夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第19章『深淵少女』

第138話

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電車に揺られながら眠ってしまいそうになっていると、陽向たちから連絡が入る。
『『こっち方面では今回は確認できませんでした』』
つまり、こちら側にいる可能性が高いということになる。
目がしゃっきりしたところでアナウンスが流れた。
『ただいま、上り行き列車行き違いのため停車しております。発車までしばらくお待ちください』
田舎で決して本数が多いわけではないこの町で電車がすれ違うのは5回。
そのうちの1回がこの時間だったから乗ったわけだが、まさか予想が的中するなんて思わなかった。
じっとこちらを睨みつける、水色のセーラー服を着た少女がひとりぽつんと立っている。
はじめは空席だってあるのに何故…なんて考えていたが、答えは明白だ。
写真を撮り、デッキでふたりに連絡した。
「送った写真、見たか?」
『見ました!やばいですね』
「この電車でいいんだと思うけど、ずっと睨まれてた」
『詩乃先輩、なんともありませんか?』
「うん。大丈夫だよ」
あの少女は何に対して恨みを抱いていたのだろうか。
憎悪でなかったとしても、相当強い思いを抱えたまま死んでいったに違いない。
『下り方面に家があるんでしょうか?それとも習い事の帰りだったとか?』
「そこまでは分からなかった。水色のセーラー服の学校って、町周辺に2校あったはずだ。
白線は2本だと思うんだけど、どっちだろう…」
他校との交流があまりないからか、学校名さえ分からない。
もし電車で通っていたなら隣町という可能性もある。
そこから更に範囲が広がると手に負えない。
『……』
「桜良、大丈夫か?」
『すみません先輩、また後でかけ直してもいいですか?』
「勿論。そっちの駅まで迎えに行くから待っててくれ」
最寄り駅で降り、タクシーで陽向たちがいる駅まで向かう。
「先輩、お疲れ様です」
「ふたりには先に帰ってほしい。運転手さんに事情は説明してあるから、心配しなくていい」
「けど──」
話している途中で扉を閉め、そのまま学園方面行きのバスに乗る。
ぐったりしている桜良に無理をさせるわけにはいかない。
料金は計算して先に払っておいたし心配ないだろう。
「ねえ、知ってる?なんかうちの制服着た幽霊が出るって噂…」
「そうらしいね。去年飛びこんだ子かな?名前なんだっけ?」
「忘れたけど、たしかそんなこともあったね」
死者は人々から忘れ去られてしまう。
どれだけ辛いことを抱えていようが、関わりがない人間のことなんて覚えていてくれる人はいない。
…私だって、自分が知らないところでおこった死に触れようとしている。
世界中の人間を救う力がないからこそ、周りの人たちだけは幸せでいてほしい。
バスを降りて少し歩くと、学園がすぐそこに見える。
「あ、詩乃ちゃんだ!」
「そんなにはしゃいでどうしたんだ?」
「あのね、ちょっと内職を増やしたくて…僕にもできること、あるかな?」
「それなら、ここのサイトに載ってる求人を確認してみてくれ。
私名義にはなるけど、意外といい仕事が見つかるんだ。プリントして先生に預けておく」
「ありがとう」
校舎から出られない瞬は、門の柱にもたれかかるような体勢で笑っている。
…瞬を近くで見ているから、あの少女の気持ちが少し分かったのかもしれない。
「大丈夫?」
「うん。いつもどおり元気だよ」
「そっか。…先生が、話したいことがあるけど職員室に呼び出されたから待っててくれって」
「それを伝えるために待っててくれたのか。ありがとう」
監査室に入った直後、急に体が重くなってそのまま床に倒れる。
まさか、あの短時間であてられてしまったのだろうか。
今回の相手はかなり強い憎しみを抱いているのがそれだけで分かる。
「折原、待たせた…」
「先生、どうして固まってるんだ?」
「具合が悪いのか?」
「そういうわけじゃない。ちょっとふらついただけなんだ」
先生に心配をかけまいと笑ってみせたものの、それで騙されてくれる人じゃない。
「会ったのか?」
「すれ違った普通列車の中にいた」
「…そうか」
そう呟いて、3枚にまとめられた記事に目を通す。
「その中に見覚えのある顔はあるか?」
憎しみで塗り潰されていた顔だったものの、写真さえあれば分かる。
「…多分この人だった」
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