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第23章『白フードの男-異界への階段・参-』
第169話
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「どういう意味だ?」
やはりこの男は力の一部を削がれているということだろう。
翡翠八尋は言っていた。力を斬ったはずなのに斬りきれていなかったのかもしれないと。
どんな事情が隠れているのか知らないが、この男を野放しにはできない。
「あんたは自分の力さえ制御できなくなりつつあるってことだ。
自分の力のことを1番知らないのは自分なんじゃないか?」
「何を偉そうにしている?」
直感で相手を怒らせてしまったのだと気づいたがもう遅い。
長く太い槍が心臓に向かって伸ばされる。
その一撃は重く、ナイフで軌道をそらすのでせいいっぱいだった。
「おまえさえいなければ、俺はあの家で1番だったんだ!おまえさえいなければ…」
「蔑まれた私が1番?ずっと思ってたけど何言ってるんだ」
あの家に半ば誘拐の形で連れて行かれたときのことを思い出すと、今でも苦しくなる。
穂乃の心が壊れなくてよかったという安堵と、もしあそこから逃げられなかったらという恐怖。
「黙れ!」
勢いよく振り下ろされた槍を避け、そのまま広い体育館まで走る。
旧校舎の体育館ならほとんど使われることもないので安心だ。
「今日こそ仕留めてやる」
その瞳は狂気に満ちていて、まるで狂った殺人者だった。
1日に何度も来られると流石に迷惑だ。
「俺の方がおまえの何百倍もすごいのに、何故誰も俺の方を向かない?今日ここでおまえを倒して、それを証明する!」
槍の先から閃光弾のようなものが出て、あまりの眩しさに目をつむってしまう。
鈍い痛みと共に足から崩れ落ちた。
「さあ、これで終わりだ!」
こんなところでやられるわけにはいかないのに、足が震えて立てない。
目の前の狂気の表情を私はよく知っている。
触るなと言っているのに私に近づいてきていやらしい目を向ける男、穂乃とまともに会えなかった日々…なんとか呑みこんでいた苦味が溢れ出す。
止めたいのに止まらない。…限界だ。
「は…?」
相手が驚くのも無理はない。
まさかナイフで槍の切っ先を飛ばせるなんて思わないだろうから。
「どうして私たちの平穏を邪魔するんだ。まさか自分は何をしてもいいなんて思ってないよな?」
体が重い。頭が痛い。
どす黒い感情全てをのせてこの男に攻撃をぶつけたらどうなるだろう。
それは最早霊力ではなく呪力の塊になってしまいそうだが、怖いものを壊すことくらいは赦されるかもしれない。
「あんたたちは私たちを傷つけた。なら、その何百倍も傷つけても文句はないよな?」
「ひっ、化け物…」
「化け物はおまえらの方だろ?」
殺したいほど悪いが殺すつもりなんてない。
「頼むよ、謝って欲しいなら謝る!だからもう攻撃しあうのはやめて平和的解決を、」
そんなくだらない言葉を切り捨て、相手の手から槍を落とす。
小さく悲鳴をあげた相手の体を突き飛ばし、間合いに入って押し倒した。
「や、やめてくれ!」
ナイフをふりあげると、耳元で声がした。
『先輩、今どこですか?』
「……!」
私は今、何をしようとした?
