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閑話『寒空の合宿』
射程勝負
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「折原、いけるか?」
「いつでも」
夜の弓道場で弓を構え、そのまま真っ直ぐ的に放つ。
なんとか真ん中を射抜けたが、まだ満足できない。
「弓も矢もしっかり手入れしてるんだな」
「一応ひととおりは。けど、先生のそれに勝つ自信はないよ」
先生はいつものようにワイヤーのようなものを使って真ん中という真ん中を貫いていた。
「俺の場合は暗闇に目が慣れやすいからだろうな」
みんなが寝静まったであろう時間、こっそり抜け出して練習しようとしたところを先生に見つかってしまったのだ。
自分も練習するからつきあうことを条件に、練習してもいいと先生から許可がおりた。
「先生には肉眼で的の中心が見えてるのか?」
「そっちの中心の赤が濃いやつならなんとか」
「すごいな。私にはうっすらとしか分からない」
正直、弓を感覚で使っているところがあると思う。
相手の核が視えなくても、多分この辺だろうと予測して打つことが多い気がする。
「感覚ができてるってことは、狙ってるところに当てやすいってことだ。それが悪いことだとは思わない」
やはり先生には考えていることを見抜かれているらしい。
「もう少し的を遠くに置くから、感じたままに打ってみろ」
先生はそう言うのと同時に、複数の糸を使って的を離れた場所に運んだ。
「そんなこともできるのか」
「俺の場合は慣れだけどな。当てられそうか?」
弦が切れてしまわないか心配になりつつ、ぎりぎりまで引いて一発放つ。
真っ直ぐ飛ばせたとは思うが、肉眼では刺さったかどうかまで分からない。
「当たってる」
「分かるのか?」
「なんとなくは」
先生の糸ほど正確に当てることはできないが、護るために必要なことだから訓練は欠かさずやっている。
「ただ、もう少し肩の力を抜くことを覚えた方がいい」
「そんなに力んでたか?」
「少なくとも俺にはそう見えた」
弓を教わったとき、軽く支えるような感覚を持つよう言われたことがあった。
少し懐かしく思いながらもう一度構える。
「そのまま肩の力を抜いて…照準はいい感じだ」
真っ直ぐ前を見ながら、できるだけ静かに手を離す。
なんだか矢の速さが少し変わった気がした。
「霊力をこめて打つとき、肩に力が入っていたら上手くこめられなくなる。
目に見えないものをこめるというのは難しいと思うが、今の感覚を忘れないでほしい」
「分かった。…そういえば気になってたんだけど、先生の糸って頑丈なんだな。何でできてるんだ?」
「…企業秘密だな。ただ、霊力とのあわせ技を出すときに崩れないよう、力のこめ方を変えてる」
「…やっぱり先生はすごいんだな。私はまだ矢の微調整ですら苦戦してるのに」
「矢の場合は…」
遠くへ飛ばす練習だったはずが、いつの間にか力加減の練習に変わっていた。
先生の説明は分かりやすいし実践しやすい。
「…分かった。つまりこういうことか」
矢の周りが白い光に包まれ、そのまま真っ直ぐ飛んでいった。
「今の、どうやった?」
「半月が近いから力をこめやすかったんだ。あんまり体力が削られることもないし、とにかく動きやすい」
そういえば、先生たちの前で戦うときに半月だったことは恐らく1度もない。
今は出てこないでほしいが、いつか本領発揮して戦える日があればいつもよりは力になれるだろう。
「…最後に的を燃やす勢いでやってみるか」
「すぐ用意する」
札を3枚持ち、先生の糸を赤く染めあげる。
一気に燃え広がらないか心配だったが、なんとか上手くいったらしい。
「…的かは分からないけど燃えたな」
「上手くいった。それにしても、3枚であの火力か…」
先生はそう呟くと、使っていたものを片づけはじめる。
何度かあわせ技の練習はしているが、このままでいいのだろうか。
「札、もう少し増やした方がいいか?」
「逆だ。今度試すときは2枚でやってみてくれ」
「分かった」
「今夜は遅いからもう戻るぞ」
そのとき、先生は私がひとりで練習していたら時間を忘れて夢中になるから一緒に来てくれたのだと悟った。
「ありがとう、先生」
「別に感謝されるようなことはしてない」
使った道具を運びながら、勝手に拝借している旧校舎の保健室へ戻る。
