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第23章『白フードの男-異界への階段・参-』
第168話
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「先生も知ってたんだな、おかげさんのこと」
「そこまで詳しいわけじゃないが、流山から話は聞いている。
どうすればいいか迷ってるあいつに生きていく術を教えたうちのひとりが御蔭さんだったってな」
おかげさんは私の影から上半身だけ乗り出して、くすくすと笑った。
《君のことを話すわけにはいかなかったし、これ以外方法が思いつかなかったんだ。
あの子は律儀な子だよ。俺みたいなもの相手に感謝の言葉なんて述べてくれるんだから》
「…なあ、どうしておかげさんはおかげさんっていうんだ?影を移動できるからか?」
《秘密は多い方がいいっていうでしょ?だからまだ教えてあげない》
おかげさんは楽しそうな笑い声をあげているものの、やはりフードの下の表情は見えなかった。
《じゃあ、俺はもう行くね。詩乃ちゃん、気をつけて》
「助けてくれてありがとう」
おかげさんが去った後、陽向たちに詰め寄られた。
「先輩はひとりでどうにかしようと頑張りすぎです。人間とはいえあんなやばい考えのやつを相手するなんて…」
「他の人が傷つくのを見るのは嫌なんだ。だから私はあいつを止めたい」
もしあの男が噂そのものになろうとしているならもう手遅れかもしれない。
そこまで堕ちてしまっているなら、いい加減過去の呪縛と決別したいとも思っている。
私ひとりを襲うならいいが、実際周囲の人たちにまで被害が及んでいるので片をつけるしかない。
「相変わらず全部ひとりで抱えこもうとするんだな。俺たちは仲間だろ?…巻きこみたくない気持ちは分かるが諦めろ。
自分たちの仲間も助けられないのに他の誰かを助けるなんて無理だ。助けを求めるのが苦手なら、もし相手が同じ状況に陥ったときどうするか考えろ」
先生の言葉がすとんと落ちてくる。
もし他の誰かが迷っていて大丈夫だと笑っていたら、嫌がられても手を伸ばすだろう。
「…そうか。それと同じなのか」
「先輩?」
「なんでもない。…神宮寺義仁は始業式前から私を狙ってた。けど、いつもと様子が違ったんだ」
やはりあれは、噂になりかけているのではないか。
ふたりを戸惑わせてしまうと思っていたのに、私よりすんなり受け入れていた。
「先輩にそう見えたなら、きっとそうなんですよ」
「実際そういうこともあるだろうな」
「そんなのか?」
「あの男は負の感情にこだわっているように見える。悪いものを抱えすぎたらいい影響があるはずない。
そう考えると、何かの噂と融合したというより、噂を広めすぎたツケが回ってきてるのかもな」
言われてみればそうだ。
あの男は噂を捻じ曲げ改変し、人間たちの負の感情をひたすら集めていた。
それを数年前からずっと続けているとしたら、その分蓄積されたものに耐えられなくなっているということだろうか。
或いは、新しい噂を造り出そうとして失敗したのかもしれない。
「警戒は怠らないようにするよ」
「遭遇したらすぐ連絡しろ。いいな?」
「そうですよ。先輩はひとりじゃないんですから」
「ありがとう、ふたりとも」
陽向がいてくれるから夜仕事が楽しくなった。
先生がいてくれるから心が軽くなってきている。
他の人たちとも繋がって楽しくて仕方がない。…その世界を壊そうとするなら、今度こそあの男と決着をつけよう。
「そういえば、今日は瞬を見てないな」
「たしかに…。先生、一緒じゃないんですか?」
「いつもくっついてきてるわけじゃないが、嫌な予感がするな」
問題児が攻めこんできた日に限って現れない友人。
探してみようという話になり廊下を歩いていると、階段の方で呻き声がした。
「や、やめ、て…」
「おまえが素体になれ」
「い、嫌だ、やめて……」
廊下が真っ赤に照らされるのと同時に、ナイフで相手に切りかかった。
「やっぱり来たな、俺の汚点!」
「誰が汚点だ。少なくとも、私の仲間に手を出す卑怯者に言われたくない」
「詩乃、ちゃ、」
「…瞬、走れるか?陽向と先生が旧美術室の方にいるんだ、そこまで逃げろ」
「詩乃ちゃんは?」
不安げに瞳を揺らす瞬の頭をできるだけ優しく撫でる。
「こいつを片づけたら行く」
