夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第21章『夜紅の源』

第156話

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顔のガーゼや手足の包帯を外した先生は険しい表情を浮かべた。
「若干出血してる。やっぱり働きすぎだ」
「そんなつもりは全く無かったけど、そうなのかな?」
頬にガーゼを貼りながら先生は苦笑した。
「少なくとも俺はそう思う。…おまえもそう思わないか?」
先生が声をかけた方を見ると、瞬がむくれた顔で立っていた。
「詩乃ちゃん、また怪我したの?気をつけなきゃ駄目だってひな君にも言われてたのに」
「そういうわけじゃないんだ。ちょっと悪化しそうという程度で…」
「人間の体って案外脆いから、あっという間に死んじゃうんだよ。気をつけないと」
瞬に生死に関することを言われたら1番説得力がある気がする。
「…そうだな。ごめん」
「それから、その…」
瞬は言いづらそうにもごもごしていたが、小さく呟いた。
「…詩乃ちゃんとデートだなんて聞いてない」
「はあ?」
先生の反応に瞬はびくっと体を震わせる。
誰よりも先生との時間を大切にしたいと思っているからこそのやきもちだろう。
それだけ先生が大切だから、一緒にいる時間が減ったのが嫌だったのかもしれない。
先生は小さく息を吐くと、手当て道具をある程度片づけて瞬の肩に手をおいた。
「折原とは目的地が同じで、その場所で怪異に襲われただけだ。別におまえを除け者にしたわけじゃない」
「僕じゃ外に出られないから、頼りない?」
「そういうわけじゃ…」
口下手な先生では誤解されそうだ。
「先生は瞬と出かけるために必要なものを探してたんだよ」
「どういうこと?」
「…学園内じゃあの薬の原料は揃わない。サバト以外じゃほぼ不可能なんだ」
その言葉を聞いた瞬の瞳には星屑のような光が集まりはじめる。
「だから今日遊びに行ったらぴりぴりしてたの?」
「恩着せがましいことを言いたくなかった。…だから課題を渡しただろ?」
「ごめん。全然知らなかった。あれってやっぱり作るのが大変なものなんだね」
微笑ましい会話にほっこりしていると、背後で扉がゆっくり開かれる音がした。
こんな時間に現れる人物なんて誰か分かっている。
「陽向、連絡ありがとう」
「先輩が危ない場所に行くなんて俺も聞かされてないんですけど?」
「普段はそんなに危険な場所じゃないんだ。それに、私的な用事で後輩を縛るわけにはいかないからな」
「先輩…」
今回もなんとか解決できたようだ。
それにしても、何故あんなところにいきなり現れたのだろう。
見つけることさえ難しいような場所に棲み着いたとは考えにくい。
「先輩?」
「ごめん、なんでもない。桜良はどうしてる?」
「もう遅い時間なので、早く寝るように伝えてきました。布団に入るのを確認したのでちゃんと寝たはずです」
「そうか。後でお礼を言いに行く」
ゆっくり立ちあがると、ふたりがほぼ同じタイミングで私を見た。
「詩乃ちゃん、帰っちゃうの?」
「帰らせない。…布団はこっちの方がふかふかかもしれない」
「ありがとう。ゆっくり休ませてもらうことにする」
穂乃には申し訳ないが、時間が遅くて今夜も帰れそうにない。
先生が用意してくれたベッドで横になってみると、いつものものよりふかふかだった。
「最近買った新品だ」
「ベッド本体も新しくなってる気がするけど、先生が用意してくれたのか?」
「いや。副校長が保健室のベッドを換えるついでだったらしい」
最近あまり眠れていなかったせいか、眠気に勝てなくなってきた。
「寝ていい」
「…また後でね、詩乃ちゃん」
仕切りカーテンが閉められるのとほぼ同時に重い瞼をおろす。
カーテンの外で何やらにぎやかな声が聞こえたが、何を話しているかまでは分からない。
「…ありがとう」
直接伝え損ねた言葉が口から零れて静かに目を閉じる。
先生に相談できたおかげで心が軽くなった気がするし、なんとなく答えも見えかけた。
このまま私なりの答えを見つけたい。
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