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第18章『夜な夜な雛』
第134話
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「おはようございます」
「おはよう。…たしかに増えてたな、雛人形」
「やっぱり増えてますよね?こんなこと言ったら駄目だろうけど、ああならなくてよかった…」
全人類を恨んでいるなら、陽向のことだって人形にしていたはずだ。
そうならなかったのは私がいたからだけではないだろう。
「女雛が探しているのはふたつ。…男雛と男雛を破壊したとされる加害者たちだ」
「あの人形が加害者そのものなら、あれだけの人間の息の根を止めたってことになりますよね?
もしお雛様を止められたら、遺体くらいはご遺族に還してあげられるでしょうか?」
「そうしてやりたいな」
経緯がどうであれ、遺族のショックはかなり大きいだろう。
どんな状況だったかは分からないが、あれをまともに喰らったなら生きていられない。
「死体見つけたらどうなっちゃうんですかね…」
「…見なかったことにはできないし、匿名で通報するしかないな」
「俺たちってばれたら事情聴取されるんじゃ…」
「そうなったら俺が引き受ける」
いつの間に近づいていたのか、後ろから先生が腕を伸ばしてくる。
「え、いつからいたんですか!?」
「誰もいないだろうと思って入ろうとしたら中から深刻そうな声が聞こえるもんだから、入るタイミングを逃してた」
「…外まで漏れてたのか」
「普通の人間には聞こえてない」
先生の耳がいいことなんて初めて知った。
こんな不穏なやりとりを生徒に聞かれていたらと思っていたか、その心配はなさそうだ。
「今夜は俺が宿直だから、万が一のことがあれば対処する」
「先生、毎日宿直みたいなものですよね?」
「学園内に部屋があります、俺は人間じゃありません…なんて言えないだろ?」
「それはそうですけど…なんか大変ですね。買い物ひとつで帰るのに苦労しそう」
陽向の言葉に先生は苦笑している。
それから今夜どうするか話をして、監査室に籠もって…気づいたときにはバイトの時間だった。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。折原さんが来てくれて助かったよ」
「私の方こそ助けられっぱなしです」
やはり保護猫カフェのバイトが1番癒やされるかもしれない。
うっかりいつも使う裏口ではなく生徒玄関から入ったところで、雛壇の異変に気づく。
まず、女雛がいない。それだけなら分かるが、問題の雛壇に人形がひとつ増えている。
…夜しか動けないと思って油断した。
「陽向、いるか?」
「あれ?先輩、今日バイトじゃなかったんですか?」
「バイトはもう終わったよ。それより、入り口の人形がまた増えてるんだけど何か知らないか?」
「え、また増えたんですか!?なんかペースアップしてますね。クラスの女の子たちが、『そのうち1日じゅう出てきたらどうしよう』って話してたんです。
もしかして、それが原因だったりします?」
「数人程度で噂は簡単に変わらない」
「…てことは、流してる奴がいるってことになりますね。どのみち今夜カタをつけないといけないみたいです」
「そうだな」
誰かに都合よく利用されている女雛があまりにも不憫で、次会ったらどう声をかけていいか分からない。
作戦を練り直すか考えていると、足元に何かが転がってきた。
「せ、先輩、それ…」
「これか?」
足に当たった何かを掴むと、それは声を発した。
《私を、姫のところに…》
「首が喋った!」
「…体を壊された男雛か?」
手を開くと、首から上しかない状態の人形は話しはじめた。
《私たちはとても古いものであったため、意思疎通ができる程度の力は備わっていました。ですがある日、騒がしい声がしたと思ったらいきなり体を蹴られたのです。
…そうして砕けた体を見て、姫が鬼の形相を浮かべました。私を蹴った者たちは砕けた私を燃やしました》
「酷いことするな…。お内裏様は相手が憎くないの?」
男雛は顔に微笑みを浮かべ、迷いがない真っ直ぐな声で答えた。
《姫が無事でよかったと思いました。こうして顔だけでも残っていれば、体はどうにかなるでしょう?》
「うわ、イケメンな答え…」
ふたりの会話を聞きつつ、先生に事情を連絡する。
返事もきたところで手の上の首に頼んだ。
「今夜、一緒に来てほしい。女雛を助けられるのは多分おまえだけだ」
「おはよう。…たしかに増えてたな、雛人形」
「やっぱり増えてますよね?こんなこと言ったら駄目だろうけど、ああならなくてよかった…」
全人類を恨んでいるなら、陽向のことだって人形にしていたはずだ。
そうならなかったのは私がいたからだけではないだろう。
「女雛が探しているのはふたつ。…男雛と男雛を破壊したとされる加害者たちだ」
「あの人形が加害者そのものなら、あれだけの人間の息の根を止めたってことになりますよね?