何か言いたげな顔をしていた瞬を送り出し、できるだけ平静を装って男に話しかけた。
「あんたは怪異が嫌いなのに怪異になろうとしてるのか?…それとも、その気配は無自覚なのか?」
「そこまで詳しいわけじゃないが、流山から話は聞いている。
どうすればいいか迷ってるあいつに生きていく術を教えたうちのひとりが御蔭さんだったってな」
おかげさんは私の影から上半身だけ乗り出して、くすくすと笑った。
《君のことを話すわけにはいかなかったし、これ以外方法が思いつかなかったんだ。
あの子は律儀な子だよ。俺みたいなもの相手に感謝の言葉なんて述べてくれるんだから》
「…なあ、どうしておかげさんはおかげさんっていうんだ?影を移動できるからか?」
《秘密は多い方がいいっていうでしょ?だからまだ教えてあげない》
おかげさんは楽しそうな笑い声をあげているものの、やはりフードの下の表情は見えなかった。
《じゃあ、俺はもう行くね。詩乃ちゃん、気をつけて》
「助けてくれてありがとう」
おかげさんが去った後、陽向たちに詰め寄られた。
「先輩はひとりでどうにかしようと頑張りすぎです。人間とはいえあんなやばい考えのやつを相手するなんて…」
「他の人が傷つくのを見るのは嫌なんだ。だから私はあいつを止めたい」
もしあの男が噂そのものになろうとしているならもう手遅れかもしれない。
そこまで堕ちてしまっているなら、いい加減過去の呪縛と決別したいとも思っている。
私ひとりを襲うならいいが、実際周囲の人たちにまで被害が及んでいるので片をつけるしかない。
「相変わらず全部ひとりで抱えこもうとするんだな。俺たちは仲間だろ?…巻きこみたくない気持ちは分かるが諦めろ。
自分たちの仲間も助けられないのに他の誰かを助けるなんて無理だ。助けを求めるのが苦手なら、もし相手が同じ状況に陥ったときどうするか考えろ」
先生の言葉がすとんと落ちてくる。
もし他の誰かが迷っていて大丈夫だと笑っていたら、嫌がられても手を伸ばすだろう。
「…そうか。それと同じなのか」
「先輩?」
「なんでもない。…神宮寺義仁は始業式前から私を狙ってた。けど、いつもと様子が違ったんだ」
やはりあれは、噂になりかけているのではないか。
ふたりを戸惑わせてしまうと思っていたのに、私よりすんなり受け入れていた。
「先輩にそう見えたなら、きっとそうなんですよ」
「実際そういうこともあるだろうな」
「そんなのか?」
「あの男は負の感情にこだわっているように見える。悪いものを抱えすぎたらいい影響があるはずない。
そう考えると、何かの噂と融合したというより、噂を広めすぎたツケが回ってきてるのかもな」
言われてみればそうだ。
あの男は噂を捻じ曲げ改変し、人間たちの負の感情をひたすら集めていた。
それを数年前からずっと続けているとしたら、その分蓄積されたものに耐えられなくなっているということだろうか。
或いは、新しい噂を造り出そうとして失敗したのかもしれない。
「警戒は怠らないようにするよ」
「遭遇したらすぐ連絡しろ。いいな?」
「そうですよ。先輩はひとりじゃないんですから」
「ありがとう、ふたりとも」
陽向がいてくれるから夜仕事が楽しくなった。
先生がいてくれるから心が軽くなってきている。
他の人たちとも繋がって楽しくて仕方がない。…その世界を壊そうとするなら、今度こそあの男と決着をつけよう。
「そういえば、今日は瞬を見てないな」
「たしかに…。先生、一緒じゃないんですか?」
「いつもくっついてきてるわけじゃないが、嫌な予感がするな」
問題児が攻めこんできた日に限って現れない友人。
探してみようという話になり廊下を歩いていると、階段の方で呻き声がした。
「や、やめ、て…」
「おまえが素体になれ」
「い、嫌だ、やめて……」
廊下が真っ赤に照らされるのと同時に、ナイフで相手に切りかかった。
「やっぱり来たな、俺の汚点!」
「誰が汚点だ。少なくとも、私の仲間に手を出す卑怯者に言われたくない」
「詩乃、ちゃ、」
「…瞬、走れるか?陽向と先生が旧美術室の方にいるんだ、そこまで逃げろ」
「詩乃ちゃんは?」
不安げに瞳を揺らす瞬の頭をできるだけ優しく撫でる。
「こいつを片づけたら行く」
何か言いたげな顔をしていた瞬を送り出し、できるだけ平静を装って男に話しかけた。
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