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第23章『白フードの男-異界への階段・参-』
第166話
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「おかえり!」
「もう帰ってたのか」
「うん。紗和ちゃんと美和ちゃんは親戚の集まりがあるから、早めに帰ろうって話になったんだ」
私が合宿に行っている間、穂乃はふたりと近場の旅館に旅行に行っていたのだ。
数年前まで私の後ろをついてきていた妹は、だんだんひとりで色々な場所に行っている。
成長を感じつつ、少し寂しさも心に残った。
「お姉ちゃん?」
「ごめん。お土産を渡そうと思って…これ、みんなで作ったんだ」
「わあ、美味しそう!ありがとう、お姉ちゃん」
実は強化合宿の合間を縫って、何人かでお菓子作りをした。
桜良が作るアイシングクッキーの上手さに、つい習いたくなってしまったのだ。
久しぶりに体も動かせたし、あんなことは初めてで楽しかった。
「お姉ちゃん、冬休みも合宿するの?」
「一応その予定だけど、家にいた方がいいか?」
「ううん。それならまたお姉ちゃんが合宿に行ってる間、旅館に行きたいなって…」
穂乃が口ごもるのは金銭面のことを考えてだろう。
お金がないからと不自由させたくない。…というより、手を付けていない遺族年金やバイト代の貯金もあるので一般的な生活をするには充分なのだ。
遠出となると厳しいかもしれないが、バスで20分ほどの距離にある旅館なら問題ない。
「女将さんもきっと喜ぶと思う。喜んで立って伝えておくよ」
「ありがとう」
バイトで築いた人脈が今こうして助けになっているし、やはり問題なんてどこにもない。
…それに、今はできるだけこの町から離れていてほしかった。
「ごめん、今日から学校なんだ」
「え、そうなの!?」
「今年は2学期の授業を前倒しにするらしい。生徒会のイベントがあるからかもな。…それじゃあ、いってくる。
…因みにご飯は温めたら食べられるようにしてあるから。いってきます」
「ありがとう。いってらっしゃい」
実はコンビニに行っただけで、もうすでに1度帰っていたのだ。
本当は一緒に食べたかったが、監査部長が見回りに遅れるわけにはいかない。
「お、おはようございます…」
「陽向、これ使え」
「え、なんで分かったんですか?」
「あれだけひたすら拳をふっていたら、手が痛くなるのも無理ない」
陽向の手は擦り傷や切り傷でぼろぼろだった。
恐らく握る手に力を入れすぎたのだろう。
「先輩は本当にすごいですね。あれだけやって今日もいつもどおりいられるなんて…」
「そんなことないよ。基礎体力がなかったから、多分元は陽向より弱かった」
そこからひたすら書物を読み漁ったり、義政さんの指導があったり…あの人から受け継いだ紅のおかげでなんとかなっている。
だが、それだけのことをしてもまだ片づいていないことも多いのだ。
「…陽向、少しここを頼む」
「え、ちょっと、先輩!?」
走った先にいたのは、白フードの男。
──間違いなく神宮寺義仁だった。
「また直接会いに来たのか」
「何故俺だと分かった?」
「噂が流れてるんだよ。あんた、自分が大嫌いだった怪異になりかけてることに気づいてるのか?」
男に自覚はないかもしれないが、白フードの男の話を小耳に挟んだことがある。
そこで聞いた話は間違いなく目の前にいる男を指していて、このままでは怪異そのものに変貌を遂げるかもしれないと考えていた。
「俺はすごいんだ。おまえさえいなければ1番になれる」
「そんなことをして何の意味がある?」
男は何やらぶつぶつ話していたが、目の焦点が定まっていない。
かと思うと、私の話なんて聞こえていなかったらしくいきなり槍を振り回してきた。
「…卑怯なのは相変わらずか」
幸いここは旧校舎で生徒はほとんどいない。
相手の狂った笑い声がこだまするなか、なんとか上の階を目指して駆け出した。
「おまえさえ消えれば、おまえさえ消せば、あの人は俺を見てくれる!」
「…あの人って誰のことだよ」
私の呟きはふるった刃の音でかき消されていく。
狂った人間を相手するのに体術と自作の技しか使えない。
……勝負の結末なんて見えているも同然だが、こんなところで負けるわけにはいかないのだ。
「悪いが少し寝ててくれ。後で相手してやるから」
相手の周りを分厚い炎の壁で覆う。
これで始業式の間くらいは足止めできるはずだ。
「…痛いな」
