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第25章『迷える夜』
第189話
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周囲の薔薇が色を失いはじめ、噂が変わりつつあるのだと察知する。
「…悲しいときは、他の奴に言っていいんだ。おまえのことを心配している奴だっているんだから」
《あなたは、私の苦しみを笑わないのですね。忘れろとも言わない…》
「苦しみに重さなんてないだろ。それに、忘れられない辛さってあると思うんだ」
私はそれを人より少しだけ多く知っている、
母を失った悲しみ、理不尽すぎる出来事、人間に対する絶望…背負って歩こうと決めていたが少し疲れてしまった。
《あなたも苦しいのですね》
「まあ…少しな」
《もしあなたが人間に愛想を尽かしてしまったのなら、この薬を飲んでみては如何でしょうか?》
牧師が渡してくれたのは、小さな小瓶がふたつ。
ひとつには青い液体が、もうひとつには赤い液体が入っている。
話を切り出される直前、念のためインカムのスイッチを切っておいた。
「これ、なんだ?」
《まずは赤い方を飲んでください。それで半分人間ではない状態になります。そしてその後で青を飲むと…》
「完全に人間じゃなくなるってことか」
怪異になるのか死霊になるのか。どのみち未来の私には必要なものかもしれない。
「どうしてこんな物を持っているんだ?」
《自分の命を消すとき、どんな方法があるだろうと考えたのです。世間的にどうなっていたかは知りませんが、私はわざと赤を飲まずに青を口にしました。
それで彼女の後を追うつもりだったのですが、この教会についての噂が流行っていたために怪異となったようです》
牧師が教えてくれたのは、他の怪異たちとも少し違う特殊な事情だった。
「青から飲むとただ命を絶つことになるってことか。…ありがとう、気をつけるよ」
《飲んだそのときから寿命なんてものは関係なくなるそうです。それから、異様な回復力を発揮するといわれています。
ただし、回復力は徐々に常人へと戻っていくようです。…それを補う為にあるのが青ですから》
牧師はそこまで話したところで玄関の方を指さす。
《今宵はもうお帰りください。来客のようですので》
「もう大丈夫なのか?」
《あなたが話を聞いてくれたおかげでだいぶ楽になりました。感謝します》
「何かあれば頼ってくれ」
《本当にありがとうございました》
深々と頭を下げる牧師の後ろにある、学園と繋がる出入り口へ向かう。
…反対側から来ていたのは、八尋さんとあのメイドの女性だろうと分かっていたから。
「先輩!」
「お疲れ」
「終わったんですか?」
「うん。ちゃんと終わったよ」
「よかった…じゃなくて!インカム、壊れちゃったんですか?」
「インカム?…ごめん、手があたったかもしれない」
電源が切れたインカムを見せると、陽向は苦笑していた。
その少し後ろで桜良が放送器具を片づけている。
「詩乃先輩、お疲れ様です」
「元気になったみたいでよかった」
桜良は不安なのか、じっと私を見つめている。
「心配しなくても噂についてはちゃんと解決したよ」
「そう、ですか…」
「少しやりたいことがあるから、監査室に行ってくる」
「了解です!」
陽向と桜良に任せっぱなしになるのは申し訳ない気もしたが、バイト先の後輩が受けたいじめについて調べなければならない。
勿論それ以外にやることもあるが、早く報告書をまとめて安心させてやりたかった。
書類がひと段落したところで、薬と一緒に渡された紙に目を通す。
どこで誰が見ているか分からないからという、牧師なりの配慮だったのだろう。
「……不穏だな」
そこにはばっちり次の計画が書かれていて、それは間違いなく現在進行形で進められている。
【これで駄目ならあれの封印を解こう。流石のあいつでも対処しきれないはずだ】
本当にどうしようもない奴のなぐり書きに息を吐いた。
ブレザーの内ポケットから小さな小瓶を取り出す。
本当に小さくて軽いので、持ち歩くにも不便はなさそうだ。
青い方は厳重に鍵をかけた箱の中に入れ、そのまま鞄に入れる。
「…なんとかできるといいけど」
月が寂しく神々しい輝きを放つなか、赤い方は内ポケットに仕舞い直した。
いつそのときがきても大丈夫なように。…覚悟が決まったそのとき一気に飲んでしまえるように。
「先輩、失礼します」
「陽向か。どうした?」
「実は──」
陽向から聞いた話に私も乗ることにした。
「私でよければ協力させてくれ」
「ありがとうございます!桜良と作戦つめてきますね」
軽い足取りで去っていく陽向を見送りながら、つい考えてしまう。