この男を殺せばいい、なんて考えなかっただろうか。
そんな迷いが生じた一瞬の隙を突かれ、そのまま体が吹き飛ぶ。
口の中に鉄の味が広がり、疲労からかそのまま動けなくなってしまった。
「いやあ、危なかった…じゃあさよなら」
壊したはずの槍が顔面めがけて投げられたそのとき、体が床へと沈んでいく。
…文字通り床にめりこんだ体は、気づいたときには見覚えのある空間に辿り着いていた。
《よかった、間に合った》
「おかげさん、どうして…」
《ごめんね。君を傷つけるつもりはなかったんだ。だけど、時々俺が近づいた人ってそうなっちゃうんだよね》
おかげさんの部屋であろうどことも名前をつけられない空間で、申し訳なさそうに頭を下げられた。
《今回のことは俺のせいもある。だけど…》
おかげさんは私を指さして淡々と告げた。
《詩乃ちゃん、呪われてるよ。呪いというより残穢みたいだけどね》
やはりこの男は力の一部を削がれているということだろう。
翡翠八尋は言っていた。力を斬ったはずなのに斬りきれていなかったのかもしれないと。
どんな事情が隠れているのか知らないが、この男を野放しにはできない。
「あんたは自分の力さえ制御できなくなりつつあるってことだ。
自分の力のことを1番知らないのは自分なんじゃないか?」
「何を偉そうにしている?」
直感で相手を怒らせてしまったのだと気づいたがもう遅い。
長く太い槍が心臓に向かって伸ばされる。
その一撃は重く、ナイフで軌道をそらすのでせいいっぱいだった。
「おまえさえいなければ、俺はあの家で1番だったんだ!おまえさえいなければ…」
「蔑まれた私が1番?ずっと思ってたけど何言ってるんだ」
あの家に半ば誘拐の形で連れて行かれたときのことを思い出すと、今でも苦しくなる。
穂乃の心が壊れなくてよかったという安堵と、もしあそこから逃げられなかったらという恐怖。
「黙れ!」
勢いよく振り下ろされた槍を避け、そのまま広い体育館まで走る。
旧校舎の体育館ならほとんど使われることもないので安心だ。
「今日こそ仕留めてやる」
その瞳は狂気に満ちていて、まるで狂った殺人者だった。
1日に何度も来られると流石に迷惑だ。
「俺の方がおまえの何百倍もすごいのに、何故誰も俺の方を向かない?今日ここでおまえを倒して、それを証明する!」
槍の先から閃光弾のようなものが出て、あまりの眩しさに目をつむってしまう。
鈍い痛みと共に足から崩れ落ちた。
「さあ、これで終わりだ!」
こんなところでやられるわけにはいかないのに、足が震えて立てない。
目の前の狂気の表情を私はよく知っている。
触るなと言っているのに私に近づいてきていやらしい目を向ける男、穂乃とまともに会えなかった日々…なんとか呑みこんでいた苦味が溢れ出す。
止めたいのに止まらない。…限界だ。
「は…?」
相手が驚くのも無理はない。
まさかナイフで槍の切っ先を飛ばせるなんて思わないだろうから。
「どうして私たちの平穏を邪魔するんだ。まさか自分は何をしてもいいなんて思ってないよな?」
体が重い。頭が痛い。
どす黒い感情全てをのせてこの男に攻撃をぶつけたらどうなるだろう。
それは最早霊力ではなく呪力の塊になってしまいそうだが、怖いものを壊すことくらいは赦されるかもしれない。
「あんたたちは私たちを傷つけた。なら、その何百倍も傷つけても文句はないよな?」
「ひっ、化け物…」
「化け物はおまえらの方だろ?」
殺したいほど悪いが殺すつもりなんてない。
「頼むよ、謝って欲しいなら謝る!だからもう攻撃しあうのはやめて平和的解決を、」
そんなくだらない言葉を切り捨て、相手の手から槍を落とす。
小さく悲鳴をあげた相手の体を突き飛ばし、間合いに入って押し倒した。
「や、やめてくれ!」
ナイフをふりあげると、耳元で声がした。
『先輩、今どこですか?』
「……!」
私は今、何をしようとした?
この男を殺せばいい、なんて考えなかっただろうか。
そんな迷いが生じた一瞬の隙を突かれ、そのまま体が吹き飛ぶ。
口の中に鉄の味が広がり、疲労からかそのまま動けなくなってしまった。
「いやあ、危なかった…じゃあさよなら」
壊したはずの槍が顔面めがけて投げられたそのとき、体が床へと沈んでいく。
…文字通り床にめりこんだ体は、気づいたときには見覚えのある空間に辿り着いていた。
《よかった、間に合った》
「おかげさん、どうして…」
《ごめんね。君を傷つけるつもりはなかったんだ。だけど、時々俺が近づいた人ってそうなっちゃうんだよね》
おかげさんの部屋であろうどことも名前をつけられない空間で、申し訳なさそうに頭を下げられた。
《今回のことは俺のせいもある。だけど…》
おかげさんは私を指さして淡々と告げた。
《詩乃ちゃん、呪われてるよ。呪いというより残穢みたいだけどね》
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