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第18章『夜な夜な雛』
第133話
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こちらを振り向いた人形の目は血走り、ぽろぽろと零れる涙は黒い。
《あの人はドコ?》
「大切な人を傷つけられたのが苦しいのは分かる。けど、それが誰かを傷つけていい理由になってほしくない」
《あの人ニ帰ってキテ欲しイノ。あノ人はドコ?》
暴走寸前まできているのか、所々ノイズがかかっているように聞こえる。
抑えられているのが愛のおかげだというなら、相手から流れているのは血の涙なのかもしれない。
「ごめん。私も知らないんだ。ただ、その人を解放してくれないか?…大切な仲間なんだ」
《この人ジャ、なカッた…》
生きたまま骨を砕かれるのは痛かっただろう。
陽向だから死なずにすんだが、やはりあの人形たちはもう助からないのかもしれない。
「男雛を見つけるまで、それを抑えられそうか?」
《あノ人ガいなイのハアイつラ…そウダ、アイツラサエイナケレバ……》
私の声は女雛に届かず、彼女は狂ったように笑った。
ただ一緒にいたいという願いが打ち砕かれた今、もう周りが見えなくなっているのだろう。
「…ごめん」
できることなら話し合いで解決したかったが仕方ない。
あまり使いたくなかった矢を女雛の背後へ向け、そのまま弦から指を離す。
相手は悲鳴をあげ、そのまま姿を消した。
「先輩、すみません…」
「まだ動かない方がいいんじゃないか?」
「…そうですね」
起きあがった陽向はすっかり元気そうにも見えるが、今回はいつも以上に心を抉られただろう。
「矢は当たったんですよね?」
「いつもみたいに紅を塗ってなかった」
「え、それだけで威力が落ちるもんなんですか!?」
「気合の入れようが違うだろ?」
そういえば、この紅がどういったことを意味するのかきちんと説明したことはなかった。
だから、ありきたりな言葉をかえすことしかできない。
「お雛様、何か言ってました?」
「やっぱり男雛を探しているみたいだった。見つけられるまでは落ち着きそうにないけど、夜しか動けないのは幸いだな」
「そっか、昇降口の噂が消えない限り、昼間はただのお雛様なんですよね。普通の人間が喰らったら絶対死ぬから、ほっとしました」
もう喰らったかもしれない人間がいるなんて言えない。
もう少し手がかりを探してもよかったが、今夜はもう現れないだろうからと放送室へ行くことになった。
「ふたりとも、お疲れ様です」
「お疲れ!」
「資料ありがとう。詳しく書かれていたからすごく参考になったよ」
「私はただ、私にできることをしただけなので…」
そう話す桜良はなんだか疲れているように見えるが、何か問題でもあったのだろうか。
「今夜は帰るよ。今度改めてお礼をさせてくれ」
「本当に大したことはしてなくて、」
「徹夜しただろ?先輩、ありがとうございます。また明日。
…桜良はちょっとそっちで横になって休んだ方がいい。というか休んで」
「おやすみ」
陽向には桜良のことがなんでもお見通しらしい。
珍しくおろおろしている桜良を放送室の一角にあるベッドまで誘導する姿は、なんだか微笑ましかった。
「…ただいま」
深夜2時、流石に寝ている時間だろうから無音で部屋に入る。
机に穂乃の書き置きがあり、ざっと目を通す。
『お姉ちゃんへ
夕飯は温めたら食べられるようにしておいたよ。どんなに忙しくてもご飯はちゃんと食べてね』
「…ありがとう」
こんな中途半端な私にはできすぎた妹だ。
食事が心にまで沁み渡るのとほぼ同時に、陽向からメッセージが届く。
『『明日はきっと、消えた生徒の話で持ち切りになると思います。雛人形が増えていました』』
あの落下していた生徒が巻きこまれたのだろう。
早く男雛を探し出さなければ無関係の生徒まで巻きこまれる事態になる。
ただ、どこへ消えたのか皆目見当がつかない。
「…寝るか」
少しだけ勉強して、そのままベッドに横になる。
流石に少し休んでおかないと考えがまとまりそうにない。
3時間ほど眠り、いつものようにばたついた朝を過ごした。
学園に足を踏み入れると、早速噂している生徒がいるから驚きだ。
