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閑話『真夏の合宿』
特訓其の壱
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合宿なんていってもただ集まるだけ…そう思っていたのに、俺は今グローブをはめたままひたすら空に打ちこんでいる。
「岡副、体勢が安定してない」
「は、はい!」
先生に指導をお願いして30分、もうずっとこんな状態だ。
「折原はもう少し肩の力を抜け」
「…やってみる」
先輩は矢を複数連続で射る練習をしている。
的がぼろぼろになるくらい当てて、それでもまだ満足してないらしい。
「流山、がむしゃらに振り回すだけじゃ相手を倒せない」
「案山子をぼろぼろにしても駄目なんだね…」
ちびは力加減が上手くできていないと指導されてるけど、正直1番難しい訓練な気がする。
「一旦休憩を挟もう」
「り、了解です…」
毎日空中パンチは欠かさずやってるけど、流石に腕がぱんぱんできつい。
ちびも相当力を使ったのか、その場にへなへなと座りこんだ。
先輩は汗こそかいているらしかったものの、普段と顔色ひとつ変えず立っている。
「先ぱ…すご……」
「ふたりと比べたらそこまで力のコントロールをしてるわけじゃないから、私が1番疲れてないだけだと思うよ」
やっと怪我が治ってきたところだったはずなのに、動きが洗練されてるような気がする。
先生も変だと思っていたのか、先輩に単刀直入に尋ねていた。
「できるだけ運動は控えるように言っておいたはずだが、約束を破ったのか?」
「どうしてそんな事を言うんだ…。最近体を動かせてなかったから、やっと動けて楽しいのに」
「前に見たときより弓を扱う姿が清らかに見える」
先生の発言に先輩は本気で困惑しているみたいだった。
「古い書物なら読んだけど、運動禁止だったから日課だった試し打ちや散歩もやめてた」
「詩乃ちゃんの体ってどうなってるの…?」
ちびがそう言うのも分かる。
今だって息があがってないし、普段それだけ体を動かして平然と学校に来られるのもすごい。
「流山だって体力あったろ」
「そうかな?」
「ちびのどういうところにそう感じたんですか?」
俺がそう尋ねると、先生は苦笑しながら教えてくれた。
「まず、毎朝20分かけて走って登校していた」
「え!?」
「それから、旧校舎で体育の実習代わりに運動することがあったんだが、とにかく足が速かった」
「それで帰りも20分かけて歩きですか?」
先生の沈黙は肯定を意味しているんだろう。
毎日それだけの時間をかけて先生に会いにいくくらいちびにとって大切だったんだ。
「ちび、おまえ…」
「普通じゃない?」
「それを毎日続けるってすごいな。俺なら自転車かバイクがないと無理」
余程家庭環境が酷かったんだろうと思うと、なんだか自分を見ているみたいで胸が締めつけられる。
俺はあの家と決別したつもりだし、向こうから関わってくることもないだろう。
ただ、心の闇を完全になくすのは難しいと最近感じている。
桜良がいてくれるから大抵の場合は振り切れるけど、家族連れを見たときに複雑な気持ちになるのは何なんだろう。
「先生、もう少し打ってもいいか?」
「あんまり無理するなよ」
「気をつける」
先輩は相変わらず矢を1本1本大切に放っている。
……あの人は1番闇を抱えていそうだけど、どうやって周りに見せないようにしているんだろう。
直接は訊けないし、どうすれば支えられるかなんて分からない。
それならせめて、近くでできることをやろう。
「岡副」
先輩に声をかけようとしたところで先生に呼ばれる。
「どうしたんですか?もしかして、まだパンチが足りないとか…」
流石に拳が限界だ。今の状態で桜良と会ったら心配されてしまうだろう。
「頼みがある」
「先輩じゃなくて俺にですか?」
「ああ。あるテーマであのふたりに授業をしてほしいんだ」
