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第20章『蹴鞠の噂と幸福の鞠人形』
第149話
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燃やして、燃やして、ひたすら燃やして…火炎刃をふるう度、人形の口から悲鳴があがる。
『先輩、俺行き、』
「来るな。みんなは小鞠たちのところに何も来ないかしっかり護っててくれ」
インカムにそうはっきり告げ、真っ直ぐ人形に手を伸ばす。
「この呪いみたいなものは私が全て焼き祓うから、気にしなくていい」
やるしかない。相手に痛みを与えることになると分かっていても、これ以外方法が思いつかなかった。
《駄目、私、イイ子デ…》
「いい子じゃなくてもいいんだ。相手を傷つけることじゃなければ、好きにしていいんだよ」
《遊ンで、いいの?》
「もういいんだ。…そうだ、名前を聞かせてくれないか?」
《私…私は……》
その瞬間、体育館の壁の一部が崩れだした。
下敷きになれば無事ではすまないが、もう動けるほど体力が残っていない。
痛みと衝撃に備えていたが、いつまでたってもやってこなかった。
恐る恐る目を開けると、私の体は人形の腕に包まれている。
「どうして…」
《人形だから、痛くないの。私の話を聞いてくれたの、近所のお姉さん以外で初めてだった。
本当はこの体の動きを止めたかったけど、そこまでの時間はないみたい。私は安田彩絵。話せてよかった》
人形からふっと力が抜け、その瞳にはもう何も映していない。
…私はまた死なせてしまったのだろうか。
そのまましゃがみこみかけたところで、誰かに袖を引っ張られる。
何事かと思ったら、朱色の着物がふわりと舞った。
「小鞠?どうしてここに…」
《……》
小鞠が手をかざした瞬間、頭上を一筋の光がはしっていく。
「…よかった。成仏できたんだな」
《あの人、幸せ》
「うん。これからきっと幸せになれるよ」
小鞠はほっとしたように笑ったが、これはこれでまずい状況だ。
「小鞠、もう少し離れていてくれ」
私の指示に従ってくれたらしく、不安げな表情を浮かべたままとてとてと距離をとってくれた。
野放しになった人形が私の首に手をかけるのとほぼ同時に、残っていた札をかざす。
「──爆ぜろ」
ただの器になった人形相手なら攻撃しやすい。
さらさらと砂のようにその場で崩れた人形の欠片に触れようとしたが、手を伸ばしたところで手足に鈍い痛みがはしる。
いつもなら普通の人間に影響がないよう気をつけているが、今回はそういうわけにもいかなかった。
『先輩、終わったんですか?大丈夫ですか?さっき大きな音がしましたけど…』
「終わった。一応、終わったよ」
『こっちも終わりました。敵が弱っちかったので助かりました』
「そうか。…そうだ、こっちに小鞠が来ているんだ。今からそっちに向かうよ」
《あ……》
「大丈夫だから、そんなに心配しないでくれ。大した傷じゃない」
実のところ手首が痺れているし頭がふらついているし、もう少し休んでいたい気持ちもある。
だが、ここに長居するのは危険な気がした。
《これ》
「何か気になるものがあったのか?」
小鞠が指さした先にあったものに見覚えがある。
拾ってみると、嫌な予感が的中してしまった。
見覚えがある陣の図と、人々を狂わせてしまう千切られたわら半紙。
『先輩?』
「ごめん、これからそっちに戻るよ」
『いやいや、これから迎えに行きますよ!だって先輩、ぼろぼろでしょ?』
「まあ、いつもよりは手こずったかな」
不安要素を増やしたくなくて、曖昧な返事をしてしまう。
「先生たちは大丈夫そうかな?」
『さっき会ったときぴんぴんしてましたよ。いつもより弱いのはお互い様だったから助かったって…先生らしいですよね』
「そうだな」
小鞠を抱きあげると、今にも泣き出しそうな顔で私をじっと見ている。
《痛い》
「大丈夫だよ。小鞠が気にすることじゃない。さっきは寧ろ助けられた。
私だけだったら人形に融合されていた魂を救えなかった。…助けてくれてありがとう」
小鞠の頭を血がついていない方の手で撫でると、少しだけ笑ってくれた。
歩こうとしたが真っ直ぐ歩ける自信がない。
そんななか、体育館に大声が響く。
「な、なんじゃこりゃ!?先輩、大丈夫…じゃないし!小鞠は俺が運びます。歩けますか?」
「多分」
