夜紅の憲兵姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
183 / 302
第20章『蹴鞠の噂と幸福の鞠人形』

第150話

しおりを挟む
「小鞠、よかった…。怪我はない?」
《大丈夫》
《突然いなくなったからみんな心配していたのよ?》
《…ごめんなさい》
手鞠と小鞠が話している間、八尋さんが私に駆け寄ってきて頭を下げた。
「ふたりのことを護ってくれてありがとう。特に詩乃さんが頑張ってくれたんだって、他の人たちから話を聞かせてもらったよ」
「私は特別なことは何もしていません」
色々あったが、ふたりを護りきれたことに対する安堵が1番大きい。
「俺がしっかりしないといけないのに…本当にごめん」
八尋さんは自分の不注意で今回のことがおきたと思っているのかもしれない。
「誰も悪くないです。八尋さんがそんなふうに落ちこんでいたら、小鞠がずっと気にします。
手鞠だって自分がしっかりしないとって自分を責めるだろうから、申し訳ないってあんまり思わないでほしいです」
「そうか…。分かった。ふたりを助けてくれてありがとう」
それから幸福の鞠人形たちは八尋さんに抱えられ、そのまま監査室を去っていく。
《お世話になりました》
《ばいばい》
「うん。また」
扉が閉まった直後、体から力が抜ける。
「先輩、取り敢えず座ってください」
「ごめん。そうさせてもらうよ」
様子を見ていてばれたのか、先生が救急箱を持って駆け寄ってくる。
「右手と左足、できるだけ動かすな」
「…ごめん」
「もう少し怪我を減らせれば上出来なんだがな」
先生は苦笑しながら、慣れた手つきで消毒液をガーゼに染みこませる。
「岡副、木嶋。今夜はもう帰った方がいい」
「でも、」
「折原は俺が見ておくから心配するな」
「先生がいるなら安心ですね。お疲れ様です!」
「おやすみなさい」
「お疲れ。ふたりとも、ありがとう」
ふたりは手を繋いで部屋を出る。
「詩乃ちゃん、大丈夫?」
「私は平気だよ。瞬たちは怪我してないか?」
「してないよ、してないけど、詩乃ちゃんが傷ついてるのを見ると心が痛い」
そんなふうに話す瞬を見て申し訳なく思った。
もう少し力をつけられれば怪我を減らせるだろうか。
「取り敢えず今夜は宿直室のベッドで横になってろ。誰か来てもドアを開けなくていいから。いいな?」
先生の有無を言わさぬ言葉に、ただ頷くことしかできない。
布団に入ったものの、ほとんど眠れずに朝を迎えた。
「建物が古くて助かったな」
「…ごめん。まさかあそこまですごいことになるとは思ってなかったんだ」
翌朝、明るくなってから確認した体育館の損傷はかなり酷いものだった。
古かったこともあり、突如崩落したということで話がまとまったらしい。
「先輩、おはようございます」
「おはよう」
「旧校舎の体育館、立入禁止になってしまいましたね」
「そうだな」
そういえば、まだあの人形に宿っていた魂について調べていない。
「後で調べ物につきあってほしいんだけど、いいかな?」
「俺でよければ全然手伝います!」
「ありがとう。頼りにしてる」
私ひとりで調べるにはあまりに時間がかかる。
相手のためにもどんな人物なのかできるだけ早く知りたい。
「何かあったらすぐ言え」
「ありがとう。だけど、先生も少し休んだ方がいいと思う」
「まあ、これから新月の日くらいは休みたいところだな」
先生は苦笑を残して職員室の方へ歩きだす。
生徒たちが体育館の前でざわつきはじめたところで監査室に向かう。
「昨日の相手、強かったんですね」
「満月だったら私は今ここに立ってなかったと思う」
「先輩がそれを言うなんて、本当に強かったんですね。俺も行けばよかったな…」
まだ少し寒さを感じてズボンのポケットに手を入れると、昨夜見つけたものが指先に触れる。
何度思い出しても不快な思いがこみあげてしまう。
「先輩?」
「ごめん、なんでもない」
この紙に対する感情を、今は笑顔の底に沈めておこう。
何故ここまでして私にちょっかいをかけてくるのだろうか。
わら半紙を強く握りしめた手から血が滲んだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...