199 / 302
第22章『呪いより恐ろしいもの』
第164話
しおりを挟む
夜になり、私はひとり監査室にいた。
「陽向、そっちは頼む」
『俺も旧校舎にいた方が良くないですか?』
「今日はばらばらの方がいい。具体的な内容が分からない以上、固まっているところを襲われたら調べようがなくなる」
陽向はインカム越しに渋々といった様子で引き下がった。
怪物が暴れまわるとか見ると符号になるとか、今回の噂はとにかく曖昧だ。
幸福を呼ぶカフェだけは行くと毒になるという噂に変えられようとしているが、学園内に蔓延る噂は何故か複数ある。
『先輩、これから応戦します』
「どういうことだ?何があった?」
『すみません。また後で!』
陽向の方に何か現れたというなら、曖昧な噂の方だろう。
流石に力が強くなっていることはないはずだ。
「…来いよ。私は今独りだ」
誰もいないはずの廊下に話しかけると、紙切れが光りだす。
それが指し示す方向には真っ黒な人の形をした何かが立っていた。
「…人間の闇そのものってところか」
《そのとおり。まさか人間に見つかるとはな》
「ただの人間じゃないよ」
紅を塗り弓を構える。
ずっと視ていると吸いこまれそうなほどの邪気を放つそれとは、短期決着を目指した方がよさそうだ。
《いきなり炎なんて危ないじゃないか。私はまだ望みを叶えられていない。邪魔をするな》
相手から放たれる真っ黒な液体は、私が避ける度ぼこぼこと音を立てて周囲を焦がす。
「旧校舎はただでさえ脆いんだ。ここを壊されたら困る」
《ならばどけ》
「嫌だ。これ以上人を傷つけさせるわけにはいかないんだ」
《傷つける?私はただ、願いを叶えているだけだ!》
気に障ることを言ってしまったと後悔してももう遅い。
誰かにとっての正しさは誰かにとっての間違いだ。
相手が息を切らしたところで頭を下げる。
「さっきはごめん。言い過ぎた。やり方がまずいとはいえ、おまえはただ理不尽な思いをした相手の願いを叶えたかっただけなんだよな」
《……分かるのか?》
「分かるよ。全部は無理かもしれないけど、誰かの力になりたかった気持ちは分かる」
お母さんの力にはなれなかった。
穂乃のことだってちゃんと護れているかなんて分からない。
陽向たちの小さな変化にも全ては気づけていないだろう。
それでも、困っている人がいるなら力になりたいという思いは変わらない。
《おまえは私を消さないのか?》
「人に手を出すようなら消すしかないのかもしれない。だけど、今はこのまま話し合いたいと思ってる」
《…私の闇を消せるのか?》
はじめはノートに書かれた負の感情そのものが集合体となっていると思っていたが、そういうわけではないらしい。
「おまえ、ノートそのものなのか」
話しかけた直後、相手の形がただのノートへと変わっていく。
《やれるものならやってみろ、夜紅》
「私のこと、知ってたんだな」
《幸運を招く喫茶店に出入りしたと、もふもふしたのを連れた人間が話しているのを聞いた》
「…ひとつ教えてくれ。おまえの噂を広めたり悪用した人間は白いフードの男だったか?」
《そうだ。あの男が私を拾ってからというもの、噂も範囲も恐ろしいものになった。
私は人に不幸を運びたいわけではない。ただ、誰かの願いを叶えたかった》
ノートが地面に落ちそうになったのを受け止め、抱きしめる手に力をこめる。
「…ごめん」
《謝る必要などない。最後におまえのような者と話せてよかった。自らが未熟であると認められるのは強いからだ。だから仲間もついてくるのだろう。
…闇を祓ったら燃やしてくれ。私が必要とならない世界になることを願っている》
なんとかノートの原型をとどめたまま、じわじわと矢で穢れだけを切り裂いていく。
震える手で最後の一撃を決めると、後ろから肩をたたかれた。
「先輩、お疲れ様です」
「お疲れ。私にはまだ仕事が残ってるから、陽向はもう帰っていい。今日もありがとう」
ノートを抱えたまま、陽向の言葉を待たずに屋上へ向かう。
人間の願いのためにと必死で動いてくれたこの人を、できるだけ丁寧に弔ってやりたかった。
残った札を並べ、落ちていた枝に火をつける。
「……ありがとう」
燃えていくノートをぼんやり見つめていると、近くに人の気配を感じた。
「陽向、そっちは頼む」
『俺も旧校舎にいた方が良くないですか?』