「テーマ?」
聞き返すと、先生は苦笑しながらはっきり言った。
「…次の特訓の時間はおまえにも先生をしてもらう」
「岡副、体勢が安定してない」
「は、はい!」
先生に指導をお願いして30分、もうずっとこんな状態だ。
「折原はもう少し肩の力を抜け」
「…やってみる」
先輩は矢を複数連続で射る練習をしている。
的がぼろぼろになるくらい当てて、それでもまだ満足してないらしい。
「流山、がむしゃらに振り回すだけじゃ相手を倒せない」
「案山子をぼろぼろにしても駄目なんだね…」
ちびは力加減が上手くできていないと指導されてるけど、正直1番難しい訓練な気がする。
「一旦休憩を挟もう」
「り、了解です…」
毎日空中パンチは欠かさずやってるけど、流石に腕がぱんぱんできつい。
ちびも相当力を使ったのか、その場にへなへなと座りこんだ。
先輩は汗こそかいているらしかったものの、普段と顔色ひとつ変えず立っている。
「先ぱ…すご……」
「ふたりと比べたらそこまで力のコントロールをしてるわけじゃないから、私が1番疲れてないだけだと思うよ」
やっと怪我が治ってきたところだったはずなのに、動きが洗練されてるような気がする。
先生も変だと思っていたのか、先輩に単刀直入に尋ねていた。
「できるだけ運動は控えるように言っておいたはずだが、約束を破ったのか?」
「どうしてそんな事を言うんだ…。最近体を動かせてなかったから、やっと動けて楽しいのに」
「前に見たときより弓を扱う姿が清らかに見える」
先生の発言に先輩は本気で困惑しているみたいだった。
「古い書物なら読んだけど、運動禁止だったから日課だった試し打ちや散歩もやめてた」
「詩乃ちゃんの体ってどうなってるの…?」
ちびがそう言うのも分かる。
今だって息があがってないし、普段それだけ体を動かして平然と学校に来られるのもすごい。
「流山だって体力あったろ」
「そうかな?」
「ちびのどういうところにそう感じたんですか?」
俺がそう尋ねると、先生は苦笑しながら教えてくれた。
「まず、毎朝20分かけて走って登校していた」
「え!?」
「それから、旧校舎で体育の実習代わりに運動することがあったんだが、とにかく足が速かった」
「それで帰りも20分かけて歩きですか?」
先生の沈黙は肯定を意味しているんだろう。
毎日それだけの時間をかけて先生に会いにいくくらいちびにとって大切だったんだ。
「ちび、おまえ…」
「普通じゃない?」
「それを毎日続けるってすごいな。俺なら自転車かバイクがないと無理」
余程家庭環境が酷かったんだろうと思うと、なんだか自分を見ているみたいで胸が締めつけられる。
俺はあの家と決別したつもりだし、向こうから関わってくることもないだろう。
ただ、心の闇を完全になくすのは難しいと最近感じている。
桜良がいてくれるから大抵の場合は振り切れるけど、家族連れを見たときに複雑な気持ちになるのは何なんだろう。
「先生、もう少し打ってもいいか?」
「あんまり無理するなよ」
「気をつける」
先輩は相変わらず矢を1本1本大切に放っている。
……あの人は1番闇を抱えていそうだけど、どうやって周りに見せないようにしているんだろう。
直接は訊けないし、どうすれば支えられるかなんて分からない。
それならせめて、近くでできることをやろう。
「岡副」
先輩に声をかけようとしたところで先生に呼ばれる。
「どうしたんですか?もしかして、まだパンチが足りないとか…」
流石に拳が限界だ。今の状態で桜良と会ったら心配されてしまうだろう。
「頼みがある」
「先輩じゃなくて俺にですか?」
「ああ。あるテーマであのふたりに授業をしてほしいんだ」
「テーマ?」
聞き返すと、先生は苦笑しながらはっきり言った。
「…次の特訓の時間はおまえにも先生をしてもらう」
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