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第20章『蹴鞠の噂と幸福の鞠人形』
第144話
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「詩乃先輩、おかえりなさい」
「ただいま。待っててくれてありがとう。先に寝てるとばかり思ってたから、悪いことしちゃったな」
ほとんどがすやすやと寝息をたてるなか、桜良と鞠人形たちだけが起きていた。
「先生が寝てるところ、あんまり見たことがなかったから新鮮だな」
「そうですね」
「ふたりは寝ないのか?もしかして、考え事をしていて眠れないとか」
いつもと違う環境で眠れないということもある。
夜ふかしするならつきあおうと思っていると、小鞠が口を開いた。
《…おはなし》
「え?」
《小鞠、それは流石に、》
《おはなし、聞きたい》
「絵本とか小説とか、そういうので構わないの?」
《ごめんなさい。小鞠が眠れないとき、あの人が絵本の話を聞かせてくれるの。
今は明日あの人にどうやって謝ろうか考えているうちに不安になったみたい》
「八尋さんはいい人だから許してくれると思うけど…。まあ、不安が拭えないなら小話をすることはできる」
読み聞かせなんて長いことしていないから上手くはできないだろうが、なんとか不安を取り除いてやりたい。
「──昔、あるところに少女がおりました。彼女はひとりで平穏な日々を過ごしていましたが、村が魔王に襲われてしまいます。
『この村の全てを滅ぼしてやる』…そう話す魔王に、少女はひとりで立ち向かいます」
そこまで話したところでチラ見すると、途中までわくわくした様子で聞いていた小鞠もうつらうつらしていた手鞠もぐっすり眠っていた。
「お疲れ様です」
「ありがとう」
起こさないように小声で話す。
「まだ寝なくて平気なのか?」
「はい。それより、聞いてほしい話があって…」
そのためにずっと待っていてくれたのだろうか。
陽向ではなく私に聞いてほしいのには理由があるのかもしれない。
「構わないよ。怪異関連のことか?」
「実は、おかしな噂が広がっているみたいなんです。蹴鞠の噂と呼ばれているみたいでした。
隠された3人目の人形が友だちを探しているらしい、というもので…放送をかけてほしいと訪ねてきた1年生が消えました」
消えたというのはそのままの意味なんだろう。
そんな生徒ははじめからいなかった、という扱いになっているのかもしれない。
「タイミングがよすぎるな」
「私もその子たちを見て思ったんです。狙われているなら力になりたい。だけど、私だけじゃ役に立たないから…ごめんなさい」
「謝る必要なんてない。寧ろ頼ってもらえて嬉しいよ」
申し訳なさそうにしている桜良の側に、いつの間にか蒼い着物を纏った付喪神がちょこんと座っていた。
「…ごめん、起こしたか?」
《またあの男なの?》
「手鞠はあの男を知ってるんだったな。断言はできないけど、多分そうだと思う」
《あまり思い出したくないけれど…あの人がやっつけたはずなのに、どうしてまだ噂を変えられるの?》
深碧から依頼を受けたとき、八尋さんは完全に断ち切れていなかったらしいと瑠璃が言っていた。
詳しいことは分からないが、手鞠もあの男に噂を変えられた被害者だとしたら恐怖を抱くのも無理はない。
「心配しなくていい。明日の夜八尋さんが迎えに来るまできっちり護るし、広がっている噂についてもちゃんと調べる」
《本当?》
「詩乃先輩はすごい。だから、あなたたちを苦しめるものを祓ってくれる。
私もできることはせいいっぱいやる。あなたたちを護らせて」
《…この場所には、心優しい人が集まってくるのね》
手鞠はそう小さく呟くと、桜良の手を握りもう一方の手を私に向かって伸ばした。
《ふたりにあげる。その鈴、効果があると思うから》
「ありがとう。大切にするよ」
「私も。可愛らしい鈴ね」
《一応お守りなの。…それから、私たちにも戦う術はあるから一緒に戦わせて。小鞠は私が護る》
すやすやと寝息をたてている小鞠を見つめながら、手鞠は決意をはっきり口にする。
相手は蹴鞠の噂なんて呼ばれている存在だ。
あの紙の意味を理解しつつ、一先ず明日取り掛かることを決めた。
