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第18章『夜な夜な雛』
第135話
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《まさか姫がそんなことを…》
「やり方はちょっと間違ってるけど、お内裏様ってすごく愛されてると思う。
けど、相手が大切だから止めたいよな…。その気持、なんとなく分かるよ」
事情を説明したところ、男雛は顔が真っ白になりかなり困惑しているようだった。
まさか恋人が人間を殺しているかもしれないなんて言われるとは思っていなかっただろう。
陽向が私には感知できない思いを汲み取ってくれているおかげで、男雛は話を最後まで聞いてくれた。
《やはり私にも協力させてほしい。姫の隣にいると約束したのです》
「分かった。けど、おまえが知る姫とは少し違うかもしれない。それでも覚悟はあるか?」
《お願いします、夜紅》
「やっぱり先輩のこと知ってたのか。…相変わらずの人気ですね」
「おまえもふたつ名をつけたら有名になるかもしれないぞ」
「やめときます」
手の中に収まった小さな首を落とさないよう気をつけながら、真っ暗になった旧校舎を歩く。
「相変わらず向こうは明るいですね」
「そうだな。…巻きこまないようにしないと」
昇降口まで辿り着いたところで、昨日とは比にならない憎悪がこもった邪気を感じた。
紅を塗り、札を数枚構える。
《お願いします。姫を傷つけるようなことは、》
「できるだけ避けるけど、怪我をさせてしまうかもしれない」
《分かりました。…覚悟を決めます》
大切だから傷つけたくないけど、大切だから止めたい。
男雛にそんな葛藤があるのは分かる。
それでも、私は残酷な選択を突きつけることしかできなかった。
《アノヒドヲ、カエジデ!》
「…熱」
「先輩!」
「大丈夫だから、男雛を頼む。先生から来るまで持たせる」
「了解です!」
火炎刃を使うならもう少し遅い時間に行動したかったが仕方ない。
迫りくる邪気をひたすら斬り続ける。
女雛の怒りはすさまじく、昨日より凶暴化していた。
《アノヒド…アノヒドハドコ……》
「今目の前に連れてきてるけど、そんな状態じゃ相手を怖がらせてしまう。
力を抑えるって言ってたのに、一体何があったんだ?」
《アノヒド、ニ…》
目から流れ出ているのは昨日よりさらに赤黒い涙で、見ているだけで苦しくなる。
「会えるよ。今はああいう状態だけど、体を元に戻せるって」
《姫、私だ。心配をかけてすまなかった》
陽向の手のひらにのっている小さな顔からはっきり言葉が紡がれる。
女雛ははっとしたように動きを止めた。
《そんなところにいたのね…よかった、見つけられた》
薄くなっていく邪気に火炎刃を何度かふる。
真っ黒だったものがすっかり消え失せた頃、丁度先生がやってきた。
「そんな無惨な姿になっても生き延びているなんて奇跡だ」
《自分でも驚きました。まさかこんな姿になっても死なないとは…もしかすると、愛故かもしれない》
堂々としている男雛の首を新しい体に丁寧につけていく。
女雛は不安げに見つめていたが、流す涙が感涙に変わるまでにそこまで時間はかからなかった。
《新しい体も素敵ね。私が造っていたものとは大違い》
「もしかして、それがあの人形たちの正体だったり…」
女雛は黙ったまま俯いてしまった。
「…あの人形、もう造るのをやめてくれるか?」
《こめんなさい》
一般的な女子の姿をしていた女雛はどんどん小さくなっていく。
《姫》
《迎えに来てくれてありがとう》
丁度元の大きさになったところで、突然体が重くなる。
体がそのまま傾いていくのを誰かに支えられたものの、相手を確認することができない。
「──」
遠くで誰かが何か言っていたが、それが何か全く分からない。
薄れゆく意識のなか、ひとつだけ分かったことがある。
これから先、ふたりがばらばらにされることはきっとない。
どんなことがあっても、固い絆が解かれることはないだろう。
……私も、今の仲間たちとずっと一緒にいられるかな?
「やり方はちょっと間違ってるけど、お内裏様ってすごく愛されてると思う。
けど、相手が大切だから止めたいよな…。その気持、なんとなく分かるよ」
事情を説明したところ、男雛は顔が真っ白になりかなり困惑しているようだった。
まさか恋人が人間を殺しているかもしれないなんて言われるとは思っていなかっただろう。
陽向が私には感知できない思いを汲み取ってくれているおかげで、男雛は話を最後まで聞いてくれた。
《やはり私にも協力させてほしい。姫の隣にいると約束したのです》
「分かった。けど、おまえが知る姫とは少し違うかもしれない。それでも覚悟はあるか?」
《お願いします、夜紅》
「やっぱり先輩のこと知ってたのか。…相変わらずの人気ですね」
「おまえもふたつ名をつけたら有名になるかもしれないぞ」
「やめときます」
手の中に収まった小さな首を落とさないよう気をつけながら、真っ暗になった旧校舎を歩く。
「相変わらず向こうは明るいですね」
「そうだな。…巻きこまないようにしないと」
昇降口まで辿り着いたところで、昨日とは比にならない憎悪がこもった邪気を感じた。
紅を塗り、札を数枚構える。
《お願いします。姫を傷つけるようなことは、》
「できるだけ避けるけど、怪我をさせてしまうかもしれない」
《分かりました。…覚悟を決めます》
大切だから傷つけたくないけど、大切だから止めたい。
男雛にそんな葛藤があるのは分かる。
それでも、私は残酷な選択を突きつけることしかできなかった。
《アノヒドヲ、カエジデ!》
「…熱」
「先輩!」
「大丈夫だから、男雛を頼む。先生から来るまで持たせる」
「了解です!」
火炎刃を使うならもう少し遅い時間に行動したかったが仕方ない。
迫りくる邪気をひたすら斬り続ける。
女雛の怒りはすさまじく、昨日より凶暴化していた。
《アノヒド…アノヒドハドコ……》
「今目の前に連れてきてるけど、そんな状態じゃ相手を怖がらせてしまう。
力を抑えるって言ってたのに、一体何があったんだ?」
《アノヒド、ニ…》
目から流れ出ているのは昨日よりさらに赤黒い涙で、見ているだけで苦しくなる。
「会えるよ。今はああいう状態だけど、体を元に戻せるって」
《姫、私だ。心配をかけてすまなかった》
陽向の手のひらにのっている小さな顔からはっきり言葉が紡がれる。
女雛ははっとしたように動きを止めた。
《そんなところにいたのね…よかった、見つけられた》
薄くなっていく邪気に火炎刃を何度かふる。
真っ黒だったものがすっかり消え失せた頃、丁度先生がやってきた。
「そんな無惨な姿になっても生き延びているなんて奇跡だ」
《自分でも驚きました。まさかこんな姿になっても死なないとは…もしかすると、愛故かもしれない》
堂々としている男雛の首を新しい体に丁寧につけていく。
女雛は不安げに見つめていたが、流す涙が感涙に変わるまでにそこまで時間はかからなかった。
《新しい体も素敵ね。私が造っていたものとは大違い》
「もしかして、それがあの人形たちの正体だったり…」
女雛は黙ったまま俯いてしまった。
「…あの人形、もう造るのをやめてくれるか?」
《こめんなさい》
一般的な女子の姿をしていた女雛はどんどん小さくなっていく。
《姫》
《迎えに来てくれてありがとう》
丁度元の大きさになったところで、突然体が重くなる。
体がそのまま傾いていくのを誰かに支えられたものの、相手を確認することができない。
「──」
遠くで誰かが何か言っていたが、それが何か全く分からない。
薄れゆく意識のなか、ひとつだけ分かったことがある。
これから先、ふたりがばらばらにされることはきっとない。
どんなことがあっても、固い絆が解かれることはないだろう。
……私も、今の仲間たちとずっと一緒にいられるかな?
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