「今日はばらばらの方がいい。具体的な内容が分からない以上、固まっているところを襲われたら調べようがなくなる」
陽向はインカム越しに渋々といった様子で引き下がった。
怪物が暴れまわるとか見ると符号になるとか、今回の噂はとにかく曖昧だ。
幸福を呼ぶカフェだけは行くと毒になるという噂に変えられようとしているが、学園内に蔓延る噂は何故か複数ある。
『先輩、これから応戦します』
「どういうことだ?何があった?」
『すみません。また後で!』
陽向の方に何か現れたというなら、曖昧な噂の方だろう。
流石に力が強くなっていることはないはずだ。
「…来いよ。私は今独りだ」
誰もいないはずの廊下に話しかけると、紙切れが光りだす。
それが指し示す方向には真っ黒な人の形をした何かが立っていた。
「…人間の闇そのものってところか」
《そのとおり。まさか人間に見つかるとはな》
「ただの人間じゃないよ」
紅を塗り弓を構える。
ずっと視ていると吸いこまれそうなほどの邪気を放つそれとは、短期決着を目指した方がよさそうだ。
《いきなり炎なんて危ないじゃないか。私はまだ望みを叶えられていない。邪魔をするな》
相手から放たれる真っ黒な液体は、私が避ける度ぼこぼこと音を立てて周囲を焦がす。
「旧校舎はただでさえ脆いんだ。ここを壊されたら困る」
《ならばどけ》
「嫌だ。これ以上人を傷つけさせるわけにはいかないんだ」
《傷つける?私はただ、願いを叶えているだけだ!》
気に障ることを言ってしまったと後悔してももう遅い。
誰かにとっての正しさは誰かにとっての間違いだ。
相手が息を切らしたところで頭を下げる。
「さっきはごめん。言い過ぎた。やり方がまずいとはいえ、おまえはただ理不尽な思いをした相手の願いを叶えたかっただけなんだよな」
《……分かるのか?》
「分かるよ。全部は無理かもしれないけど、誰かの力になりたかった気持ちは分かる」
お母さんの力にはなれなかった。
穂乃のことだってちゃんと護れているかなんて分からない。
陽向たちの小さな変化にも全ては気づけていないだろう。
それでも、困っている人がいるなら力になりたいという思いは変わらない。
《おまえは私を消さないのか?》
「人に手を出すようなら消すしかないのかもしれない。だけど、今はこのまま話し合いたいと思ってる」
《…私の闇を消せるのか?》
はじめはノートに書かれた負の感情そのものが集合体となっていると思っていたが、そういうわけではないらしい。
「おまえ、ノートそのものなのか」
話しかけた直後、相手の形がただのノートへと変わっていく。
《やれるものならやってみろ、夜紅》
「私のこと、知ってたんだな」
《幸運を招く喫茶店に出入りしたと、もふもふしたのを連れた人間が話しているのを聞いた》
「…ひとつ教えてくれ。おまえの噂を広めたり悪用した人間は白いフードの男だったか?」
《そうだ。あの男が私を拾ってからというもの、噂も範囲も恐ろしいものになった。
私は人に不幸を運びたいわけではない。ただ、誰かの願いを叶えたかった》
ノートが地面に落ちそうになったのを受け止め、抱きしめる手に力をこめる。
「…ごめん」
《謝る必要などない。最後におまえのような者と話せてよかった。自らが未熟であると認められるのは強いからだ。だから仲間もついてくるのだろう。
…闇を祓ったら燃やしてくれ。私が必要とならない世界になることを願っている》
なんとかノートの原型をとどめたまま、じわじわと矢で穢れだけを切り裂いていく。
震える手で最後の一撃を決めると、後ろから肩をたたかれた。
「先輩、お疲れ様です」
「お疲れ。私にはまだ仕事が残ってるから、陽向はもう帰っていい。今日もありがとう」
ノートを抱えたまま、陽向の言葉を待たずに屋上へ向かう。
人間の願いのためにと必死で動いてくれたこの人を、できるだけ丁寧に弔ってやりたかった。
残った札を並べ、落ちていた枝に火をつける。
「……ありがとう」
燃えていくノートをぼんやり見つめていると、近くに人の気配を感じた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。



セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる