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第20章『蹴鞠の噂と幸福の鞠人形』
番外篇『足跡を辿って』
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放送室には、様々な人の資料が集まってくる。
私はそれに目を通して噂のヒントに使うことが多いけれど、今回は陽向から頼まれた相手を探していた。
「やっぱり量多いね」
「…詩乃先輩が困っているならなんとかしないと」
安田彩絵という人物の情報を調べてほしい…詩乃先輩が調べられないということは、いつどこで亡くなったかさえ分からないのだろう。
ゆっくり息を吸いこんで持ち歩いている小型マイクに話しかけようとしたけれど、陽向が口に何かを入れてきた。
「むぐ」
「それは最終手段。折角資料あるんだし、俺たちで手分けしたら見つけられるって。
焦らずやろう?先輩だって桜良が無理をして見つけることなんて望んでないだろうから」
口に入れられたマシュマロを噛みながら、目の前の膨大な資料に目を通す。
短期間で見つかるとは思えないけれど、陽向が言うことも一理ある。
「…あった」
「え、早っ!」
「暴走していたのを引き戻せたということは、亡くなってから半年以内の事件や事故、自殺。
…そのなかから名前がありそうな記事を探しただけ」
「やっぱり早いね」
陽向はにこにこしながら記事を読んでいたけれど、その表情に怒りがこもるまでに時間はかからなかった。
「なんだよ、これ…」
「いつの時代も酷いことをする人って一定数いるのね」
そこに書かれていたのは、残酷な現実。
詩乃先輩にどう伝えるか迷っていると、放送室の扉が開けられた。
「どうしたんだ?ふたりとも、顔が真っ青だぞ?」
「あのですね、先輩。今って食前や食直後じゃないですか?」
「違うけど…そうか。そんなに残酷なものだったのか」
陽向の言葉の濁し方で察したらしく、記事にゆっくり目を通していた。
すべて読み終わったらしい詩乃先輩は、ただ一言呟く。
「…あの子は、もっと遊びたかっただろうな」
【家に軟禁状態だったと思われる少女の遺体発見。近所の女子高生の遺体は無残に切り刻まれていた】
【少女は睡眠薬を飲まされた後串刺しにされたとみられ、それを制止しようとした女子高生にも手をかけ…】
【少女の母親は「神に供物を捧げた」「少女を外の世界に出すと穢れるから誰とも接触させなかった」という趣旨の供述をしており…】
とにかくどの記事にも犯行の残忍さと支離滅裂な供述が載せられていた。
「近所のお姉さんが待ってるって言ってたのは、多分殺された女子高生のことだ。
もしかすると、ふたりはこっそり会っていたのかもしれない。…安田彩絵は母親にとってのいい子でいようとしたんだろうな」
「それにしても残酷すぎでしょ。…まあ、俺たちだって家族といい思い出なんてないけど、これはあんまりです」
陽向の言うとおりだ。
陽向はいつも他の血縁者と比較され拒絶された。
私はローレライの力を受け入れてもらえず恐れられている。
放っておいてもらえるだけましなのかもしれない、なんて考えるほどに最悪な事件だった。
詩乃先輩は少し複雑そうな表情をしながら、窓の外に広がる青空を見上げて静かに話す。
「あのふたりが今は幸せにいると信じよう。…せめて花だけでも届けたいな」
「ですね。ふたりがこっちの世界で幸せになる道があったかもしれないんだから、あの世でくらい笑っていてほしいです」
「ありがとう。ふたりのおかげですぐ分かってよかった」
沢山怖い思いをしたはずなのに、詩乃先輩は怪我だらけの体を動かして何かを祈っているような体勢をとっている。
「今度、時間があるときに現場へ行ってみましょう。お供え物ができる祭壇が用意されているらしいので…」
「一緒に来てくれるのか?」
「勿論です。私もご冥福を祈るくらいはしたいです」
「俺も行っていいですか?」
「ふたりとも、ありがとう」
詩乃先輩はただ優しく微笑んで、記事を丁寧にスクラップに綴じてくれた。
