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第19章『深淵少女』
第140話
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お花見がお開きになった後、瞬に肩をたたかれ立ち止まる。
「詩乃ちゃん、あのね…僕にできるのはこれくらいだけど、もらってくれたら嬉しいな」
そう言って微笑む瞬の手にはミサンガが握られていた。
「本当にもらっていいのか?」
「勿論!その為に用意したものだから。…ちょっとしたおまじないがかけてあるんだ。
いつもお世話になりっぱなしだからお礼がしたくて、先生から借りた本を参考に作ってみたんだけど…いらなかったら捨てて」
瞬の頭を撫でながら、夜空とそこに散りばめられた星のような糸で作られたミサンガを受け取る。
「一生懸命用意してくれたものをいらないなんて思わない。ありがとう」
そうして受け取ったものの、なくすのが嫌でずっと制服のポケットに仕舞っておいたのだ。
《教科書も、お気に入りのキーホルダーも、体操服も、鋏で切り刻まれてた!
あいつらは大人の前ではいい子だから、教師はみんな信じてくれない!》
少女は届かない攻撃を繰り出しながら話を続ける。
《あの子の心が壊れたら学校は隠蔽した!それをバラそうとしたら今度は私…。
次の犠牲者が出るくらいなら、私なんかいなくていい!世間が無視できないように、問題と向きあってくれることを願って電車に飛びこんだの!》
結界のようなものが壊れる気配はない。
それでも少女の邪気は広がり続けている。
《皐月にもう1度笑ってほしかった。あいつらに罰を受けさせたかった。
親に見向きもされない私たちの現状を世間にばらして、あの学校の問題を公にしてやろうと思ったの。あいつらの人生なんて滅茶苦茶になればいい!》
私には、彼女を消すことはできない。
普通なら消すだろう。これだけ暴走している相手と話し合うなんて考えず、消した方が早いのも分かる。
それでも、どれだけ不利な状況だとしても、目の前の少女がばらばらになりそうな体で叫ぶ言葉を受け止めたい。
「気持ちは分かるけど、他の人を呪ったらそいつらと同類だ。綺麗事だって思われるかもしれないけど、その優しい手を人を傷つけるのに使わないでほしい」
《幸せそうに生きているあなたに何が分かるの?》
「…たしかにおまえよりは幸せだろうな。家では妹が待ってて、友人や支えてくれる仲間がいて…」
《ほら、やっぱり分かってない!》
夜空にひびが入る。今の私には優しい妹がいて、大切な友人がいて、かけがえのない仲間に囲まれて幸せだ。
だからこそ、救えなかった命の重みを忘れられない。
火炎刃の用意をして真っ直ぐ少女を見つめる。
「けど、1度失ったものを忘れられない辛さは分かる。救えなかった苦しみも分かる。消えたくなるのも分かる」
お母さんを救えなかった罪も、話が通じない相手を薙ぎ払ってきた罪も消えない。
私が生きているのは、穂乃や周りの人たちに笑っていてほしいからだ。
…それがなくなったら、もうどうでもいい。
私なんかいなくてもこの世界はまわっていくし、人がひとりいなくなったところでいつかは忘れられる。
たまたま運良くいい人たちに囲まれているから今は消えないと思わない。ただそれだけなのだ。
「辛かったな。怖かったな。…ごめん。もっと早く気づければ救えたかもしれないのに」
火炎刃で周囲の邪気を祓いながら梅田菜穂を抱きしめる。
辛い、苦しい、消えたい…大切な人を護れなかった後悔も含めて理解できないものが見当たらなかった。
届くかどうかなんて分からないけど、そのまま放っておくことなんてできない。
《……私のこと、本当に分かってくれたの?》
「全部は分かってないと思うけど、なんとなくは理解したつもりだ」
《私なんかに、寄り添ってくれたの…?》
「梅田菜穂という人物を知りたいって思ったけど、ちゃんと寄り添えてたかな?」
《…誰にも、伝わらないと思ってた。私や皐月の痛みなんて、分からないだろうって…運転手さんにも悪いことしちゃったな》
目に涙を浮かべた少女は、ふたつの光に向かって飛びこむ。
「待ってくれ!」
《ありがとう。あなたが私を看取ってくれて、寄り添ってくれて本当に嬉しかった。
…いつか皐月に、きらきらした日々が──》
その先は電車のブレーキ音でかき消され、目の前から浄化の光が溢れる。
ぎりぎりのところで消滅ではなく成仏していったらしい。
「…心臓がいくつあっても足りないな」
いつの間にか周りの景色が元に戻っていて、そのまま電車を降りる。
…今回も助けられないかもしれないと思っていた。
梅田菜穂の心を掬いあげることはできただろうか。
優しい心を持った彼女を救えたと信じたい。
「先輩!」
「陽向?なんでここに、」
「先輩がひとりで行っちゃったって聞いたからです。…流石に今回は怒ってますから」
「あの少女を救えたから、怒られてもいい」
「もうちょっと自分を大切にしてください」
なんとか答えようとしたところで限界がきて、その場に崩れ落ちそうになる。
陽向に体を支えられたと思っていたが、陽向より更に背が高い。
「責めないでやってくれ。折原は──」
「そうだとしても、──です」
途切れ途切れに聞こえてくる言葉に意識を集中させることもなく、私の意識は闇にひきずりこまれた。
「詩乃ちゃん、あのね…僕にできるのはこれくらいだけど、もらってくれたら嬉しいな」
そう言って微笑む瞬の手にはミサンガが握られていた。
「本当にもらっていいのか?」
「勿論!その為に用意したものだから。…ちょっとしたおまじないがかけてあるんだ。
いつもお世話になりっぱなしだからお礼がしたくて、先生から借りた本を参考に作ってみたんだけど…いらなかったら捨てて」
瞬の頭を撫でながら、夜空とそこに散りばめられた星のような糸で作られたミサンガを受け取る。
「一生懸命用意してくれたものをいらないなんて思わない。ありがとう」
そうして受け取ったものの、なくすのが嫌でずっと制服のポケットに仕舞っておいたのだ。
《教科書も、お気に入りのキーホルダーも、体操服も、鋏で切り刻まれてた!
