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第21章『夜紅の源』
第153話
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「おまえは何を採りにきた?」
「この前紅が折れちゃったから、原料を回収しに」
私が使っている紅日虹というものは、月の光をよく反射するらしい。
それなら見つけやすいだろうというのもあり、こうして今探しにきたのだ。
「紅日虹なら、もう少し奥に入らないと見つからないぞ」
「なんでそれを…そうか、見られたんだったな」
お影さんへの代償で私の過去を少し見られてしまったことを思い出す。
渋い顔をしている先生に普段の調子で話しかける。
「紅日虹を探すついでに、先生の探しものも手伝うよ。ここ、結構広いから前回も大変だったし、帰りが遅いと瞬が心配する」
「…すごいな、おまえは」
「え?」
先生はランタンを持ったままふっと微笑んで、足元の薬草を抜きながら言葉を続ける。
「自分のものだけ見つければ早いものを、そうやって誰かの為に手を貸せる。それは誰でもできることじゃない」
「別に私からすれば普通なんだけど…」
「それが普通であることが誰にとっても当たり前になれば、今より優しい世界になるのかもな。
…もしやりたいことがなくて迷っているなら、取り敢えず物理学科にでも来ればいい。一応講義持ってるから」
突然そんなことを言われるとは思っていなくて一瞬混乱する。
どうして私が進路を決めていないことを知っているんだろう。
「たまたま見た。真っ白な進路希望用紙」
「そっか。なら隠す必要もないか。今から歩きながら独り言言うけど、聞き流してくれ」
「内容次第だ」
先生らしい答えを聞いたところで大きく息を吸う。
そのまま奥へ進みながらゆっくり1歩を踏み出した。
「正直、未来を思い描けない。…やりたいことなんて、考えたことがなかったんだ。
人間と関わるのが苦手で、妖たちともある程度距離をとってた。もう二度と失いたくなかったから」
話していて気づいた。そうか、私は失うのが怖いんだ。
だけど、周りに仲間がいる楽しさを知った。…この時間を永遠に続けていたいなんて考えてしまうほど大切な時間だ。
「あの家から…神宮寺義仁から穂乃を護れればそれでいいって思ってた。
その先を考えてなかったし、今の所やりたいこともない。…瞬たちと友人のままでいたいとか、町を夜回りしてみたいとかそれくらいだ」
先生は最後まで聞いてくれて、真剣な表情ではっきり告げた。
「ならやっぱり物理学科に来い。4月から理系総合部門という全般的なコースができる。
そこでやりたいことが見つかるまで悩めばいい。今すぐ決める必要なんてないし、もっと自分を解き放ってやれ」
「自分を、解き放つ?」
静かに歩みを止めると、今度は先生が話しはじめた。
「恐らくおまえは、自分が思っている以上に過去に囚われている。それが悪いとは言わない。俺だって、未だに助けられなかったことを思い出す。
だが、折原の場合は身動きがとれないほど自分で自分を縛っているように見える。自分の為に生きるのは難しい。…やりたいことが見つからないならゆっくり探せばいい。時間はまだある」
「……私は、人間じゃない存在と向き合うのを諦めたくない。けど、そういう仕事ってあるのかな?」
祓い屋にはいいイメージがないから論外だ。
それから、人が多い場所やスカートやワンピースの着用を求められる場所に長時間いられない。
「探偵、とか」
「そういう手もあるのか」
「ボディーガード、ライター、検視官…色々ありそうだな」
「先生が経験してきた職業だったりするのか?」
「……まあ、今でも続けているものはある。バレたら当然クビだから、基本的に人間以外からの依頼しか受けてない」
先生は器用だ。怪異としても、教師としても…仲間としても。
「そういえば、どうして先生は先生になろうと思ったんだ?」
「恩師がいた。不治の病で亡くなったが、人を憎まない人だったよ。
家庭環境がよくない俺に毎日声をかけてくれた。…憧れだったのかもな」
先生にもそんな過去があったなんて知らなかった。
だから私や陽向が教室に行かなくても、傷だらけになっている瞬に声をかけたのも、それが理由だったのかもしれない。
「昔話しすぎたな。紅日虹ならこの辺りにあるはずだ」
「ありがとう。いつも行く場所より沢山ある」
宝石のように輝く様々な石には興味なんてない。
紅日虹を少しストックができる程度に採集した。
「予定より早く終わった。先生のおかげだ」
「それなら、」
「早く帰れなんて言わないでくれ。先生の目的地、ここより奥なんだろ?」