治りきっていない傷をさすりながら来た道を戻る。
始業式の間中、あの男をどうするかで頭がいっぱいだった。
「もう帰ってたのか」
「うん。紗和ちゃんと美和ちゃんは親戚の集まりがあるから、早めに帰ろうって話になったんだ」
私が合宿に行っている間、穂乃はふたりと近場の旅館に旅行に行っていたのだ。
数年前まで私の後ろをついてきていた妹は、だんだんひとりで色々な場所に行っている。
成長を感じつつ、少し寂しさも心に残った。
「お姉ちゃん?」
「ごめん。お土産を渡そうと思って…これ、みんなで作ったんだ」
「わあ、美味しそう!ありがとう、お姉ちゃん」
実は強化合宿の合間を縫って、何人かでお菓子作りをした。
桜良が作るアイシングクッキーの上手さに、つい習いたくなってしまったのだ。
久しぶりに体も動かせたし、あんなことは初めてで楽しかった。
「お姉ちゃん、冬休みも合宿するの?」
「一応その予定だけど、家にいた方がいいか?」
「ううん。それならまたお姉ちゃんが合宿に行ってる間、旅館に行きたいなって…」
穂乃が口ごもるのは金銭面のことを考えてだろう。
お金がないからと不自由させたくない。…というより、手を付けていない遺族年金やバイト代の貯金もあるので一般的な生活をするには充分なのだ。
遠出となると厳しいかもしれないが、バスで20分ほどの距離にある旅館なら問題ない。
「女将さんもきっと喜ぶと思う。喜んで立って伝えておくよ」
「ありがとう」
バイトで築いた人脈が今こうして助けになっているし、やはり問題なんてどこにもない。
…それに、今はできるだけこの町から離れていてほしかった。
「ごめん、今日から学校なんだ」
「え、そうなの!?」
「今年は2学期の授業を前倒しにするらしい。生徒会のイベントがあるからかもな。…それじゃあ、いってくる。
…因みにご飯は温めたら食べられるようにしてあるから。いってきます」
「ありがとう。いってらっしゃい」
実はコンビニに行っただけで、もうすでに1度帰っていたのだ。
本当は一緒に食べたかったが、監査部長が見回りに遅れるわけにはいかない。
「お、おはようございます…」
「陽向、これ使え」
「え、なんで分かったんですか?」
「あれだけひたすら拳をふっていたら、手が痛くなるのも無理ない」
陽向の手は擦り傷や切り傷でぼろぼろだった。
恐らく握る手に力を入れすぎたのだろう。
「先輩は本当にすごいですね。あれだけやって今日もいつもどおりいられるなんて…」
「そんなことないよ。基礎体力がなかったから、多分元は陽向より弱かった」
そこからひたすら書物を読み漁ったり、義政さんの指導があったり…あの人から受け継いだ紅のおかげでなんとかなっている。
だが、それだけのことをしてもまだ片づいていないことも多いのだ。
「…陽向、少しここを頼む」
「え、ちょっと、先輩!?」
走った先にいたのは、白フードの男。
──間違いなく神宮寺義仁だった。
「また直接会いに来たのか」
「何故俺だと分かった?」
「噂が流れてるんだよ。あんた、自分が大嫌いだった怪異になりかけてることに気づいてるのか?」
男に自覚はないかもしれないが、白フードの男の話を小耳に挟んだことがある。
そこで聞いた話は間違いなく目の前にいる男を指していて、このままでは怪異そのものに変貌を遂げるかもしれないと考えていた。
「俺はすごいんだ。おまえさえいなければ1番になれる」
「そんなことをして何の意味がある?」
男は何やらぶつぶつ話していたが、目の焦点が定まっていない。
かと思うと、私の話なんて聞こえていなかったらしくいきなり槍を振り回してきた。
「…卑怯なのは相変わらずか」
幸いここは旧校舎で生徒はほとんどいない。
相手の狂った笑い声がこだまするなか、なんとか上の階を目指して駆け出した。
「おまえさえ消えれば、おまえさえ消せば、あの人は俺を見てくれる!」
「…あの人って誰のことだよ」
私の呟きはふるった刃の音でかき消されていく。
狂った人間を相手するのに体術と自作の技しか使えない。
……勝負の結末なんて見えているも同然だが、こんなところで負けるわけにはいかないのだ。
「悪いが少し寝ててくれ。後で相手してやるから」
相手の周りを分厚い炎の壁で覆う。
これで始業式の間くらいは足止めできるはずだ。
「…痛いな」
治りきっていない傷をさすりながら来た道を戻る。
始業式の間中、あの男をどうするかで頭がいっぱいだった。
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