…私が考えている以上に深刻な状況なのかもしれない。
《あの人はドコ?》
「大切な人を傷つけられたのが苦しいのは分かる。けど、それが誰かを傷つけていい理由になってほしくない」
《あの人ニ帰ってキテ欲しイノ。あノ人はドコ?》
暴走寸前まできているのか、所々ノイズがかかっているように聞こえる。
抑えられているのが愛のおかげだというなら、相手から流れているのは血の涙なのかもしれない。
「ごめん。私も知らないんだ。ただ、その人を解放してくれないか?…大切な仲間なんだ」
《この人ジャ、なカッた…》
生きたまま骨を砕かれるのは痛かっただろう。
陽向だから死なずにすんだが、やはりあの人形たちはもう助からないのかもしれない。
「男雛を見つけるまで、それを抑えられそうか?」
《あノ人ガいなイのハアイつラ…そウダ、アイツラサエイナケレバ……》
私の声は女雛に届かず、彼女は狂ったように笑った。
ただ一緒にいたいという願いが打ち砕かれた今、もう周りが見えなくなっているのだろう。
「…ごめん」
できることなら話し合いで解決したかったが仕方ない。
あまり使いたくなかった矢を女雛の背後へ向け、そのまま弦から指を離す。
相手は悲鳴をあげ、そのまま姿を消した。
「先輩、すみません…」
「まだ動かない方がいいんじゃないか?」
「…そうですね」
起きあがった陽向はすっかり元気そうにも見えるが、今回はいつも以上に心を抉られただろう。
「矢は当たったんですよね?」
「いつもみたいに紅を塗ってなかった」
「え、それだけで威力が落ちるもんなんですか!?」
「気合の入れようが違うだろ?」
そういえば、この紅がどういったことを意味するのかきちんと説明したことはなかった。
だから、ありきたりな言葉をかえすことしかできない。
「お雛様、何か言ってました?」
「やっぱり男雛を探しているみたいだった。見つけられるまでは落ち着きそうにないけど、夜しか動けないのは幸いだな」
「そっか、昇降口の噂が消えない限り、昼間はただのお雛様なんですよね。普通の人間が喰らったら絶対死ぬから、ほっとしました」
もう喰らったかもしれない人間がいるなんて言えない。
もう少し手がかりを探してもよかったが、今夜はもう現れないだろうからと放送室へ行くことになった。
「ふたりとも、お疲れ様です」
「お疲れ!」
「資料ありがとう。詳しく書かれていたからすごく参考になったよ」
「私はただ、私にできることをしただけなので…」
そう話す桜良はなんだか疲れているように見えるが、何か問題でもあったのだろうか。
「今夜は帰るよ。今度改めてお礼をさせてくれ」
「本当に大したことはしてなくて、」
「徹夜しただろ?先輩、ありがとうございます。また明日。
…桜良はちょっとそっちで横になって休んだ方がいい。というか休んで」
「おやすみ」
陽向には桜良のことがなんでもお見通しらしい。
珍しくおろおろしている桜良を放送室の一角にあるベッドまで誘導する姿は、なんだか微笑ましかった。
「…ただいま」
深夜2時、流石に寝ている時間だろうから無音で部屋に入る。
机に穂乃の書き置きがあり、ざっと目を通す。
『お姉ちゃんへ
夕飯は温めたら食べられるようにしておいたよ。どんなに忙しくてもご飯はちゃんと食べてね』
「…ありがとう」
こんな中途半端な私にはできすぎた妹だ。
食事が心にまで沁み渡るのとほぼ同時に、陽向からメッセージが届く。
『『明日はきっと、消えた生徒の話で持ち切りになると思います。雛人形が増えていました』』
あの落下していた生徒が巻きこまれたのだろう。
早く男雛を探し出さなければ無関係の生徒まで巻きこまれる事態になる。
ただ、どこへ消えたのか皆目見当がつかない。
「…寝るか」
少しだけ勉強して、そのままベッドに横になる。
流石に少し休んでおかないと考えがまとまりそうにない。
3時間ほど眠り、いつものようにばたついた朝を過ごした。
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…私が考えている以上に深刻な状況なのかもしれない。
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