もしお雛様を止められたら、遺体くらいはご遺族に還してあげられるでしょうか?」
「そうしてやりたいな」
経緯がどうであれ、遺族のショックはかなり大きいだろう。
どんな状況だったかは分からないが、あれをまともに喰らったなら生きていられない。
「死体見つけたらどうなっちゃうんですかね…」
「…見なかったことにはできないし、匿名で通報するしかないな」
「俺たちってばれたら事情聴取されるんじゃ…」
「そうなったら俺が引き受ける」
いつの間に近づいていたのか、後ろから先生が腕を伸ばしてくる。
「え、いつからいたんですか!?」
「誰もいないだろうと思って入ろうとしたら中から深刻そうな声が聞こえるもんだから、入るタイミングを逃してた」
「…外まで漏れてたのか」
「普通の人間には聞こえてない」
先生の耳がいいことなんて初めて知った。
こんな不穏なやりとりを生徒に聞かれていたらと思っていたか、その心配はなさそうだ。
「今夜は俺が宿直だから、万が一のことがあれば対処する」
「先生、毎日宿直みたいなものですよね?」
「学園内に部屋があります、俺は人間じゃありません…なんて言えないだろ?」
「それはそうですけど…なんか大変ですね。買い物ひとつで帰るのに苦労しそう」
陽向の言葉に先生は苦笑している。
それから今夜どうするか話をして、監査室に籠もって…気づいたときにはバイトの時間だった。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。折原さんが来てくれて助かったよ」
「私の方こそ助けられっぱなしです」
やはり保護猫カフェのバイトが1番癒やされるかもしれない。
うっかりいつも使う裏口ではなく生徒玄関から入ったところで、雛壇の異変に気づく。
まず、女雛がいない。それだけなら分かるが、問題の雛壇に人形がひとつ増えている。
…夜しか動けないと思って油断した。
「陽向、いるか?」
「あれ?先輩、今日バイトじゃなかったんですか?」
「バイトはもう終わったよ。それより、入り口の人形がまた増えてるんだけど何か知らないか?」
「え、また増えたんですか!?なんかペースアップしてますね。クラスの女の子たちが、『そのうち1日じゅう出てきたらどうしよう』って話してたんです。
もしかして、それが原因だったりします?」
「数人程度で噂は簡単に変わらない」
「…てことは、流してる奴がいるってことになりますね。どのみち今夜カタをつけないといけないみたいです」
「そうだな」
誰かに都合よく利用されている女雛があまりにも不憫で、次会ったらどう声をかけていいか分からない。
作戦を練り直すか考えていると、足元に何かが転がってきた。
「せ、先輩、それ…」
「これか?」
足に当たった何かを掴むと、それは声を発した。
《私を、姫のところに…》
「首が喋った!」
「…体を壊された男雛か?」
手を開くと、首から上しかない状態の人形は話しはじめた。
《私たちはとても古いものであったため、意思疎通ができる程度の力は備わっていました。ですがある日、騒がしい声がしたと思ったらいきなり体を蹴られたのです。
…そうして砕けた体を見て、姫が鬼の形相を浮かべました。私を蹴った者たちは砕けた私を燃やしました》
「酷いことするな…。お内裏様は相手が憎くないの?」
男雛は顔に微笑みを浮かべ、迷いがない真っ直ぐな声で答えた。
《姫が無事でよかったと思いました。こうして顔だけでも残っていれば、体はどうにかなるでしょう?》
「うわ、イケメンな答え…」
ふたりの会話を聞きつつ、先生に事情を連絡する。
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