…今この瞬間何事もなかったかのように話せる私は、最早人間ではないのかもしれないと。
「…悲しいときは、他の奴に言っていいんだ。おまえのことを心配している奴だっているんだから」
《あなたは、私の苦しみを笑わないのですね。忘れろとも言わない…》
「苦しみに重さなんてないだろ。それに、忘れられない辛さってあると思うんだ」
私はそれを人より少しだけ多く知っている、
母を失った悲しみ、理不尽すぎる出来事、人間に対する絶望…背負って歩こうと決めていたが少し疲れてしまった。
《あなたも苦しいのですね》
「まあ…少しな」
《もしあなたが人間に愛想を尽かしてしまったのなら、この薬を飲んでみては如何でしょうか?》
牧師が渡してくれたのは、小さな小瓶がふたつ。
ひとつには青い液体が、もうひとつには赤い液体が入っている。
話を切り出される直前、念のためインカムのスイッチを切っておいた。
「これ、なんだ?」
《まずは赤い方を飲んでください。それで半分人間ではない状態になります。そしてその後で青を飲むと…》
「完全に人間じゃなくなるってことか」
怪異になるのか死霊になるのか。どのみち未来の私には必要なものかもしれない。
「どうしてこんな物を持っているんだ?」
《自分の命を消すとき、どんな方法があるだろうと考えたのです。世間的にどうなっていたかは知りませんが、私はわざと赤を飲まずに青を口にしました。
それで彼女の後を追うつもりだったのですが、この教会についての噂が流行っていたために怪異となったようです》
牧師が教えてくれたのは、他の怪異たちとも少し違う特殊な事情だった。
「青から飲むとただ命を絶つことになるってことか。…ありがとう、気をつけるよ」
《飲んだそのときから寿命なんてものは関係なくなるそうです。それから、異様な回復力を発揮するといわれています。
ただし、回復力は徐々に常人へと戻っていくようです。…それを補う為にあるのが青ですから》
牧師はそこまで話したところで玄関の方を指さす。
《今宵はもうお帰りください。来客のようですので》
「もう大丈夫なのか?」
《あなたが話を聞いてくれたおかげでだいぶ楽になりました。感謝します》
「何かあれば頼ってくれ」
《本当にありがとうございました》
深々と頭を下げる牧師の後ろにある、学園と繋がる出入り口へ向かう。
…反対側から来ていたのは、八尋さんとあのメイドの女性だろうと分かっていたから。
「先輩!」
「お疲れ」
「終わったんですか?」
「うん。ちゃんと終わったよ」
「よかった…じゃなくて!インカム、壊れちゃったんですか?」
「インカム?…ごめん、手があたったかもしれない」
電源が切れたインカムを見せると、陽向は苦笑していた。
その少し後ろで桜良が放送器具を片づけている。
「詩乃先輩、お疲れ様です」
「元気になったみたいでよかった」
桜良は不安なのか、じっと私を見つめている。
「心配しなくても噂についてはちゃんと解決したよ」
「そう、ですか…」
「少しやりたいことがあるから、監査室に行ってくる」
「了解です!」
陽向と桜良に任せっぱなしになるのは申し訳ない気もしたが、バイト先の後輩が受けたいじめについて調べなければならない。
勿論それ以外にやることもあるが、早く報告書をまとめて安心させてやりたかった。
書類がひと段落したところで、薬と一緒に渡された紙に目を通す。
どこで誰が見ているか分からないからという、牧師なりの配慮だったのだろう。
「……不穏だな」
そこにはばっちり次の計画が書かれていて、それは間違いなく現在進行形で進められている。
【これで駄目ならあれの封印を解こう。流石のあいつでも対処しきれないはずだ】
本当にどうしようもない奴のなぐり書きに息を吐いた。
ブレザーの内ポケットから小さな小瓶を取り出す。
本当に小さくて軽いので、持ち歩くにも不便はなさそうだ。
青い方は厳重に鍵をかけた箱の中に入れ、そのまま鞄に入れる。
「…なんとかできるといいけど」
月が寂しく神々しい輝きを放つなか、赤い方は内ポケットに仕舞い直した。
いつそのときがきても大丈夫なように。…覚悟が決まったそのとき一気に飲んでしまえるように。
「先輩、失礼します」
「陽向か。どうした?」
「実は──」
陽向から聞いた話に私も乗ることにした。
「私でよければ協力させてくれ」
「ありがとうございます!桜良と作戦つめてきますね」
軽い足取りで去っていく陽向を見送りながら、つい考えてしまう。
…今この瞬間何事もなかったかのように話せる私は、最早人間ではないのかもしれないと。
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