃって…」
朝、色々買い揃えておいた家庭科室に入るともうすでに陽向がいた。
その手に握られているものは間違いなく朝食作りに必要なもので、負けていられないと包丁を手に持つ。
「桜良も一緒に作ってくれる感じ?こういうの、新婚さんみたいでちょっと憧れ…」
陽向が話しているのをほぼスルーしながら具材を切っていく。
どんなものが食べたいか先に聞いておけばよかった。
「ちびはおにぎり、先生は毎日卵を欠かさない、先輩はなんでもいい、任せるって」
「え…」
「お、ちょっと声が戻ってきた?昨日のうちに先輩たちに聞いておいたんだ。
桜良は卵焼き作って。魚はもうすぐ焼けるし、俺はその間に汁物作るから」
「……これ」
コンソメスープにしようと思って切った具材を渡すと陽向は笑った。
「ありがとう」
そんなふうに笑いかけられると困る。
…なんだか恥ずかしくなって、手が進まなくなるから。
「…できた」
「相変わらず卵焼き上手いよね…。俺そんなに綺麗に巻けないもん」
「別に……普通」
陽向はゆっくりしか話せない私の言葉に耳を傾けてくれる優しさを持っている。
本当は迷惑だろうに、一切嫌な顔をしないでいてくれるのはありがたい。
「……食べる?」
「え、いいの?」
「違う」
足元にいた小さなうさぎに声をかけた。
額に小さな角みたいなものが生えているので絶対に妖だ。
「そんなファンタジー小説にいそうなものまでいるなんて…」
「こっちが、いい?」
林檎も見せてみたけれど、角うさぎは両方食べた。
美味しそうに頬張る姿を見ていると、少しだけ昔のことを思い出す。
【桜良のそれちょうだい】
【え……】
【何これ、美味っ!】
【まだいいって言ってないのに】
【ごめんごめん。だって俺、卵焼きこんなに上手く作れないからさ。桜良すごいなって…】
小学校高学年のとき、家を出て不安だった私に陽向は声をかけてくれた。
それ以降、何故か卵焼きを気に入っているのも知っている。
「なんか、朝ごはんにしては豪華になった…?」
できあがったプレートを見て陽向が呟く。
サラダにスープ、卵焼きにかりかりベーコン…焼き魚と白米。
たしかに朝ごはんにしてはボリューミーかもしれない。
「まあ、これでいっか。足りないよりいいだろうし、一応バランスはとれてる」
「なんだ、もう終わってたのか」
「あ…おは、よ、ござ…」
詩乃先輩が入ってきたのが見えて挨拶しようとしたけれど、上手く言葉が出てこない。
先輩は優しく微笑んで私の頭を撫でてくれた。
「おはよう。ふたりとも料理上手だな」
「すごい、豪華な朝食って経験ないから嬉しい…!」
「岡副も木嶋も料理上手だな」
呼びに行かなくてもその場に全員が揃う。
つのうさぎはいつの間にかいなくなっていて、代わりにまつぼっくりが置かれていた。
「それ、どうしたんだ?」
「お礼…みた、いです」
「そうか」
詩乃先輩はそれ以上深く聞かないでいてくれた。
陽向とふたりでご飯を食べることはあるけれど、これだけ沢山の人たちと食べるのは慣れていない。
「桜良ちゃんはいい奥さんになるね」
「ちょ、ちび、おまえ…!」
「……」
瞬に悪意がないのは分かっているけれど、突然言われるとやっぱり吃驚してしまう。
できるだけ顔を出さないように気をつけながら、思っていることをはっきり言った。
「…もっと、上手く、なりたい」
「いやいや、それは俺の方だし!もっと上手くなって、桜良に毎日作る」
なんだか恥ずかしくなってきて、無言で焼き魚をほぐす。
先生は苦笑いしていて、詩乃先輩は微笑ましそうに見ている。
…私は、戦闘ではあんまり役に立てない。
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勿論、1番は陽向にくつろいでもらうためだけど…本人に伝えるには、まだ時間がかかりそうだ。
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