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第19章『深淵少女』
第141話
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【詩乃、また辛いことを我慢していたの?お母さんには隠さなくていいの。
話したくなかったら無理にとは言わないけど、詩乃の話も沢山聞かせてほしいな】
昔言われたことがある言葉。今は亡き懐かしい人物。
これは夢なんだとすぐ理解した。
「……お母さん、私は平気だよ」
あの頃と同じことを答えると、目の前のお母さんの顔が歪む。
どうして悲しんでいるのか、私には分からなかった。
笑ってほしかったのに、どう答えるのが正解だったんだろう。
「…起きたか」
「先生…陽向は?」
「おまえが起きないって騒ぐから放送室に行ってもらってる。
妹には今夜は帰れない事情ができたと連絡しておいた。俺から連絡したからちゃんと読んだか怪しいが、多分大丈夫だろう」
「そうか、もう朝なんだな。お弁当の具、詰めに帰りたかった」
これから帰っていては間に合わない。
冷蔵庫の中を見て気づいているとは思うが心配だ。
だが、折角授業が午前中で終わるのに出席点を稼がない理由はない。
「今日はできるだけ安静にするように」
「うん。…あの女子生徒、学校にいじめがあるって知らせてこれ以上被害者を出さない為に電車に飛びこんだんだって。
1番人が乗っていない時間に飛びこんだけど、運転手に迷惑をかけたって話してた」
「成仏させたのか?」
「なんとかそこまでもっていけたよ」
「…そうか」
他校のことを調べるのは難しいかもしれない。
それでも、無念を晴らすためにできる限りのことをしよう。
あの子は…梅田菜穂は、大切な人たちに出会えていなかったら私が辿っていたかもしれない道を選んだから。
「これ以上ってことは、梅田菜穂の前にもいたってことか?」
「皐月って呼んでたけど、フルネームは分からない。心を壊されたって言ってた。友人だったみたいだ」
「…その一件、俺に預けてくれないか?」
「調べてくれるのか?」
たしかに教員という立場なら怪しまれることはないだろう。
だが、このまま先生に甘えてしまっていいのだろうか。
「…生徒の名前に覚えがある。近々通信制の見学に来たいと願書を受け取りに来た生徒と名前が同じだ」
「つまり、引き継ぎ作業があるなら向こうの学校に出向いてもおかしいことはないってことか」
「そういうことになるな」
「それなら私は、皐月という人が転校してきたときに受け入れられるよう準備しておく」
「頼む」
定時制も通信制も、後期入学の生徒たちは何かしら事情を抱えた人が多い。
その人たちが学園生活を楽しめるようサポートするのも監査部の仕事だ。
『…詩乃先輩』
「桜良か。どうかしたのか?」
『痛いところはありませんか?』
「ないよ。心配かけてごめん」
『ほんとですよ。先輩はむちゃしすぎです』
「陽向には言われたくないな」
ふたりが本気で心配してくれていたことはラジオ越しでも伝わってくる。
申し訳ないと思いつつ、こみあげてきた感情については話さなかった。
「先生、少しだけひとりにしてくれないか?」
「何かあったのか?」
「ちょっと整理したい。色々ありすぎて頭が追いついてないんだ」
「……分かった」
先生の苦しげな表情に胸が締めつけられる。
自分では力になれないと思わせてしまったのかもしれない。
梅田菜穂と向き合ったことで、忘れようとしていた感情がわきあがってしまった。
「…私はやっぱり、生きていたくないんだな」
こんな疑問、誰にぶつけていいのか分からない。
答えが見つかってほしいが、そう簡単にはいかないだろう。
苦い本音を噛み殺すようにポケットに入れていたチョコレートを噛み砕く。
それはただの苦い塊でしかなかったが、暗い感情とともになんとか飲みこむことができた。
「ごめん。お待たせ」
「俺は構わないが…」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「あまり抱えすぎるな。話を聞いて、一緒に悩むくらいはできるから」
「ありがとう」
真っ暗になった校舎、監査室のベッドで横になる。
不安に押し潰されそうだなんて、本当にらしくない。
梅田菜穂を救えた。今はそれで良しとしよう。
消えたままの具現化ノートに、いつ来てもおかしくない神宮寺義仁…そして、クラスで耳にした噂。
「…異界への階段、放っておけないよな」