「生徒が消えているなら一大事だ。明日は部活の生徒以外はほとんどいないはずだから、そのうちに蹴鞠の噂と決着をつけよう」
「ただいま。待っててくれてありがとう。先に寝てるとばかり思ってたから、悪いことしちゃったな」
ほとんどがすやすやと寝息をたてるなか、桜良と鞠人形たちだけが起きていた。
「先生が寝てるところ、あんまり見たことがなかったから新鮮だな」
「そうですね」
「ふたりは寝ないのか?もしかして、考え事をしていて眠れないとか」
いつもと違う環境で眠れないということもある。
夜ふかしするならつきあおうと思っていると、小鞠が口を開いた。
《…おはなし》
「え?」
《小鞠、それは流石に、》
《おはなし、聞きたい》
「絵本とか小説とか、そういうので構わないの?」
《ごめんなさい。小鞠が眠れないとき、あの人が絵本の話を聞かせてくれるの。
今は明日あの人にどうやって謝ろうか考えているうちに不安になったみたい》
「八尋さんはいい人だから許してくれると思うけど…。まあ、不安が拭えないなら小話をすることはできる」
読み聞かせなんて長いことしていないから上手くはできないだろうが、なんとか不安を取り除いてやりたい。
「──昔、あるところに少女がおりました。彼女はひとりで平穏な日々を過ごしていましたが、村が魔王に襲われてしまいます。
『この村の全てを滅ぼしてやる』…そう話す魔王に、少女はひとりで立ち向かいます」
そこまで話したところでチラ見すると、途中までわくわくした様子で聞いていた小鞠もうつらうつらしていた手鞠もぐっすり眠っていた。
「お疲れ様です」
「ありがとう」
起こさないように小声で話す。
「まだ寝なくて平気なのか?」
「はい。それより、聞いてほしい話があって…」
そのためにずっと待っていてくれたのだろうか。
陽向ではなく私に聞いてほしいのには理由があるのかもしれない。
「構わないよ。怪異関連のことか?」
「実は、おかしな噂が広がっているみたいなんです。蹴鞠の噂と呼ばれているみたいでした。
隠された3人目の人形が友だちを探しているらしい、というもので…放送をかけてほしいと訪ねてきた1年生が消えました」
消えたというのはそのままの意味なんだろう。
そんな生徒ははじめからいなかった、という扱いになっているのかもしれない。
「タイミングがよすぎるな」
「私もその子たちを見て思ったんです。狙われているなら力になりたい。だけど、私だけじゃ役に立たないから…ごめんなさい」
「謝る必要なんてない。寧ろ頼ってもらえて嬉しいよ」
申し訳なさそうにしている桜良の側に、いつの間にか蒼い着物を纏った付喪神がちょこんと座っていた。
「…ごめん、起こしたか?」
《またあの男なの?》
「手鞠はあの男を知ってるんだったな。断言はできないけど、多分そうだと思う」
《あまり思い出したくないけれど…あの人がやっつけたはずなのに、どうしてまだ噂を変えられるの?》
深碧から依頼を受けたとき、八尋さんは完全に断ち切れていなかったらしいと瑠璃が言っていた。
詳しいことは分からないが、手鞠もあの男に噂を変えられた被害者だとしたら恐怖を抱くのも無理はない。
「心配しなくていい。明日の夜八尋さんが迎えに来るまできっちり護るし、広がっている噂についてもちゃんと調べる」
《本当?》
「詩乃先輩はすごい。だから、あなたたちを苦しめるものを祓ってくれる。
私もできることはせいいっぱいやる。あなたたちを護らせて」
《…この場所には、心優しい人が集まってくるのね》
手鞠はそう小さく呟くと、桜良の手を握りもう一方の手を私に向かって伸ばした。
《ふたりにあげる。その鈴、効果があると思うから》
「ありがとう。大切にするよ」
「私も。可愛らしい鈴ね」
《一応お守りなの。…それから、私たちにも戦う術はあるから一緒に戦わせて。小鞠は私が護る》
すやすやと寝息をたてている小鞠を見つめながら、手鞠は決意をはっきり口にする。
相手は蹴鞠の噂なんて呼ばれている存在だ。
あの紙の意味を理解しつつ、一先ず明日取り掛かることを決めた。
「生徒が消えているなら一大事だ。明日は部活の生徒以外はほとんどいないはずだから、そのうちに蹴鞠の噂と決着をつけよう」
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