各々の幸せそうな寝顔を前に、ふたりで視線をあわせて笑った。
「いつでも」
夜の弓道場で弓を構え、そのまま真っ直ぐ的に放つ。
なんとか真ん中を射抜けたが、まだ満足できない。
「弓も矢もしっかり手入れしてるんだな」
「一応ひととおりは。けど、先生のそれに勝つ自信はないよ」
先生はいつものようにワイヤーのようなものを使って真ん中という真ん中を貫いていた。
「俺の場合は暗闇に目が慣れやすいからだろうな」
みんなが寝静まったであろう時間、こっそり抜け出して練習しようとしたところを先生に見つかってしまったのだ。
自分も練習するからつきあうことを条件に、練習してもいいと先生から許可がおりた。
「先生には肉眼で的の中心が見えてるのか?」
「そっちの中心の赤が濃いやつならなんとか」
「すごいな。私にはうっすらとしか分からない」
正直、弓を感覚で使っているところがあると思う。
相手の核が視えなくても、多分この辺だろうと予測して打つことが多い気がする。
「感覚ができてるってことは、狙ってるところに当てやすいってことだ。それが悪いことだとは思わない」
やはり先生には考えていることを見抜かれているらしい。
「もう少し的を遠くに置くから、感じたままに打ってみろ」
先生はそう言うのと同時に、複数の糸を使って的を離れた場所に運んだ。
「そんなこともできるのか」
「俺の場合は慣れだけどな。当てられそうか?」
弦が切れてしまわないか心配になりつつ、ぎりぎりまで引いて一発放つ。
真っ直ぐ飛ばせたとは思うが、肉眼では刺さったかどうかまで分からない。
「当たってる」
「分かるのか?」
「なんとなくは」
先生の糸ほど正確に当てることはできないが、護るために必要なことだから訓練は欠かさずやっている。
「ただ、もう少し肩の力を抜くことを覚えた方がいい」
「そんなに力んでたか?」
「少なくとも俺にはそう見えた」
弓を教わったとき、軽く支えるような感覚を持つよう言われたことがあった。
少し懐かしく思いながらもう一度構える。
「そのまま肩の力を抜いて…照準はいい感じだ」
真っ直ぐ前を見ながら、できるだけ静かに手を離す。
なんだか矢の速さが少し変わった気がした。
「霊力をこめて打つとき、肩に力が入っていたら上手くこめられなくなる。
目に見えないものをこめるというのは難しいと思うが、今の感覚を忘れないでほしい」
「分かった。…そういえば気になってたんだけど、先生の糸って頑丈なんだな。何でできてるんだ?」
「…企業秘密だな。ただ、霊力とのあわせ技を出すときに崩れないよう、力のこめ方を変えてる」
「…やっぱり先生はすごいんだな。私はまだ矢の微調整ですら苦戦してるのに」
「矢の場合は…」
遠くへ飛ばす練習だったはずが、いつの間にか力加減の練習に変わっていた。
先生の説明は分かりやすいし実践しやすい。
「…分かった。つまりこういうことか」
矢の周りが白い光に包まれ、そのまま真っ直ぐ飛んでいった。
「今の、どうやった?」
「半月が近いから力をこめやすかったんだ。あんまり体力が削られることもないし、とにかく動きやすい」
そういえば、先生たちの前で戦うときに半月だったことは恐らく1度もない。
今は出てこないでほしいが、いつか本領発揮して戦える日があればいつもよりは力になれるだろう。
「…最後に的を燃やす勢いでやってみるか」
「すぐ用意する」
札を3枚持ち、先生の糸を赤く染めあげる。
一気に燃え広がらないか心配だったが、なんとか上手くいったらしい。
「…的かは分からないけど燃えたな」
「上手くいった。それにしても、3枚であの火力か…」
先生はそう呟くと、使っていたものを片づけはじめる。
何度かあわせ技の練習はしているが、このままでいいのだろうか。
「札、もう少し増やした方がいいか?」
「逆だ。今度試すときは2枚でやってみてくれ」
「分かった」
「今夜は遅いからもう戻るぞ」
そのとき、先生は私がひとりで練習していたら時間を忘れて夢中になるから一緒に来てくれたのだと悟った。
「ありがとう、先生」
「別に感謝されるようなことはしてない」
使った道具を運びながら、勝手に拝借している旧校舎の保健室へ戻る。
各々の幸せそうな寝顔を前に、ふたりで視線をあわせて笑った。
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