しばらくじっと見つめていたが、やがて先生が諦めたように呟く。
「……残りふたつ、見つけていない薬草がある」
「この前紅が折れちゃったから、原料を回収しに」
私が使っている紅日虹というものは、月の光をよく反射するらしい。
それなら見つけやすいだろうというのもあり、こうして今探しにきたのだ。
「紅日虹なら、もう少し奥に入らないと見つからないぞ」
「なんでそれを…そうか、見られたんだったな」
お影さんへの代償で私の過去を少し見られてしまったことを思い出す。
渋い顔をしている先生に普段の調子で話しかける。
「紅日虹を探すついでに、先生の探しものも手伝うよ。ここ、結構広いから前回も大変だったし、帰りが遅いと瞬が心配する」
「…すごいな、おまえは」
「え?」
先生はランタンを持ったままふっと微笑んで、足元の薬草を抜きながら言葉を続ける。
「自分のものだけ見つければ早いものを、そうやって誰かの為に手を貸せる。それは誰でもできることじゃない」
「別に私からすれば普通なんだけど…」
「それが普通であることが誰にとっても当たり前になれば、今より優しい世界になるのかもな。
…もしやりたいことがなくて迷っているなら、取り敢えず物理学科にでも来ればいい。一応講義持ってるから」
突然そんなことを言われるとは思っていなくて一瞬混乱する。
どうして私が進路を決めていないことを知っているんだろう。
「たまたま見た。真っ白な進路希望用紙」
「そっか。なら隠す必要もないか。今から歩きながら独り言言うけど、聞き流してくれ」
「内容次第だ」
先生らしい答えを聞いたところで大きく息を吸う。
そのまま奥へ進みながらゆっくり1歩を踏み出した。
「正直、未来を思い描けない。…やりたいことなんて、考えたことがなかったんだ。
人間と関わるのが苦手で、妖たちともある程度距離をとってた。もう二度と失いたくなかったから」
話していて気づいた。そうか、私は失うのが怖いんだ。
だけど、周りに仲間がいる楽しさを知った。…この時間を永遠に続けていたいなんて考えてしまうほど大切な時間だ。
「あの家から…神宮寺義仁から穂乃を護れればそれでいいって思ってた。
その先を考えてなかったし、今の所やりたいこともない。…瞬たちと友人のままでいたいとか、町を夜回りしてみたいとかそれくらいだ」
先生は最後まで聞いてくれて、真剣な表情ではっきり告げた。
「ならやっぱり物理学科に来い。4月から理系総合部門という全般的なコースができる。
そこでやりたいことが見つかるまで悩めばいい。今すぐ決める必要なんてないし、もっと自分を解き放ってやれ」
「自分を、解き放つ?」
静かに歩みを止めると、今度は先生が話しはじめた。
「恐らくおまえは、自分が思っている以上に過去に囚われている。それが悪いとは言わない。俺だって、未だに助けられなかったことを思い出す。
だが、折原の場合は身動きがとれないほど自分で自分を縛っているように見える。自分の為に生きるのは難しい。…やりたいことが見つからないならゆっくり探せばいい。時間はまだある」
「……私は、人間じゃない存在と向き合うのを諦めたくない。けど、そういう仕事ってあるのかな?」
祓い屋にはいいイメージがないから論外だ。
それから、人が多い場所やスカートやワンピースの着用を求められる場所に長時間いられない。
「探偵、とか」
「そういう手もあるのか」
「ボディーガード、ライター、検視官…色々ありそうだな」
「先生が経験してきた職業だったりするのか?」
「……まあ、今でも続けているものはある。バレたら当然クビだから、基本的に人間以外からの依頼しか受けてない」
先生は器用だ。怪異としても、教師としても…仲間としても。
「そういえば、どうして先生は先生になろうと思ったんだ?」
「恩師がいた。不治の病で亡くなったが、人を憎まない人だったよ。
家庭環境がよくない俺に毎日声をかけてくれた。…憧れだったのかもな」
先生にもそんな過去があったなんて知らなかった。
だから私や陽向が教室に行かなくても、傷だらけになっている瞬に声をかけたのも、それが理由だったのかもしれない。
「昔話しすぎたな。紅日虹ならこの辺りにあるはずだ」
「ありがとう。いつも行く場所より沢山ある」
宝石のように輝く様々な石には興味なんてない。
紅日虹を少しストックができる程度に採集した。
「予定より早く終わった。先生のおかげだ」
「それなら、」
「早く帰れなんて言わないでくれ。先生の目的地、ここより奥なんだろ?」
しばらくじっと見つめていたが、やがて先生が諦めたように呟く。
「……残りふたつ、見つけていない薬草がある」
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