夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第19章『深淵少女』

番外篇『霧の中、闇の中』

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「お疲れ様でした」
「折原さん、少しいいかな?」
「…何かありましたか?」
保護猫カフェのバイト終わり、真っ白な四角い枠の紙を丸めたくなりながら息を吐く。
また迷いごとが増え、ただただ戸惑う。
自分に未来があるなんて思っていなかった。
だから、なりたいものを考えたことがなかったんだ。
ましてや、もしよかったら正社員にならないかなんて声をかけてもらえるとは思っていなかった。
「……ちゃん、詩乃ちゃん」
「ごめん。ぼうっとしてた」
私の足は無意識のうちに監査部へ向いていた。
淡々と書類をこなしていれば、何も考えずにすむから。
「ねえ、何かあったの?」
「瞬が心配するようなことじゃないよ」
「あくまで僕の直感なんだけど…詩乃ちゃん、世界に絶望した顔をしてたんだ」
「え、そんな顔してたか?」
「やっぱり無自覚なんだね」
そんなに酷い顔をしているのを見られては大変だ。
最近は自然と笑顔になれることが多かったから演じるのをやめていたが、そういうわけにもいかないらしい。
「…瞬、ひとつ訊いてもいいか?」
「僕でいいなら頑張って答えるよ」
あったかもしれない未来を想像するなんて辛いかもしれない。
そう思ったが、色々な人の意見を聞いてみたくなった。
「もし今生きていたら、どんな仕事に就きたかった?」
「天文学者か学芸員さん。勿論星専門ね!僕を地獄から救ってくれたのは空で、綺麗な星を見てると心が安らいでたから。
…先生に会う前は、そこにしか救いを求められなかったからかな?」
愚問だったと心で呟きつつ、夢を語る瞬の姿は眩しかった。
きらきら明るい未来を見つめている話で、それはまるで空に輝く一等星のようだ。
「だけど、今も楽しいよ。詩乃ちゃんがいて、ひな君がいて、桜良ちゃんや猫さんがいて…先生とも、ちゃんと話せてる。
だから今は、これはこれでよかったのかも、なんて…」
「そうか。話してくれてありがとう」
「どうしてこんなことを聞きたかったの?」
「なんとなく、かな」
瞬はそれ以上深く追及しないでいてくれた。
もしかすると、それが分かっていたから話を聞きたいと思ったのかもしれない。
「でも、極論死ぬのはいつでもできるから…詩乃ちゃんには、人間のまま生きていてほしいな」
「心配しなくても死ぬつもりはないよ。今は充実してるし、毎日楽しい」
そう答えたところで自分の本心に気づいてしまった。
恐らく私は死にたいわけではない。…人間でいることが嫌になっただけなんだ。
「悩みごとがあるなら相談して。僕でよければ力にならせてほしいんだ」
「ありがとう。だけど、もう少しひとりで考えてみたいんだ。具体的な答えが見つかったわけじゃないけど、なんとなく道筋が見えたから。
ありがとう。瞬が話を聞かせてくれたおかげだ」
「役に立てたならよかった」
瞬が去った後、こっそり職員室の担任教師の机に枠だけが印刷された紙を真っ白なまま提出した。
進路希望調査というタイトルが大きく書かれているそれは、今の私にはまだ重い。
……どうしても明るい未来が思い描けないから。


空欄のまま提出された紙を見た教師は、小さく息を吐く。
白衣に隠れていた黒猫が教師に問いかける。
《あの子のところに行くの?》
「俺にできることはない。ただ、側にいて手助けするくらいならできるだろ」
《昔から本当にお人好しよね。まあ、私もあの子には恩があるし手伝ってあげないこともないわ》
「俺だけではどうしようもないと判断したら、そのときは頼むことになるかもしれない」
「室星先生?」
「すみません、白井先生。保健室で話がしたいということでしたよね。すぐ行きます」
教師は養護教諭の後をついていきながら、救えなかった生徒の話を思い返す。
保健室の中にいた生徒に声をかけると、その生徒は怯えた様子で話した。
「先生たちは信じてくれないだろうけど…私、見ちゃったんです。
古いノートを持った男の人が校舎をうろつきながら、にたにた笑っているのを……」
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