あいつらは大人の前ではいい子だから、教師はみんな信じてくれない!》
少女は届かない攻撃を繰り出しながら話を続ける。
《あの子の心が壊れたら学校は隠蔽した!それをバラそうとしたら今度は私…。
次の犠牲者が出るくらいなら、私なんかいなくていい!世間が無視できないように、問題と向きあってくれることを願って電車に飛びこんだの!》
結界のようなものが壊れる気配はない。
それでも少女の邪気は広がり続けている。
《皐月にもう1度笑ってほしかった。あいつらに罰を受けさせたかった。
親に見向きもされない私たちの現状を世間にばらして、あの学校の問題を公にしてやろうと思ったの。あいつらの人生なんて滅茶苦茶になればいい!》
私には、彼女を消すことはできない。
普通なら消すだろう。これだけ暴走している相手と話し合うなんて考えず、消した方が早いのも分かる。
それでも、どれだけ不利な状況だとしても、目の前の少女がばらばらになりそうな体で叫ぶ言葉を受け止めたい。
「気持ちは分かるけど、他の人を呪ったらそいつらと同類だ。綺麗事だって思われるかもしれないけど、その優しい手を人を傷つけるのに使わないでほしい」
《幸せそうに生きているあなたに何が分かるの?》
「…たしかにおまえよりは幸せだろうな。家では妹が待ってて、友人や支えてくれる仲間がいて…」
《ほら、やっぱり分かってない!》
夜空にひびが入る。今の私には優しい妹がいて、大切な友人がいて、かけがえのない仲間に囲まれて幸せだ。
だからこそ、救えなかった命の重みを忘れられない。
火炎刃の用意をして真っ直ぐ少女を見つめる。
「けど、1度失ったものを忘れられない辛さは分かる。救えなかった苦しみも分かる。消えたくなるのも分かる」
お母さんを救えなかった罪も、話が通じない相手を薙ぎ払ってきた罪も消えない。
私が生きているのは、穂乃や周りの人たちに笑っていてほしいからだ。
…それがなくなったら、もうどうでもいい。
私なんかいなくてもこの世界はまわっていくし、人がひとりいなくなったところでいつかは忘れられる。
たまたま運良くいい人たちに囲まれているから今は消えないと思わない。ただそれだけなのだ。
「辛かったな。怖かったな。…ごめん。もっと早く気づければ救えたかもしれないのに」
火炎刃で周囲の邪気を祓いながら梅田菜穂を抱きしめる。
辛い、苦しい、消えたい…大切な人を護れなかった後悔も含めて理解できないものが見当たらなかった。
届くかどうかなんて分からないけど、そのまま放っておくことなんてできない。
《……私のこと、本当に分かってくれたの?》
「全部は分かってないと思うけど、なんとなくは理解したつもりだ」
《私なんかに、寄り添ってくれたの…?》
「梅田菜穂という人物を知りたいって思ったけど、ちゃんと寄り添えてたかな?」
《…誰にも、伝わらないと思ってた。私や皐月の痛みなんて、分からないだろうって…運転手さんにも悪いことしちゃったな》
目に涙を浮かべた少女は、ふたつの光に向かって飛びこむ。
「待ってくれ!」
《ありがとう。あなたが私を看取ってくれて、寄り添ってくれて本当に嬉しかった。
…いつか皐月に、きらきらした日々が──》
その先は電車のブレーキ音でかき消され、目の前から浄化の光が溢れる。
ぎりぎりのところで消滅ではなく成仏していったらしい。
「…心臓がいくつあっても足りないな」
いつの間にか周りの景色が元に戻っていて、そのまま電車を降りる。
…今回も助けられないかもしれないと思っていた。
梅田菜穂の心を掬いあげることはできただろうか。
優しい心を持った彼女を救えたと信じたい。
「先輩!」
「陽向?なんでここに、」
「先輩がひとりで行っちゃったって聞いたからです。…流石に今回は怒ってますから」
「あの少女を救えたから、怒られてもいい」
「もうちょっと自分を大切にしてください」
なんとか答えようとしたところで限界がきて、その場に崩れ落ちそうになる。
陽向に体を支えられたと思っていたが、陽向より更に背が高い。
「責めないでやってくれ。折原は──」
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途切れ途切れに聞こえてくる言葉に意識を集中させることもなく、私の意識は闇にひきずりこまれた。
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