今は死者の足跡ばかり見ているけれど、いつか詩乃先輩のことも知りたい。
…そうすれば、時折悲しげな表情を見せる理由が分かるかもしれないから。
私はそれに目を通して噂のヒントに使うことが多いけれど、今回は陽向から頼まれた相手を探していた。
「やっぱり量多いね」
「…詩乃先輩が困っているならなんとかしないと」
安田彩絵という人物の情報を調べてほしい…詩乃先輩が調べられないということは、いつどこで亡くなったかさえ分からないのだろう。
ゆっくり息を吸いこんで持ち歩いている小型マイクに話しかけようとしたけれど、陽向が口に何かを入れてきた。
「むぐ」
「それは最終手段。折角資料あるんだし、俺たちで手分けしたら見つけられるって。
焦らずやろう?先輩だって桜良が無理をして見つけることなんて望んでないだろうから」
口に入れられたマシュマロを噛みながら、目の前の膨大な資料に目を通す。
短期間で見つかるとは思えないけれど、陽向が言うことも一理ある。
「…あった」
「え、早っ!」
「暴走していたのを引き戻せたということは、亡くなってから半年以内の事件や事故、自殺。
…そのなかから名前がありそうな記事を探しただけ」
「やっぱり早いね」
陽向はにこにこしながら記事を読んでいたけれど、その表情に怒りがこもるまでに時間はかからなかった。
「なんだよ、これ…」
「いつの時代も酷いことをする人って一定数いるのね」
そこに書かれていたのは、残酷な現実。
詩乃先輩にどう伝えるか迷っていると、放送室の扉が開けられた。
「どうしたんだ?ふたりとも、顔が真っ青だぞ?」
「あのですね、先輩。今って食前や食直後じゃないですか?」
「違うけど…そうか。そんなに残酷なものだったのか」
陽向の言葉の濁し方で察したらしく、記事にゆっくり目を通していた。
すべて読み終わったらしい詩乃先輩は、ただ一言呟く。
「…あの子は、もっと遊びたかっただろうな」
【家に軟禁状態だったと思われる少女の遺体発見。近所の女子高生の遺体は無残に切り刻まれていた】
【少女は睡眠薬を飲まされた後串刺しにされたとみられ、それを制止しようとした女子高生にも手をかけ…】
【少女の母親は「神に供物を捧げた」「少女を外の世界に出すと穢れるから誰とも接触させなかった」という趣旨の供述をしており…】
とにかくどの記事にも犯行の残忍さと支離滅裂な供述が載せられていた。
「近所のお姉さんが待ってるって言ってたのは、多分殺された女子高生のことだ。
もしかすると、ふたりはこっそり会っていたのかもしれない。…安田彩絵は母親にとってのいい子でいようとしたんだろうな」
「それにしても残酷すぎでしょ。…まあ、俺たちだって家族といい思い出なんてないけど、これはあんまりです」
陽向の言うとおりだ。
陽向はいつも他の血縁者と比較され拒絶された。
私はローレライの力を受け入れてもらえず恐れられている。
放っておいてもらえるだけましなのかもしれない、なんて考えるほどに最悪な事件だった。
詩乃先輩は少し複雑そうな表情をしながら、窓の外に広がる青空を見上げて静かに話す。
「あのふたりが今は幸せにいると信じよう。…せめて花だけでも届けたいな」
「ですね。ふたりがこっちの世界で幸せになる道があったかもしれないんだから、あの世でくらい笑っていてほしいです」
「ありがとう。ふたりのおかげですぐ分かってよかった」
沢山怖い思いをしたはずなのに、詩乃先輩は怪我だらけの体を動かして何かを祈っているような体勢をとっている。
「今度、時間があるときに現場へ行ってみましょう。お供え物ができる祭壇が用意されているらしいので…」
「一緒に来てくれるのか?」
「勿論です。私もご冥福を祈るくらいはしたいです」
「俺も行っていいですか?」
「ふたりとも、ありがとう」
詩乃先輩はただ優しく微笑んで、記事を丁寧にスクラップに綴じてくれた。
今は死者の足跡ばかり見ているけれど、いつか詩乃先輩のことも知りたい。
…そうすれば、時折悲しげな表情を見せる理由が分かるかもしれないから。
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