夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第22章『呪いより恐ろしいもの』

第160話

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「それってつまり、場所が曖昧だからたまたまここが選ばれたんじゃ…」
「その可能性が高いな」
そんな雑な内容でも、ぼろぼろのノートに書いたとなればかなりまずい。
《実雪さん、小夜さんが奥の部屋にいるから一緒に休んでいてもらえないかな?
後でニナさんにも食事を持っていくから、今だけ小夜さんの側にいてほしいんだ》
「分かりました。無理したら怒りますからね」
南雲実雪は一礼して、そのまま奥の部屋へと消えていく。
その姿を見送った直後、ハーブティーのようなものを出された。
《もしよろしければどうぞ。心配しなくても、変なものは入れてないから》
「ありがとう。それから、突然押しかけて申し訳ない」
《いや、お客様ならいつでも歓迎するよ。最近実雪さんが不安定になりがちだったのは知っていたから、どうしたものかと他のみんなとも話していたんだ》
「さっきから他のみんなって言ってるのが気になるんですけど、このお店には他にも従業員さんがいるってことですか?」
店主さんは少しだけならと教えてくれた。
自分が死ぬとき見送ってくれた人たちが従業員を買って出てくれていること、死んだ後は地縛霊として存在していること、自分で噂を訂正することができないこと…。
とにかく迷惑をかけたくないと考えていることは理解した。
「気持ちは分かるけど、ひとりでどうしようもないことってあると思うんだ。
だから、噂の件は私たちに協力させてほしい。恐らく原因は古いノートだろうから」
《どういうこと?》
「俺たちや実雪さんが通ってる学校で、具現化ノートの噂ってやつが流行ってるんだ。
それがかなりの大物で、負の感情を溜めこんだ人間の前に現れては色々な噂を暴走させてる」
ただでさえ怪異たちに影響が出やすい町なのに、おかしな形にしてしまう怪異があるというのはかなりまずい。
他の一件でもそうだったが、あれがある限り暴走する噂は増えてしまうだろう。
「今度こそ決着つけたいですね」
「そうだな」
《お客様を巻きこむような真似は、》
「いいんだ。これは私たちがあのノートの噂に止めをさせなかったのが原因かもしれないから」
「そうそう。こんなに美味しいお茶をごちそうになったんだし、それくらいはさせてください!
店長さんにだって護りたいものがあるんでしょ?」
陽向の言葉に店主は小さく頷いた。
《護りたいもの…そうですね、沢山あります》
「私たちにできるのは手伝い程度のことだけど、何かあればすぐ言ってほしい」
《申し訳ないのですが、手伝っていただけませんか?ここには心が傷ついたお客様が大勢いらっしゃいます。…お客様の存在に支えられることも多いのです。
それに、この場所だけは護り抜くと決めているので…。従業員として働いてくれているあの子たちがここを大切に想ってくれる限り、屈するわけにはいきません》
誰が何の目的で改変したのかはっきりとは分からないが、具現化ノートが使われたのはほぼ間違いない。
…いや、確定はしていないものの唆したであろう人間はあの男だ。
「店長さん、お茶を持っていってもいいですか?」
《構わないよ。そこにある摘みたてハーブを使って淹れると美味しくなると思う》
「ありがとうございます!」
ティーセットを運ぼうとするぬいぐるみを抱えた少女に声をかける。
「…南雲実雪さん」
「なんですか?」
「このお店のこと、必ず護るよ。苦悩して見つけた大切な場所を理不尽に壊される辛さは分かるから」
しばらく驚いた顔をしていたが、ゆっくり口が動いた。
「……です」
「え?」
「感激です。昼間制の監査部って怖そうって思ってましたけど、優しい人たちでできているんですね」
合同部会のとき眉ひとつ動かさなかった彼女はとても楽しそうに笑っている。
この笑顔を護ったのも店主なのだろう。
「僕もできる限り調べてみます。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
手を差し出すと、やんわりと握りかえされる。
幸福のカフェを護るための作戦をたてつつ、具現化ノートと本格的に決着をつける戦いがはじまった。
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