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閑話『真夏の合宿』
特訓其の弐
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ご飯を食べた後移動したのは、旧校舎の小さな教室。
教壇に立っているのは、先生じゃなくてひな君だ。
「えっと…それじゃあこれからコミュニケーションの授業をはじめます」
「コミュニケーション?」
あまりに急すぎて聞き返してしまった。
いきなりコミュニケーションだ、なんて言われても困惑する。
ひな君の近くに立っていた先生が主旨を説明してくれた。
「折原も流山も人と話すのがあんまり得意じゃないって言ってただろ?
だったら、誰とでも話してる岡副の授業があればいいんじゃないかと思ったんだ」
「僕はもう死んでるから知っている人としか話さないし、詩乃ちゃんはコミュニケーション能力あると思う」
生きている頃から人と話すのは苦手だった。
上手く言葉にできないというか、相手の表情を見て緊張するというか…人と話すのが難しい。
「まあまあ、そう言わずにちょっとやってみようぜ?」
「具体的に何をするんだ?」
「そうだな…じゃあ、最初のテーマは『最近嬉しかったこと』で!」
困惑した様子の詩乃ちゃんと顔を見合わせると、先に話しはじめてくれた。
「穂乃が朝ご飯のレパートリーを増やそうと練習してることかな」
「え、そうなんですか?」
「うん。気づかれてないと思ってるみたいだから今はまだ黙って見守るに留めてるけど、どんな変わり種の卵焼きが出てくるか楽しみだ」
詩乃ちゃんは本当に楽しそうに話している。
「瞬が嬉しかったことは?」
「僕…特にない、かな。強いて言うなら、今が楽しい」
生きているときの僕では考えられなかったことが沢山おこっていて、それだけで充分楽しい。
最近のことなら、先生が僕がクリアせず途中で放ってしまったゲームを持ってくれていたことだろうか。
だけど、本人がいる前じゃ恥ずかしくて言えない。
「そっか…じゃあ次は、『ふたりの悩み事』について、」
「「悩んでるように見える?」か?」
僕と詩乃ちゃんは声を揃えて言った。
だけど、僕から見た詩乃ちゃんは何かを隠しているように見える。
「詩乃ちゃんはあるでしょ、悩み事」
「私からすれば瞬の方がありそうだけど」
「そんなことないよ。僕に悩み事なんてない」
嘘だ。本当はもう少し先生と一緒にいたいけど、どうしたらいいか分からなくて…先生に言えなくて困ってる。
困らせるのが分かっているのに、もう少し一緒にいてなんて言えない。
「はいはい、ストップ!ふたりともそこの壁を壊せたらいいと俺は思うんだけどな…」
「ひな君は、どうしてこんな授業をやろうと思ったの?」
「先生に頼まれたんだよ。素直に思っていることを1番話せていなさそうな生徒ふたりに、気持ちを伝える授業をしてほしいって」
先生が止めようとしたのを無視して、ひな君はにっこり笑って言い切った。
「すごいね。僕はひな君みたいになれないよ」
「私も陽向のそういうところは尊敬してる」
「いやいや、尊敬されるほどのことはしてないですよ」
ひな君は教室をぐるぐる回りながら話を続けた。
「そりゃあ俺は話すのだけなら上手いかもしれないけど、ちびみたいにいい意味で人の心に入る話し方はできない。…交渉するときの話し方は先輩に勝てる気がしません。
けど、ふたりとも自分の気持ちを隠すのが上手いから…悲しいことを話すより、嬉しいことを話す方がハードル低いかなって」
ひな君なりに色々考えてくれていたんだ。
たしかに僕も詩乃ちゃんも、自分が困ったときに相手に気持ちを伝えるのが上手じゃないかもしれない。
「…色々な人に言われるけど、よく分からないんだ。いつかできればいいとは思ってるけど、やり方が分からない」
「僕も。誰かに甘えるとか我儘を言うとか、そういうのは難しい」
「ふたりとも、いつか慣れてください。今みたいに思ってることを言ってくれるだけで、俺たちはほっとしますから」
そっか、ひな君の授業はそのためにあったんだ。
僕たちから事情聴取みたいに話を聞くんじゃなくて、あくまで話すのを待ってくれようとしている。
「俺の授業はここまで!そろそろおやつが届くだろうし…」
「おやつ?」
僕が聞き返したのとほぼ同時に桜良ちゃんがワゴンを押して入ってきた。
まだ声が出にくい状態らしく、メモに『ご自由にお召し上がりください』と書かれている。
「ありがとう桜良」
「僕、桜良ちゃんのお菓子大好き!」
みんなでお菓子を食べていると、あたりはすっかり暗くなっていた。
片づけの最中、月が神々しく浮かんでいるのが見える。
空には沢山の星が浮かんでいて、早く観に行きたいと思ってしまった。
「…瞬」
先生から言われることはだいたい予想ができていた。
「分かってる。次は僕が先生になるんだよね?」
教壇に立っているのは、先生じゃなくてひな君だ。
「えっと…それじゃあこれからコミュニケーションの授業をはじめます」
「コミュニケーション?」
あまりに急すぎて聞き返してしまった。
いきなりコミュニケーションだ、なんて言われても困惑する。
ひな君の近くに立っていた先生が主旨を説明してくれた。
「折原も流山も人と話すのがあんまり得意じゃないって言ってただろ?
だったら、誰とでも話してる岡副の授業があればいいんじゃないかと思ったんだ」
「僕はもう死んでるから知っている人としか話さないし、詩乃ちゃんはコミュニケーション能力あると思う」
生きている頃から人と話すのは苦手だった。
上手く言葉にできないというか、相手の表情を見て緊張するというか…人と話すのが難しい。
「まあまあ、そう言わずにちょっとやってみようぜ?」
「具体的に何をするんだ?」
「そうだな…じゃあ、最初のテーマは『最近嬉しかったこと』で!」
困惑した様子の詩乃ちゃんと顔を見合わせると、先に話しはじめてくれた。
「穂乃が朝ご飯のレパートリーを増やそうと練習してることかな」
「え、そうなんですか?」
「うん。気づかれてないと思ってるみたいだから今はまだ黙って見守るに留めてるけど、どんな変わり種の卵焼きが出てくるか楽しみだ」
詩乃ちゃんは本当に楽しそうに話している。
「瞬が嬉しかったことは?」
「僕…特にない、かな。強いて言うなら、今が楽しい」
生きているときの僕では考えられなかったことが沢山おこっていて、それだけで充分楽しい。
最近のことなら、先生が僕がクリアせず途中で放ってしまったゲームを持ってくれていたことだろうか。
だけど、本人がいる前じゃ恥ずかしくて言えない。
「そっか…じゃあ次は、『ふたりの悩み事』について、」
「「悩んでるように見える?」か?」
僕と詩乃ちゃんは声を揃えて言った。
だけど、僕から見た詩乃ちゃんは何かを隠しているように見える。
「詩乃ちゃんはあるでしょ、悩み事」
「私からすれば瞬の方がありそうだけど」
「そんなことないよ。僕に悩み事なんてない」
嘘だ。本当はもう少し先生と一緒にいたいけど、どうしたらいいか分からなくて…先生に言えなくて困ってる。
困らせるのが分かっているのに、もう少し一緒にいてなんて言えない。
「はいはい、ストップ!ふたりともそこの壁を壊せたらいいと俺は思うんだけどな…」
「ひな君は、どうしてこんな授業をやろうと思ったの?」
「先生に頼まれたんだよ。素直に思っていることを1番話せていなさそうな生徒ふたりに、気持ちを伝える授業をしてほしいって」
先生が止めようとしたのを無視して、ひな君はにっこり笑って言い切った。
「すごいね。僕はひな君みたいになれないよ」
「私も陽向のそういうところは尊敬してる」
「いやいや、尊敬されるほどのことはしてないですよ」
ひな君は教室をぐるぐる回りながら話を続けた。
「そりゃあ俺は話すのだけなら上手いかもしれないけど、ちびみたいにいい意味で人の心に入る話し方はできない。…交渉するときの話し方は先輩に勝てる気がしません。
けど、ふたりとも自分の気持ちを隠すのが上手いから…悲しいことを話すより、嬉しいことを話す方がハードル低いかなって」
ひな君なりに色々考えてくれていたんだ。
たしかに僕も詩乃ちゃんも、自分が困ったときに相手に気持ちを伝えるのが上手じゃないかもしれない。
「…色々な人に言われるけど、よく分からないんだ。いつかできればいいとは思ってるけど、やり方が分からない」
「僕も。誰かに甘えるとか我儘を言うとか、そういうのは難しい」
「ふたりとも、いつか慣れてください。今みたいに思ってることを言ってくれるだけで、俺たちはほっとしますから」
そっか、ひな君の授業はそのためにあったんだ。
僕たちから事情聴取みたいに話を聞くんじゃなくて、あくまで話すのを待ってくれようとしている。
「俺の授業はここまで!そろそろおやつが届くだろうし…」
「おやつ?」
僕が聞き返したのとほぼ同時に桜良ちゃんがワゴンを押して入ってきた。
まだ声が出にくい状態らしく、メモに『ご自由にお召し上がりください』と書かれている。
「ありがとう桜良」
「僕、桜良ちゃんのお菓子大好き!」
みんなでお菓子を食べていると、あたりはすっかり暗くなっていた。
片づけの最中、月が神々しく浮かんでいるのが見える。
空には沢山の星が浮かんでいて、早く観に行きたいと思ってしまった。
「…瞬」
先生から言われることはだいたい予想ができていた。
「分かってる。次は僕が先生になるんだよね?」
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