「他に誰か呼んでくればよかったかな…」
陽向に肩を貸してもらいながら、なんとかその場を後にする。
真っ暗な空では星々がいつもより輝きを増していて、少しだけ明るい気分になれた。
『先輩、俺行き、』
「来るな。みんなは小鞠たちのところに何も来ないかしっかり護っててくれ」
インカムにそうはっきり告げ、真っ直ぐ人形に手を伸ばす。
「この呪いみたいなものは私が全て焼き祓うから、気にしなくていい」
やるしかない。相手に痛みを与えることになると分かっていても、これ以外方法が思いつかなかった。
《駄目、私、イイ子デ…》
「いい子じゃなくてもいいんだ。相手を傷つけることじゃなければ、好きにしていいんだよ」
《遊ンで、いいの?》
「もういいんだ。…そうだ、名前を聞かせてくれないか?」
《私…私は……》
その瞬間、体育館の壁の一部が崩れだした。
下敷きになれば無事ではすまないが、もう動けるほど体力が残っていない。
痛みと衝撃に備えていたが、いつまでたってもやってこなかった。
恐る恐る目を開けると、私の体は人形の腕に包まれている。
「どうして…」
《人形だから、痛くないの。私の話を聞いてくれたの、近所のお姉さん以外で初めてだった。
本当はこの体の動きを止めたかったけど、そこまでの時間はないみたい。私は安田彩絵。話せてよかった》
人形からふっと力が抜け、その瞳にはもう何も映していない。
…私はまた死なせてしまったのだろうか。
そのまましゃがみこみかけたところで、誰かに袖を引っ張られる。
何事かと思ったら、朱色の着物がふわりと舞った。
「小鞠?どうしてここに…」
《……》
小鞠が手をかざした瞬間、頭上を一筋の光がはしっていく。
「…よかった。成仏できたんだな」
《あの人、幸せ》
「うん。これからきっと幸せになれるよ」
小鞠はほっとしたように笑ったが、これはこれでまずい状況だ。
「小鞠、もう少し離れていてくれ」
私の指示に従ってくれたらしく、不安げな表情を浮かべたままとてとてと距離をとってくれた。
野放しになった人形が私の首に手をかけるのとほぼ同時に、残っていた札をかざす。
「──爆ぜろ」
ただの器になった人形相手なら攻撃しやすい。
さらさらと砂のようにその場で崩れた人形の欠片に触れようとしたが、手を伸ばしたところで手足に鈍い痛みがはしる。
いつもなら普通の人間に影響がないよう気をつけているが、今回はそういうわけにもいかなかった。
『先輩、終わったんですか?大丈夫ですか?さっき大きな音がしましたけど…』
「終わった。一応、終わったよ」
『こっちも終わりました。敵が弱っちかったので助かりました』
「そうか。…そうだ、こっちに小鞠が来ているんだ。今からそっちに向かうよ」
《あ……》
「大丈夫だから、そんなに心配しないでくれ。大した傷じゃない」
実のところ手首が痺れているし頭がふらついているし、もう少し休んでいたい気持ちもある。
だが、ここに長居するのは危険な気がした。
《これ》
「何か気になるものがあったのか?」
小鞠が指さした先にあったものに見覚えがある。
拾ってみると、嫌な予感が的中してしまった。
見覚えがある陣の図と、人々を狂わせてしまう千切られたわら半紙。
『先輩?』
「ごめん、これからそっちに戻るよ」
『いやいや、これから迎えに行きますよ!だって先輩、ぼろぼろでしょ?』
「まあ、いつもよりは手こずったかな」
不安要素を増やしたくなくて、曖昧な返事をしてしまう。
「先生たちは大丈夫そうかな?」
『さっき会ったときぴんぴんしてましたよ。いつもより弱いのはお互い様だったから助かったって…先生らしいですよね』
「そうだな」
小鞠を抱きあげると、今にも泣き出しそうな顔で私をじっと見ている。
《痛い》
「大丈夫だよ。小鞠が気にすることじゃない。さっきは寧ろ助けられた。
私だけだったら人形に融合されていた魂を救えなかった。…助けてくれてありがとう」
小鞠の頭を血がついていない方の手で撫でると、少しだけ笑ってくれた。
歩こうとしたが真っ直ぐ歩ける自信がない。
そんななか、体育館に大声が響く。
「な、なんじゃこりゃ!?先輩、大丈夫…じゃないし!小鞠は俺が運びます。歩けますか?」
「多分」
「他に誰か呼んでくればよかったかな…」
陽向に肩を貸してもらいながら、なんとかその場を後にする。
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