またおかしな噂が流れる前に、立ち止まるより行動しよう。
そう心に決めてぎゅっと目を閉じた。
話したくなかったら無理にとは言わないけど、詩乃の話も沢山聞かせてほしいな】
昔言われたことがある言葉。今は亡き懐かしい人物。
これは夢なんだとすぐ理解した。
「……お母さん、私は平気だよ」
あの頃と同じことを答えると、目の前のお母さんの顔が歪む。
どうして悲しんでいるのか、私には分からなかった。
笑ってほしかったのに、どう答えるのが正解だったんだろう。
「…起きたか」
「先生…陽向は?」
「おまえが起きないって騒ぐから放送室に行ってもらってる。
妹には今夜は帰れない事情ができたと連絡しておいた。俺から連絡したからちゃんと読んだか怪しいが、多分大丈夫だろう」
「そうか、もう朝なんだな。お弁当の具、詰めに帰りたかった」
これから帰っていては間に合わない。
冷蔵庫の中を見て気づいているとは思うが心配だ。
だが、折角授業が午前中で終わるのに出席点を稼がない理由はない。
「今日はできるだけ安静にするように」
「うん。…あの女子生徒、学校にいじめがあるって知らせてこれ以上被害者を出さない為に電車に飛びこんだんだって。
1番人が乗っていない時間に飛びこんだけど、運転手に迷惑をかけたって話してた」
「成仏させたのか?」
「なんとかそこまでもっていけたよ」
「…そうか」
他校のことを調べるのは難しいかもしれない。
それでも、無念を晴らすためにできる限りのことをしよう。
あの子は…梅田菜穂は、大切な人たちに出会えていなかったら私が辿っていたかもしれない道を選んだから。
「これ以上ってことは、梅田菜穂の前にもいたってことか?」
「皐月って呼んでたけど、フルネームは分からない。心を壊されたって言ってた。友人だったみたいだ」
「…その一件、俺に預けてくれないか?」
「調べてくれるのか?」
たしかに教員という立場なら怪しまれることはないだろう。
だが、このまま先生に甘えてしまっていいのだろうか。
「…生徒の名前に覚えがある。近々通信制の見学に来たいと願書を受け取りに来た生徒と名前が同じだ」
「つまり、引き継ぎ作業があるなら向こうの学校に出向いてもおかしいことはないってことか」
「そういうことになるな」
「それなら私は、皐月という人が転校してきたときに受け入れられるよう準備しておく」
「頼む」
定時制も通信制も、後期入学の生徒たちは何かしら事情を抱えた人が多い。
その人たちが学園生活を楽しめるようサポートするのも監査部の仕事だ。
『…詩乃先輩』
「桜良か。どうかしたのか?」
『痛いところはありませんか?』
「ないよ。心配かけてごめん」
『ほんとですよ。先輩はむちゃしすぎです』
「陽向には言われたくないな」
ふたりが本気で心配してくれていたことはラジオ越しでも伝わってくる。
申し訳ないと思いつつ、こみあげてきた感情については話さなかった。
「先生、少しだけひとりにしてくれないか?」
「何かあったのか?」
「ちょっと整理したい。色々ありすぎて頭が追いついてないんだ」
「……分かった」
先生の苦しげな表情に胸が締めつけられる。
自分では力になれないと思わせてしまったのかもしれない。
梅田菜穂と向き合ったことで、忘れようとしていた感情がわきあがってしまった。
「…私はやっぱり、生きていたくないんだな」
こんな疑問、誰にぶつけていいのか分からない。
答えが見つかってほしいが、そう簡単にはいかないだろう。
苦い本音を噛み殺すようにポケットに入れていたチョコレートを噛み砕く。
それはただの苦い塊でしかなかったが、暗い感情とともになんとか飲みこむことができた。
「ごめん。お待たせ」
「俺は構わないが…」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「あまり抱えすぎるな。話を聞いて、一緒に悩むくらいはできるから」
「ありがとう」
真っ暗になった校舎、監査室のベッドで横になる。
不安に押し潰されそうだなんて、本当にらしくない。
梅田菜穂を救えた。今はそれで良しとしよう。
消えたままの具現化ノートに、いつ来てもおかしくない神宮寺義仁…そして、クラスで耳にした噂。
「…異界への階段、放っておけないよな」
またおかしな噂が流れる前に、立ち止まるより行動しよう。
そう心に決めてぎゅっと目を閉じた。
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